135話 往人――Hero(Not_Correct)
衝撃的な言葉だった。当然、その言葉にはストップがかかる。
「何を言っているんだ!? 君はあの男に利用されていたんだぞ?」
「分かっています。でも、いきなり変なところに来て、見たこともないバケモノに襲われそうになった私を助けてくれたのもあの人、トールさんなんです」
その言葉を聞いて、往人も思い返していた。初めて『ニユギア』へとやって来た日。低級魔族に襲われ、気を失った往人を助けてくれたのはリリムスだった。
もしも今、あの時のリリムスを、蛇のバケモノとでも言うようなリリムスを見ていたら敵だと認識していたかもしれない。
そういう意味では、少女の言っていることも理解はできる。
「だからお願いです。私もトールさんのお手伝いがしたいんです」
「ふぅん……」
トールが少女の顔を自身へと近づけ、その灰色の瞳をジッと見つめる。
「いい目だ。絶望と諦観が入り混じりながらも、その奥に希望と憎悪も覗かせる混沌とした瞳……ふふ、この娘は俺が預かる。いいだろ?」
「そんな勝手が……っ!?」
言われるが早いか、少女はトールの元へと駆け寄りその腕をとる。そうして、まるで守るかのようにアイリスとの間に立った。
「君……あ、往人」
なおも食い下がろうとするアイリスだが、それを往人が制し少女の前に立つ。
「俺もこの世界にいきなりやって来たんだ。それで色々あって戦っている」
恐らく、目の前の少女の決意は固い。往人たちが何を言ってもトールの後を追うだろう。
ならば、無理に引き離すよりも言葉を送ることにした。
「この先、君は人を殺すかもしれない。その手で命を奪う、その覚悟が本当に出来ているのならあいつについていくといい」
「…………覚悟なら、あります」
しばし考え込む様子だったが、それでも口を開き真っ直ぐに往人を見つめ言った。
「どれだけこの手が血で汚れようとも、私はあの人についていきます。それに……私にはもう戻る場所はありませんし」
一瞬、苦しそうな表情を見せた少女だったが、すぐに決意を秘めた強い瞳を覗かせる。
それを見て、アイリスも遂に説得を諦めた。
「はぁ……トール、無理やりとはいえお前が契約を結んだんだ。責任は取れよ」
「俺についてこれないなら死ぬだけだ。それでも構わないなら」
もう行く、と歪みきった扉を無理やりこじ開け部屋を後にするトール。こちらへ軽く頭を下げながら、小走りで少女がその後を追う。
「それではこれで。待ってください、トールさん」
「あのおねえさん、行っちゃったね」
「そうだな……」
階段を昇っていき、姿が見えなくなる二人。それを眺めながら、クリスと往人がぼんやりと呟く。
何となく、少女の言った言葉が気になっていた。
――戻る場所はない
それはこの世界から帰還する手段がない、という意味だったのだろうか。
「なぁ、元の世界へ帰る方法ってあるのか?」
言われてみれば、自分も知らないと往人はアイリスとリリムスに聞く。二人はトールが来たのとは別の階段の安全を確かめている。
「一応、ダーリンは勇者だから今回の件が解決したら戻れるとは思うわぁ」
「もしくは、黒いワンピースの女に聞くかだな」
そうか、とイタズラっぽく笑う『ナル』の顔を思い出す往人。元々彼女の思惑でこの世界へと連れてこられたのだ。
彼女なら世界を渡る術も有しているということ。
「もとのせかいにゆきとおにいちゃんは帰りたいの?」
「うん? そりゃ、まあ……」
クリスの質問に、なんとなく歯切れの悪い返事をする往人。
もちろん、帰れるのなら帰りたい。しかし、ニユギアでの、みんなとの旅も充実しているのは事実である。
命の危険と隣り合わせだが、それでもただ毎日を何となく過ごしていたあの日々よりも『リアル』だと感じてしまう自分もいる。
「ま、その時が来たら考えるさ」
そう答えた往人に、アイリスとリリムスが安全を確認できたのか呼ぶ声がする。
「行こうぜ」
クリスの手を取り歩き出す。
次なる地は『メロウ帝国』。不安を感じながらも、往人たちは地上への階段を昇り始めた。