136話 燿子――Not_HERO(But_Leading_Role)
「お前、変わりモンだな」
そう言いながら、髪を軽くかきあげるトール。その度に、赤黒い髪からバチバチと小さく雷が光を放つ。
「燿子です」
「あ?」
「私の名前、神成燿子です」
施設の外へと出て、集まっているのは『魔族』と『天族』の群れだった。
アイリスの予想とは違い、互いにぶつかり合うこともなく一つの集団として施設を取り囲んでいる。
「ヨウコ、あれを見てどう感じる?」
呆れたような瞳で、その集団を見ながらトールは傍らの燿子へと聞いた。争い合うことが運命の二種族が並び立っている。
その異様な光景を『異界人』である燿子はどう感じるのか。単純に気になっただけではあるが。
「さぁ……協力するのはいいことなんじゃないですか? さっきの人の所でもそうでしたし」
「そうか……ま、今から全部殺すから関係ないと言えば関係ないんだけどな」
そう言って、灰色の少年は退屈そうに燿子の右手を取った。
呪文が紡がれ、二人の体が光に包まれる。
それは戦いの狼煙。天の雷光が行使される合図。
『霊衣憑依』により一つとなったトールたちは、その背から三対六枚の雷翼を展開させ、一瞬羽ばたく。
轟! と雷がその激しい音を響かせると、今まで施設の前に立っていたはずのトールがいつの間にか群れの後方にいる。
「……? ッ!?!?!?」
ほんの数瞬遅れて爆撃機が通過したような雷撃が集団へと襲い掛かった。『天族』も『魔族』も関係ない。
もはや天災としか言い表しようのない光が次々と降り注ぐ。
「はぁ……だから雑魚と戦うのはイヤなんだ。これじゃあただの弱い者イジメだよ」
宙をふわりと舞いながらつまらなそうに呟くトール。
ミョルニルを使うまでもない。ただの飛行魔法でも総崩れになる集団を見て、心の中に退屈という汚泥がこびりついていくのを感じていた。
(あ、でもあの人は立ってますよ?)
一つとなった燿子が示す先、そこには確かに降り注ぐ雷撃を防ぎ立つ者がいた。
金色に輝く障壁を展開し、雷を防ぎ切ったのは女だった。
長いプラチナブロンドの髪を靡かせた中性的な顔立ちの凛々しい女性。
トールはその者の名をとても良く知っていた。
「フレイ」
「貴方、何を考えているの? 同胞である私たちにまで攻撃を加えるなんて」
フレイ。それは『天界』に於いて中心となる三人の人物が一人。
『女神』であり、『政治』を司るアイリス、『武力』を司るトール、そして『豊穣』を司るのがフレイである。
「魔族と手を組む裏切者を粛清してやったのさ。もちろん、アンタも今から殺す」
そうですか、と呟き腰から下げた剣を抜くフレイ。
抜き放たれた刀身には薄く霞のような揺らめきが昇り、それは倒れ伏している『天族』や『魔族』へと伝播していく。
(えっ……なにアレ……?)
燿子がゾッとして言う。
トールを通して見たもの。それは確かに殺したはずの者たちが、霞に纏わりつかれゆっくりと立ち上がる姿だった。
(死体を……操っている?)
「そんなイイもんじゃない」
魂と会話するトールに、驚いたような表情を見せるフレイ。
あの、なににも無気力だった少年が器の人間とコミュニケーションを取っているのが意外だったのだ。
「ふぅん……貴方、何か変わった?」
「今から死ぬ奴が、そんなこと知ってどうする?」
背から迸る雷光が一層激しさを増し、分厚い雲に覆われていた空を眩しいほどに光らせていった。