137話 謎の四冊目 Unknown_Spell
「で、デカい……」
それが往人が、その建造物を見て最初に漏らした言葉だった。
『チア国』を出て、大体一週間ほどが経過していた。
施設の周囲では、爆撃機が何機も襲来しているかのような激しい戦闘が繰り広げられ、四人はそれに乗じて隣国へと逃げることができた。
そこから移動し続けて今日、やっとこの『メロウ帝国』へと入ることができた。
国を挙げての『闘技大会』。様々な国から来訪者があり、往人たちもその中に紛れ入国することができた。
そうして、件の『闘技大会』が行われる場所、巨大な『円形闘技場』へとたどり着いていた。
「すげぇな。人でいっぱいだ」
周囲を見回せば、どこもかしこも黒山の人だかり。ちょっとはぐれたら、二度とは会えないんじゃないかと思うほどだった。
「ワタシ、こわい」
そう言って、往人の服の裾を掴んで離そうとしないのは小さな少女。
年は十二か三歳くらいで、セミロングの髪は美しいサファイアブルーで、肌の色は透き通るように白く、不安げな瞳は瑠璃色に輝いている。
彼女の名はクリス。
『チア国』にて訪れたとある実験施設で遺伝子を改造されて造られた『新人類』。
造った博士曰く、失敗作らしいがこうして見ている分にはまったく普通の女の子だった。
施設でずっと一人だった彼女にとっては、この人だかりはとても恐ろしいものなのだろう。
先ほどからずっと往人のそばを離れようとはしなかった。
「でぇ? ホントに大会へ出るのぉ?」
まるで兄妹のような二人を尻目に言うのは、往人のもう傍らに立つ美女。
腰まで伸びた銀色の髪、どこか蠱惑的な褐色の肌に見合うスタイルの良さ、そして吸い込まれそうな薄紫の瞳を持つのは『魔王リリムス』。
文字通り『魔界』を治める王で、魔導を究めし大魔法使いでもある。
「アレを見た以上は出ないわけには行かないだろうな……」
『魔王』の言葉に答えたのはもう一人の美女。
肩まで伸びたプラチナブロンドの髪、肌の白さは一国の姫をも思わせるが、鍛えられ引き締まったスタイルからはそういった儚さやおしとやかさは一切感じられない。
美女の名はアイリス。
彼女はリリムスとは違い、『天界』を治めし『女神』であり、『天界』でも随一の剣の使い手でもある。
『天界』に住む『天族』と『魔界』に住む『魔族』。それは本来相容れず、戦い合うのが運命。
だが、この二人は往人という少年を中心に協力をし合っている。
双方の世界でクーデターが起きた。
アイリスもリリムスもそれが原因で王の立場を追われているのである。
そして、そんな二人を救い世界に平穏を齎す『勇者』として期待されているのが往人だった。
そもそも、往人はこの世界の住人ではなかった。
この世界『ニユギア』へと、転移してきた『異界人』。もちろん往人から見ればこちらが異世界なのだが。
それも、『勇者』の伝承とは違い、ナルと名乗る謎の少女に手によって連れてこられたのである。
だが、『女神』と『魔王』、双方の力を行使する『契約』を交わし、魔法のない世界から来ているにもかかわらず目を見張るような速度で成長している往人を、二人は『勇者』として扱っていた。
「でもアレって本物なのか?」
先ほどから話題に上る『アレ』。それはこのコロッセオにて行われる十五年に一度の闘技大会、その優勝賞品にあった。
観戦きている者たちが異様に興奮しているのもそのせいだろう。
観客たちから非常に注目を集め、さらには二種族の王すらも惹きつけるほどの賞品――
「まさか、魔導書が優勝賞品だとはねぇ……」
そう。闘技大会の優勝賞品は『魔導書』だった。
『魔導書』とは文字通りに魔導が記された書物、というだけではない。そこに秘められた大いなる叡智、蓄えられし莫大な魔力などそれ一冊で国を落とすことが可能なほどの『兵器』としての側面も持っているのであった。
さらには『魔導書』には意思、のようなものが存在している。
持つ者が叡智を究めるのに相応しい者かを選ぶ意思が。
だが、だからこそ往人たちは『魔導書』が賞品となっていることに懐疑的でもあった。
それだけで国と戦える『兵器』が賞品になっていることではない。
「なんで三冊しかないはずの魔導書に四冊目があるんだ?」