148話 闘技大会 Battle_and_Artifice part6
「やはり、アレを使ったのが効いたな」
コロッセオの中でも一際目を引く観客席、所謂VIP席に座る若い男がほくそ笑むように言った。
周りに傅く者たちが頷く。
サンドロス=オルバン。
豪奢な衣服を纏った男の名。そしてこの国の皇帝の名である。
二十代前半という若さで国を治めるこの男。親が早くに死んだから、というわけではない。
前皇帝夫妻は未だ健在である。幽閉されているという点を除けばだが。
『悪政は正さねばならない』
その言葉と共にサンドロスは親である前皇帝をその座から引きずり下ろし、自らが玉座へと座った。
事実として『メロウ帝国』は豊かな国となった。
たった数年で中堅国家が精々だったのを列強と肩を並べ、ともすれば首位競争にすら参加出来るほどに豊かで、そして強くなった。
国民は沸き、新たな皇帝の手腕へ惜しみない賛辞を贈った。
「やはり研究を推進して良かったなぁ。前皇帝は頑なに反対していたがこれだけ強くなるんだ、何をビビッてたんだか……」
その時、背後の扉が叩かれ誰かが入ってくる。
「失礼します」
それは深い群青色をした鎧を身に纏った壮年の男だった。
彫りの深い顔立ちには今までの経験が刻まれ、そこらの者には出せない凄みがあった。
「どうだった? 団長?」
団長と呼ばれた男の名はバルカン=レイバス。
肩書通り、『メロウ帝国』の正規騎士団の団長を務める実直な男。
そして、現皇帝にこの国で唯一、異を唱えることのできる者でもあった。
「殿下の指摘した通り、異種族が紛れているようです。城下ではすでに小競り合いもあった様子」
「なるほど、なるほど……フフ、いいぞ。団長、お前の仕事も減らしてやれそうだな?」
バルカンの報を受け、笑みを強くするサンドロス。軽く酒を煽り、機嫌良さそうにバルカンへも盃を進める。
しかし。騎士団長はそれを丁重に断り、不服そうに言う。
「殿下、どうか思い直して頂きたく存じます。 国を強くするためとはいえやはり……」
「くどい。これは決定事項だ」
そう言ってサンドロスはバルカンの言葉を遮る。
周りの者たちも、皇帝に意見などと眉をひそめるがそんなことで腹を立てるような器の小さい皇帝ではない。
「お前は俺に意見する貴重な人材だと思っている。イエスマンばかりではマズいしな。だがな、俺は列強と肩を並べた今で満足するつもりはない」
そう言って、深く頭を下げるバルカンに近づき顔を上げさせる。
「全てを手に入れる。そうすればこの国はもっと豊かに、そしてもっと素晴らしい国となる。お前も、家族を飢えで苦しませたくはもうないだろう?」
そう言われてしまうと、バルカンにはそれ以上強くは言えなかった。
バルカンは貧困層の出身だった。親も、伴侶も、そして子供も皆ずっと飢えに苦しんでいた。
だが、皇帝が代替わりして明日の食事の心配が無くなった。身に着ける物から縫い跡が消えた。家に隙間風が入らなくなった。
それは何も騎士団長を務めるバルカンの家だけではなかった。
もう既に『メロウ帝国』からは貧困層という言葉自体が忘れ去られようとしているほどなっていた。
だから、皇帝の『研究』にも反対が出来ずにいる。
幾度か前皇帝から息子を止めて欲しいと言われているが、やはり家族の顔が浮かんでしまうのだった。
「まあ見ていろ。この大会が終わるころにはお前の考えも変わっているさ」
そう言ってサンドロスが席に戻ったとき、ワァッっと観客が沸く。
それは一回戦の第六試合目の勝者が決まった歓声だった。すなわち二回戦目に進む六人が決定したことでもある。
「あ、お前のせいで決着の瞬間を見逃したじゃないか」