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134話 トール――Angel(and_Extend) part9

 仰向けに倒れ、天井を見上げるのなんていつぶりだろうか。

 往人に殴られ、床へと転がるトールはそんなことを考えていた。

 忘却の彼方へと消えた敗北。それを久方ぶりに与えたのは人間だという事実。

 そのことはトールの胸の内に悔しさ以上の興奮を齎していた。

 「ハハハ……まさか、この俺が負けるなんてね。しかも、人間相手にさ……」

 ゆっくりと体を起こしながら、口の端から流れる血を指で拭う。

 「その力、魔導書のものだろ?」

 体のあちこちの調子を確かめるように動かしながら、トールはニヤリと笑う。あれだけ痛めつけられても、まだ余力は残っているようだった。

 


 「そうだ。それを前にして、まだやる気か?」

 「いいや、俺の負けだからな。だが、そうか……魔導書か……」

 だが、彼はもう戦う気は無いようで往人の言葉に何やら考え込み始める。

 「何かあるのか?」

 『霊衣憑依(ポゼッション)』を解除したアイリスが、その様子を見て聞く。『魔導書』の力の一端に触れて、その強大さを身に染みて理解し故に危険性も改めて認識した。

 だから、往人がその力に溺れないように情報があるのなら欲しかった。

 「うん? そうだな……これをやるよ」

 そう言って、トールが何かを投げてよこす。それは薄い長方形のカード状のもので、何かのチケットの様だった。

 「これは……闘技大会か」

 「ああ、メロウ帝国で十五年に一度開催される大規模な闘技大会らしい」

 往人も、アイリスが手に持つチケットを覗き見る。

 内容としては、大会に参加する権利を与えるチケットらしかった。



 「なんでこれをって顔だね」

 怪訝な顔をしていたアイリスたちをからかうように笑うトール。その反応は想定済みだったのだろう。

 「おいおい、早まるなよ」

 と、不機嫌そうな顔をしてチケットを破り捨てようとするアイリスを制止する。

 「だったら、説明くらいしたらどうだ?」 

 「相変わらずせっかちだね。まぁいいや、その大会の優勝賞品さ」

 トールがどこか楽し気に、チケットを指差しながら言う。

 「アンタたちにとっても面白いものだと思うよ」

 「優勝賞品?」

 チケットには確かに、優勝者には賞金と賞品が送られると書いてあるがそれがないかは明記されていない。

 「何がもらえるかは実際に行ってみて確かめるといい。きっと知れば欲しくなるだろうさ」

 「ふぅん、随分と含みを持たせるわねぇ。そんなにイイものなら、アナタも欲しているのではなくてぇ?」

 わざわざ人間界の催し物のチケットを入手しているということは、そういうことなのだろう。

リリムスが指摘する通り、トール自身が本来なら優勝賞品を手に入れようとしていたはず。

 「それをくれるなんて、ワナなんじゃないのぉ?」

 「そう思うならば、捨てればいいさ。確かにそこの景品は狙っていたけど、アンタらが手に入れた方が面白そうだ」

 それを聞き、アイリスは手の中の紙をジッと見つめる。

 三人は、それをどうするかはアイリスの判断に一任するようだった。

 「出場するかどうかは、行って決めればいい。本当に有用な物ならば挑戦する価値もあるだろう」

 


 「流石は女神様。イイ判断だ」

 そう言って、トールは『霊衣憑依(ポゼッション)』により縛り付けていた『異界人』を解放し、部屋を出ていこうとする。

 「それは返すよ。そっちで好きにしてくれ」

 うぅ、と小さく呻き声を上げるのは十六、七歳くらいの少女だった。引き締まった筋肉質な体つきで、黒髪のショートヘアが土埃で少し汚れている。

 「お前……」

 「それと、餞別代わりだ。逃げるまでの間、追手も惹きつけておいてやるよ」

 少女を助け起こしたアイリスに向かって、トールが言う。

 それはトールなりの勝者への賛辞。

 心沸き、久しく忘れていた充足感を齎してくれた恩返しだった。

 「いいのか?」

 「どうせ、俺も追撃部隊を蹴散らしてここにいる。第二陣は俺も標的(ターゲット)だからついでだ。そのかわり……」

 振り返り往人へと凶暴な笑みを浮かべながらトールは言った。

 「次は俺が勝つ。たとえ魔導書の力があってもな」

 それだけ言って、踵を返そうとしたトールへ声をかける者がいた。

 「待ってください」

 それは少女の声だった。トールが『霊衣憑依(ポゼッション)』するためだけに使った少女が、呼び止めたのだった。

 「あん?」

 

 「……あの、私も連れて行ってくれませんか?」

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