141話 宿命の崩壊と猛る雷撃 Old_Habit
真っ白で無機質な部屋。小さな白い机と椅子が置かれている以外は何もない部屋。
その椅子に座る少年がいた。
歳は十三、四歳ほどで、ほっそりとした体形に、透き通るように白い肌、それとは対照的に焼き焦がしたような赤黒い髪が目立つ少年。
民族衣装のような薄灰色の衣服を身に纏うのは、『天族』のトールだった。
椅子に座ったまま退屈そうにしているトール。
もうかれこれ三時間以上もこの部屋にいるので、いいかげん飽き飽きしていた。
「チッ……どれだけ待たせるんだ?」
そう呟いた時、聞いていたかのように扉がキィ、と小さな音を立てて開く。
そこに現れたのは、青地に赤い差し色の入った衣服を身に纏う、浅黒い肌の男。
爽やかに笑う顔が印象的な男の名はロキ。
『天界』に於けるクーデターの主犯で、指折りの実力者でもある。だが、その人格に問題ありとのことで要職からは外されてもいた。
「お待たせして申し訳ありませんね。トール様」
「よく言うよ。その気もないくせに」
つまらなそうにトールは吐き捨てる。トール自身はロキのことはあまり嫌いではないが、いかんせんその言葉を信用することは出来なかった。
幾度か『魔族』との内通者を疑われたこともある男。そんな奴を信用しろというのが無理な話だが。
「ハハ、まぁいいです。それよりも、よく大人しく捕まってくれましたね」
そう。あの時、『チア国』でのフレイとの戦いでトールは『霊衣憑依』をしていたにもかかわらずそこそこに切り上げて、この『天界』へと連れてこられていた。
本来なら、消耗した状態とはいえフレイ一人を殺して逃げることも出来たはずだがそれを敢えてしなかった。
「聞きたいことがあったからな」
そう言ってトールは自身の手に雷撃の光を迸らせながら、ロキの首元へと突きつける。
ちょっとでも動けば、その瞬間にロキの首は胴体と永遠の別れをすることになる。
「お前、魔族と手を組むつもりか?」
あの時の戦いでは、『天族』は『魔族』と足並みを揃えて行動をしていた。それは本来ならあり得ないこと。
『天族』は『魔族』と戦うことが宿命。遥か過去から紡がれてきた歴史なのだ。
「ええ。我々は魔族と協力して女神と魔王を追います。その為に行動していたのに、貴方がそれを台無しにするなんて……」
「もういい」
雷撃が一層激しく光を放ち、ロキの首へと突き刺さる。
しかし、その光は首を切断することなく白い壁を焦がすだけだった。
「なっ……!?」
「ハハハ! 貴方の前に立つのになんの用心もしないはずがないでしょう」
そうではなかった。トールが驚いたのはロキが対策をしていたことではなかった。
彼の性格を考えれば何かしらの対策をして、前に立つのは必然。それも込みで殺すだけの実力がトールにはあった。
だが、今目の前で起きた現象は分からなかった。だから驚いたのだ。
『天界』による技術ではない。 いや、魔法かどうかも分からなかった。そうなれば自ずと答えは絞られてくる。
「魔導書の力か……?」
「どうですかねぇ? まぁ、魔族とも協力関係にあるのでその可能性も、無きにしも非ずってところでしょうか?」
相変わらず人を煙に巻く言葉だった。
だが、トールは長年の付き合いから、その言葉が本当か嘘かを大体分かるようにはなっていた。
その経験から言えば、今の言葉は『真実』だった。
「まさか、こうも魔導書持ちと戦う機会が増えるなんてね」
トールは好戦的な笑みを浮かべ、全身に蒼い雷光を纏う。
『ミョルニル』。
彼だけが使える雷の魔法。全身に纏わせた雷光を自在に操り、武器にも鎧にも変える至高の魔法。
彼が最強である理由の一つだった。
蒼い雷撃が手に集まっていき、一つの形を作る。それは雷光迸る巨大な戦斧。
切断力に特化したミョルニルの姿の一つ、『斧形態』だった。
「これも、クーデターになるのかな?」