142話 宿命の崩壊と猛る雷撃 Old_Habit part2
「お前が魔導書の秘法を引き出せると言うなら、俺にも勝てるはずだろ!!」
雷斧が蒼い残光を残しながら横薙ぎに走る。その一撃が、白一色の部屋の壁を粉砕する。
『天界』。
ほぼ全ての建造物が白で造られた潔癖で無機質な世界。
そして、今までトールがいた尋問室があるここ、『ヴァルハラ』。
『天界』に於ける中心地、心臓部と言っても過言ではないだろう。
「避けてみせろ!!」
ミョルニルを『鎚形態』へと変えて勢いよく振り下ろすトール。
尋問室はいとも簡単に崩壊し、地へと叩きつけたミョルニルからは激しい雷光が空へと迸っている。
だが、これで『魔導書』を持つロキが殺せたとは当然思うはずはない。
事実、立ち込める白煙の中から激しく渦を巻く螺旋がトールの首元を狙って来る。
「まったく……このヴァルハラを壊すつもりですか?」
手にしていたのは槍。
ただし、槍そのものの姿は見えない。
無色透明な不可視の槍。その周囲を渦巻く大気の螺旋が、そこに槍があると認識させている。
「ここは、貴方のいる場所でもあるんですよ?」
「どうだっていい」
トールは軽く首を振る。その動きで、迫る槍の突きを躱し足に纏わせた雷撃がトールの体を運ぶ。
ほんの一瞬、刹那にも満たないその時間でロキの背後へと回ったトールはミョルニルを振り下ろす。
展開された障壁にぶつかる硬い感触が手に返るが無視して、さらに力を込める。
「貴方は……!!」
ロキが手を翳す。大気の歪みがトールの周囲に渦巻き、不可視の槍が幾本も出現する。
「殺すつもりでなければ動きを止められないのでね」
取り囲む槍が一斉に発射される。まともに受ければ見えない槍のせいで不自然に穴だらけの、趣味の悪いオブジェになる。
「はぁ……やはり俺が闘技大会へ出れば良かったよ」
特に回避行動も取らずに、トールは槍の一斉攻撃に晒される。しかし、彼の体には穴どころかかすり傷一つ負うことはなかった。
身に纏った雷撃が、槍を全て霧散させていた。
身を守る鎧と化したミョルニルで群がる槍を弾きながら、ゆっくりと歩くトール。
槍が砕けるたびに、トールの体表でバチバチと小さな火花が舞う。
「なんだ? 魔導書は使わないのか?」
トールは軽い口調でロキへと聞く。不可視の槍は『秘法』ではない。ロキが以前から使っている戦法だった。
あまり前線に立つタイプではないが、トールは何度か手合わせをしたことがあった。その時に使われたのと同じ魔法。
しかし、それではトールには退屈以外の何物でもなかった。
自分は持ちうる手札の中でも一番のミョルニルを切ったのだ。当然、相手にもそれに見合った札を切ってもらわないと割に合わない。
「そうしたいのは山々なんですがね、アレは俺が自由に使えるものではないんですよ」
その言葉を聞いて、トールは急速に戦意が失われていった。
所詮は借り物。そこまで自在に操れるとは思っていなかったが、まさか一回使って終わりとは考えてもいなかった。
眼前まで迫り、雷斧をロキの首元へと突きつけながら冷たい瞳を向けるトール。
「つまらん奴だな」
「いいんですか? 俺を殺せばあの小娘も死にますけど?」
あ? とトールは怪訝な顔をする。『小娘』というのは燿子のことだろう。
だが、トールにとっては『異界人』の一人にすぎない。勝手についてきたあの少女がどうなろうとトールが気にする事柄ではなかった。
「やはり知りませんでしたか。ならば、これをご覧になったら気も変わると思いますが?」
そう言って懐から紙束を取り出すロキ。それをトールへと差し出す。
「…………お前、知っててヨウコを俺に使わせたのか?」
「どうでしょうね?」
中を見たトールはイラつきを隠さずにロキを睨みつける。
雌雄は決していた。