139話 黒き少女は夢を求めて Closed_Utopia
「お前っ……!?」
往人とクリスの前に現れたのは、黒のワンピースに身を包み、腰まで届こうかという金にも銀にも見える長い髪を靡かせた美少女。
名はナル。
往人を『ニユギア』へと連れてきた張本人である。
串焼きにされた肉を受け取り、金と銀の瞳を輝かせながら頬張っている。
「うん、美味しい。ん? 食べないの?」
「何しに来た」
ひとしきり肉を食べ、口元の肉汁を指で拭うナル。そしてニヤリと笑いながら言う。
「ここじゃあ他の人に迷惑だから、そこのテーブルで話そうか?」
三人は向き合う形でテーブルに座る。
クリスだけは何が起きているのか分からない、といった様子でオロオロと往人とナルの顔を行ったり来たりしている。
「あ……あの、おねえさんはだれ?」
「ボクかい? ボクはねぇ、ナルって言うんだ。神代クンのお友達なんだ」
「おい、嘘を教えるな」
クスクスと笑いながら、クリスへと自己紹介をするがその内容は百パーセントの虚偽だった。
ナルが友達だなんて、とてもじゃないが首を縦に振ることはできない。
「ヒドイなぁ、プレゼントもあげたろ? 役に立っているはずだけど?」
そう言いながら、往人の腰から下げられた剣へと視線を向けるナル。
確かに彼女から贈られた剣は往人の戦いの役に大いに立っている。だが、それで友人ヅラをさせるつもりはない。
「お前がこの世界に連れて来なければ、こんな物を使う必要はなかったんだ」
「アハハ、それを言われると弱いなぁ!」
あっけらかんと笑うナルを見ていると、なんだかとても疲れてくる気がする往人だった。
飄々としていて捉えどころのない少女。
話していて敵う相手ではないと、話題を切り替えることにした。
「もういいよ。それで? 一体何をしに来たんだよ?」
「ああ、そうそう。神代クンを激励に来たんだよ」
そう言って、いつの間に頼んでいたのか二本目の串焼きを店員に運ばせてきて頬張り始めるナル。
絶世の美少女とはとても思えない豪快な口で肉を運んでいく。
「激励? ああ、闘技大会のことか。相変わらずどうやって俺の行動を把握しているんだか……」
以前もそうだったが、彼女は往人の行動をどうやってか把握している。『魔導書』を入手した時も、それを知って剣を贈りに現れたのだ。
「フフ、それは企業秘密。それよりも、魔導書が賞品なんだってねぇ。スゴいじゃないか、頑張ってキミが優勝してくれよ?」
「そうやって言うってことはやっぱりアレは本物なのか?」
ナルの真意は不明だが、彼女は往人が強くなることを望んでいる。今回も『魔導書』を手に入れるチャンスだから、わざわざ顔を覗かせたのだろう。
「他のヤツの手に渡ると面倒だからねぇ、まぁボクが出てキミに上げてもいいんだけど」
「お前の手は借りない。後で何を言われるか分からないからな」
出場すれば勝てる。
ナルはそう言った。彼女の実力を考えればそれも可能だろう。『霊衣憑依』を行ったとしても勝てるビジョンが往人には見えない。
そんな彼女に任せれば、『魔導書』を入手するのも容易い。だが、往人は当然それを良しとはしない。
友好的ではあるが、ナルは信用してはならない人物だと感じていた。あの時、剣を贈られたときに対峙して、見せつけられた心を蝕むような威圧感。
もしも気を抜いたら、何もかも失うような恐怖を感じていた。
「フフフ、それでこそボクの神代クンだよ。激励に来た甲斐があるってもんさ」
「何が、僕のだ。気持ちの悪いことを言うな」
冷たくあしらわれても気にしていない様子で、またも運ばれてきた三本目の串焼きに手を伸ばそうとした時だった。
「見つけたぞ」
そう言って、不意にナルの肩に手が置かれた。
「ん?」
ナルが振り返り、往人たちも顔を上げる。
そこにいたのは、壮年の男だった。濃い褐色の肌と、筋骨隆々の体躯、短く刈り揃えられた褪せた銀髪の男。
タキシードに身を包んだその姿に、なぜか往人はオーケストラの指揮者を思い出していた。
「キミは……魔族か。なんの用だい?」
『魔族』
ナルは確かにそう言った。目の前の男が『魔族』。リリムスから王位を簒奪し、その命すらも狙う集団の一人。
往人は思わず立ち上がり、剣を抜こうとした。
「いいよ、彼はボクをご指名だ。用はアッチで聞こうじゃないか」
往人を制止して立ち上がるナル。そのまま『魔族』の男と立ち去ろうとする。
「じゃあ神代クン、大会頑張ってよね。あ、それとごちそうさま」
そう言って、二人で人ごみの中へ消えていった。
「何を言って……」
往人の後ろには、ニコニコ顔でナルが食べた串焼きの料金を徴収しに来た店員が立っていた。
「あいつッ……!!」
やはり、あの女は信用ならないと心に深く刻み込む往人だった。