138話 謎の四冊目 Unknown_Spell part2
『魔導書』は世界に三冊しか存在しない。
それはリリムスが言っていたこと。魔界に在った二冊と、往人が古代書院で手にした三冊目。
それですべてのはずであった。
「ニセモノであるのなら、その方がイイわぁ」
往人の偽物ではないのかという疑問を、自身もそう思いたいという希望的観測を込めつつも否定する。
「魔導書のニセモノなんて作ったところであまり意味が無いわねぇ」
そう。意味がないのである。
『魔導書』とは『兵器』。すなわち、それ自体が大きな力を持っていないと意味がない。
だが、今の『ニユギア』の技術では、『魔導書』に記されている『秘法』を再現することは不可能である。
人間は愚か『魔族』ですらもそれは出来ない。
「力のない、単なる書物じゃあそれこそ無意味だしねぇ……」
そんなものを賞品にしたと知れたら国としての信用を失うだろう。大規模な大会だからこそ、そこに『嘘』を仕込むのはリスクしかないのだ。
「ならば、アレが魔界にあったもう一冊の線は?」
大会の受付開始までまだいくらか時間があるため、四人は取りあえずコロッセオを離れ街を歩くことにしていた。
人ごみを掻い潜りながら、アイリスがもう一つの可能性について言及する。
『魔族』が、この『メロウ帝国』の深部までもぐりこんでいる可能性を。
あり得ない話ではない。追われる身でありながらも、戦うための術を欲している『魔王』
、そして『女神』。
それを釣るためのエサとしては『魔導書』は最適である。
「現物を見ないことにはなんとも言えないわぁ」
そうは言ったが、リリムスはその線は薄いと考えていた。
向こうには『魔導書』が一冊しかないのだ。それをエサにしてしまっては、二冊を有するこちらとの戦力差が開いてしまう。
そもそも、リリムスたちはトールからの情報でこの国に来ている。『魔導書』を賞品にしていることを知らないでは無意味なのだ。
それは魚のいない場所に釣り竿を垂らすのと同じ愚行である。
「今は考えていてもしかたないわぁ。何にしても勝てばいいんだからぁ」
結論としてはそこに帰結する。あの『四冊目』がなんであれこの中の誰かが勝ち、手にすればいいだけのこと。
参加者がどういった人物たちかは分からない。だが、人間相手に遅れを取るような王では二人ともないつもりである。
「魔族か天族は来ると思うか?」
「来る、と思っていた方が自然だわねぇ」
トールはここへ来るつもりでいた。ならば、少なくとも『天族』は情報を掴んでいるということ。
使う使わないは別にして、押さえに来ないはずはない。
「まさか、街中で仕掛けてくることは無いと思うけど警戒だけはしておいた方がいいかもねぇ」
そう言ってはいるが、リリムスの興味は他に移っているようだった。
先ほどから闘技大会の観客目当てだろう、様々な屋台が軒を連ねており、その中のいくつかからはとてもいい匂いが漂ってきている。
正直、他の三人も腹の虫が疼いてきて仕方がなかった。
「まだ時間もあるし腹ごしらえも済ませておくか?」
「いいわねぇ。あ、それとこの先の為の食料も買い溜めしておきたいわぁ。もう残りも少なくなってきていたしぃ」
それはそうだろうと往人は思う。
『メロウ帝国』に到着するまでの一週間、アイリスとリリムスに二人が食した量は、それこそ腹の虫も満腹で死ぬのではと思うような量だった。
往人とクリスは毎回、見るたびに度肝を抜かれていた。
それを見ていたのもあって、往人は二人と行動を共にするのは遠慮することにした。
「……俺は別行動を取るよ。ゆっくりしてくるといい。クリスはどうする?」
「……ゆきとおにいちゃんと一緒にいる」
しばし、往人とアイリス、リリムスの両名の顔を見比べていたが、やはり彼女もあの光景には慣れないのか往人と一緒にいる方を選んだ。
「あら、振られちゃったわねぇ」
「おねえちゃんたちといると食べられちゃいそうだもん」
無垢ゆえの残酷な言葉。
流石の二人もハハ……、と乾いた笑いを浮かべていた。
「クリスもなかなかキツいな……」
「?」
首をかしげるクリスの手を引いて、往人は屋台を覗く。
肉の串焼きがとても旨そうな匂いで二人の鼻孔をくすぐっていく。
「これにしたい」
「そうだな。これを二本もらいたい……」
そう言いかけた往人の前に何者かが立った。そして、こう言った。
「二本ではなく三本もらおうかな、神代クン」