143話 闘技大会 Battle_and_Artifice
「ダーリン、随分お腹が減ってたのねぇ……」
「……違う」
苦虫を嚙み潰したような顔で、リリムスの言葉に答える往人
結局、ナルは戻ってこなかった。仕方ないので往人が代金を代わりに支払うハメになった。
魔力払いが出来る店で本当に良かったと思う。往人は『この世界』に来てから、ちゃんとした通貨というものを見ていない気がする。
ちょうど代金を払ったところで、アイリスとリリムスが合流してきたのだった。
「え、じゃあクリスがこんなに?」
「ワタシじゃないよ。ゆきとおにいちゃんのお友達?」
「それも違う」
じゃあ、どんな関係なのか? と問われればそれも頭をひねることになるのだが、友達では決してない、と強く言える。
「もしかして、あの黒ワンピースの少女か?」
「ああ、ナルの奴も魔導書のことを言っていた。それに、魔族もいた」
あの時、ナルと共に消えた魔族。名を知ることは出来なかったが実力者なのは間違いないだろう。
二人の雰囲気からして協力関係にはなさそうだが、どうなったのだろうか。
「魔族? その娘はクーデターに関係しているのかしらぁ?」
「俺にもよく分からない。でも、ナルは追われているって感じではなさそうだったな」
うんうん、クリスも往人の言葉に頷いている。ナルはあそこで魔族に会うのは想定外、といった様子だった。
往人たちのような、追われている者の警戒感がまるでなかった。本当に単純にこの街へとやって来た様子だったのだ。
「魔族も魔導書絡みか?」
「そっちについては言ってなかったな。ナルを探していただけっぽい」
「あの魔導書が最後の一冊の可能性も消えてないってことねぇ。あーあ、ダーリンも聞いておいて欲しかったわぁ」
「無茶言うなよ。あの状況で横槍入れたら余計にこじれそうだったんだよ」
そう言って、くっつこうとするリリムスを押し返しながら往人はコロッセオの方へと足を向ける。
なんだかんだとやっているうちに、そろそろ参加受付の時間が迫っていたのだ。
「さて、参加はどうするかだな……」
アイリスが見つめるのはクリス。きょとんとした顔で見返している彼女を大会へ参加させるわけにはいかない。
とても戦えるような実力はないから、誰かが守ってやらなければならない。
「俺は、二人のどちらかに任せたい」
口火を切ったのは往人だった。
当然、言われた二人は驚いたような顔を見せる。二人はどちらも、往人がクリスを守ってもらい、大会には自分が出るつもりでいたからだ。
弱体化しているとはいえ、人間の大会に『女神』と『魔王』が出て負けることは恐らくない。
『魔族』も来ているらしいが、それでも勝ちの目は十二分にある、はずなのだが往人が出るとなると話しは変わってくる。
「ナルとかいう奴のことか?」
アイリスは会ったことはないが、往人がその少女のことを特別視していることは分かる。友好的でないにしろ、強く意識している。
「あいつが出張ってきた以上、俺が出場しないという選択肢はない」
決意を込めた強い眼差しを見ていると、彼女の中にいつしか忘れていた感情が思い起こされるような気がしてきていた。
「……分かった。魔王、クリスを頼めるか?」
「魔導書絡みでアナタが出るのぉ?」
「ああ、せっかくだからな」
リリムスも強くは反対せずに頷いた。直接ではないにしろナルと言葉を交わした彼女は往人が強くなることを望んでいる。
その一助になればと考えているのだろう。
「決まったな。よし、行くか」