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140話 黒き少女は夢を求めて Closed_Utopia part2

 (……なぜにアガレスはこのような少女を探させたのだ?)

 目の前を、まるで観光でもしているかのように歩く少女、ナルへと怪訝な視線を向けながらタキシードに身を包んだ『魔族』の男、『グシオン』は思う。

 彼が人間界まで足を運んだ理由、それはこの少女を探すことだった。

 

 金にも銀にも見える長い髪の少女。


 たったそれだけの情報しか与えられなかったときは、グシオンも呆れ果て適当に時間を潰して見つからなかったとしてしまおうと思ったが、まさかこんなに簡単に見つかるとは思わなかった。

 だが、目を引くのはその特異な髪だけで、他は単なる人間としか思えなかった。

 『異界人』だったとしても、とても『魔界』の王位を簒奪した男が欲するような人材にも見えない。

 


 「キミ、小間使いだろ?」

 前を歩いていたナルが不意にそう言った。

 グシオンは自分のことを良く知らないで話しかけてきた、さらに今もナルがどういった者なのかを計りかねているのが見て取れる。

 「まったく……良く知りもしないヤツを探す命令なんて、キミも下っ端根性が染みついているねぇ」

 「黙れ、オレは貴様と下らないお喋りをするつもりはない。余計なことを言っていると殺すぞ」

 ナルはクスリと笑って、また歩き出す。

 「どこまで行くつもりだ? オレは貴様と散歩をしに来たわけじゃない」

 段々と人通りも少なくなってきている。

 それもそのはず、闘技大会が開催となれば人々の耳目はそちらへ向く。大通りを少し外れただけで、人の数はグッと減るのだ。

 


 「そうだね。この辺ならば目立たないだろう」

 そう言ってナルが立ち止まり、こちらへと振り向く。金と銀の瞳がグシオンを見つめる。

 「さてと……魔族風情がボクに一体何のようなんだい? わざわざ人間界まで探しに来るなんて」

 「さあな。俺はアガレスの思惑などどうでもいい」

 「ハハハ、やっぱり下っ端根性だね」


 ――ガァン!!


 冷たい瞳と共に、両刃の大剣がナルへと振り下ろされる。

 大地を砕く一撃はナルの体数ミリ横を掠め、美しい長髪を何本か散らす。しかし、それでも彼女は愉快そうな笑みを浮かべたまま口を閉じようとはしなかった。

 「フッ……何のつもりだい?」

 「言ったはずだ。俺は貴様と楽しくお喋りしたいわけじゃない」

 「そのクセに殺さないんだ?」

 グシオンの眉がピクリと動く。ナルはそれを見て、さらに楽しそうに言う。からかうように、グシオンの周りをクルクルと回りながら。

 「だからさ、そういうところが下っ端なのさ。口だけで、行動には移せない。その手に持っているのはなんだい? 脅しの為の玩具(オモチャ)かな?」

 わざと神経を逆撫でするようなことを言っている。そう頭では理解しているが、ナルのその言葉の一つ一つがグシオンの心をチクチクと刺す。

 実際、彼は『魔界序列第十一位』である。

 『魔族』全体で見ればかなりの高位ではあるが、それでも中心として立つには一歩も二歩も遅れていると言わざるを得ない。

 今回だって、確かにナルの言った通り小間使いであることに違いはない。

 だが、それでもグシオンにも『魔族』としてもプライドがある。

こんな小さな小娘風情に好き放題言われて黙っているほど矮小であるつもりはない。



 「だったら、コレがオモチャでないことをその体に刻んでやろう。アガレスは肉体の損傷についてまでは言っていなかったからなっ!!」

 大剣が炎を発し、袈裟懸けに振り下ろされる。高温による大気の揺らめきごと振り抜かれた大剣は、クスクスと笑うナルの顔を一刀の元に両断する。

 「アッハッハ!! そうそう、やっぱり魔族だもの、そうでなくちゃあ面白くないよね」

 だが、それは幻。揺らめく虚像はニヤついた顔を貼り付けたままスゥっと消えていく。

 「俺を挑発して、逃げられると思ったか!!」

 叫ぶグシオンが地を殴りつける。すると、彼を中心にまるで溶岩のように地面がグツグツと煮えたぎり、辺りが明るいオレンジ色に染まっていく。

 「人通りを失くしたのは失策だったな」

 炎の魔法による融解現象。人のいないこの場では非常に有効に働いた。人間界でここまでの規模の魔法を使うとなると、やはり人の目が気になるのだから。

 「いやいや、これでいいんだよ。なにせ、キミの運のなさを知られることが無いようにしてあげたんだから」

 「何を言って……っ!?」

 「こういうことだよ」

 その声音はとても冷たかった。聞いた者の魂さえも凍てつかせるような冷酷無比な声。

 本当に先ほどまで愉快そうに笑っていたナルと同一人物か疑いたくなるような声だった。



 彼女はその双眸(そうぼう)を燃えるように輝かせていた。その輝きが屈折を生んだのか、まるで三つ目になっているかのようにも見える。

 さらに、その背に巨大な猛禽類のような漆黒の翼をはためかせマグマと化した地面を平気な顔で立っている。

 同じように漆黒の爪を手に生やし、グシオンの胴体を貫きながら。

 「まったく、オキニのワンピがキミの血で汚れちゃったよ」

 そう言った彼女の口調は、先ほど同様にどこか楽し気にも聞こえる。

 ずるり、と爪が引き抜かれる。

 その瞬間、爪から漆黒の『気』が噴出しグシオンの体をバラバラの肉片に変えていった。

 間近でそれを浴びたにもかかわらず、ナルは気にも留めない様子でその場を後にしていった。

 後には黒く冷え固まった溶岩と、散らばった血肉、そしてすぐに消え入ったナルの声だけだった。


 「神代クンとの楽しいひと時をジャマした報いだよ」

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