145話 闘技大会 Battle_and_Artifice part3
「ダーリン、本戦出場おめでとう。それと、アナタもね」
本戦へと駒を進めた者が入れる控室の扉が開くと、リリムスがそう言って入ってきた。
だが、往人の面持ちは明るいものではなかった。
「あの少年に負けそうになったのを気にしているのか?」
同じように本戦出場を決めたアイリスが察したように聞く。
ロクサス=エルムッド。
そう名乗った少年は強かった。
徒手空拳ながら一切隙のない動き。そして正確無比で強力な一撃。試合終了の銅鑼がなければ、最後の脱落者は往人になっていただろう。
「あのレベルの相手と闘わなければならないのか……」
もちろん、個々の実力で見れば今まで戦ってきた者たちの方が圧倒的に強い。だが、それらに勝てたのはアイリスやリリムスとの『霊衣憑依』があったからこそ。
ウートガルザとの戦いだって、所謂初見殺しで勝ちを拾ったようなものである。
それを考えると、少ない手札でどこまでやれるか分からないのだ。
「リリムスおねえちゃんとポゼッションしたらダメなの?」
「いや、それは流石に……」
考えないわけではなかった。
しかし、それは仮にも闘技大会を謳っているいるのに反則なのではないかと思ってしまう。
ロクサスは、
「勝ちに貪欲であるべき」
と言っていたが、「霊衣憑依」まで持ち出すのはなんだか気が引けてしまう往人である。
「ワタシは協力してあげるわぁ。魔導書のこともあるしねぇ」
「本音を言えば実力で勝負をして欲しいが、そこはユキトに任せよう」
そう。勝つ以上に往人たちには必要なことがあった。
『魔導書』を手に入れなければならないのだ。
「とは言えなぁ……」
このあたりは、戦いというものに身を置いていないある種平和な思考を持つ往人ならではとも言える。
『危機感』というものが、往人には根本的に欠けているのだ。生まれてから今まで『死』というものを考える必要性がなかった。
それは遠い所の出来事。テレビやネットの中だけで自分の中の『現実』とはかけ離れた事象。
それが常識なのだ。だから戦いの中に常に身を置き、負ければ『死』、そして種族すらも滅びるという『現実』を持ったアイリスたちとは基本的に違うのだ。
いくら戦いが身近になったと言っても、今までの人生と比べればまだまだ少ない経験値である。
こういった場面での思考の切り替えが出来るほどにはなっていないのだ。
特に今回は『闘技大会』という、今までの殺し合いとは毛色の違う事柄である。
「ま、それなら他の連中の試合を見てから決めるのもいいんじゃなぁい?」
そう言ってリリムスが控室の窓から外を指差す。
第一試合はもう既に始まろうとしていた。
両選手の紹介が終わったのか試合開始の銅鑼がけたたましく響き渡る。
片方は黒いローブに身を包みつばの広い円錐形の帽子をかぶった妙齢の女性。簡単に言えば『魔女』だった。
そのままハロウィンのコスプレとしても通用するような恰好だった。本当に魔法を使うという点を除けば。
もう片方は先ほどの予選で往人を脱落ギリギリまで追い詰めたロクサスだった。
魔女の放つ風の矢を巧みに躱して距離を詰めようとしている。
「ふぅん、男の方はそこそこだけど女の方の魔法はダメねぇ」
「そうなのか?」
往人からすればなかなか強力とも思えたが、やはり専門家からすれば酷評されるべきものなのだろう。
「あの少年、勝つな」
アイリスが言うように、ロクサスが一気に動く。
風の矢をグローブで打ち砕きながら、魔女の眼前に迫る。
魔女の方は、接近されたときのことを考えていなかったのかハッとした表情のまま固まった。
そのまま腹部へと重い一撃が叩きこまれ、魔女の体がぐったりと折れる。
――ワァアアアア!!!
観客の賞賛を一身に浴びるロクサスは爽やかな笑顔でそれに答えている。
そして、その笑顔が不意にこちらを捉える。
「あいつ……」
声こそ聞こえなかったが、その口はこう言っていた。
――待っている。