131話 トール――Angel(and_Extend) part6
雷鎚を、雷斧を振るい敵を倒すたびに、トールの胸に去来するもの。
それはいつの時も『退屈』だった。
『天族』として鍛錬を積み、研鑽を重ね『極』とも呼ぶべき境地も見た。
だが、そこにあったのは最強の称号と虚無だった。
戦っても、闘っても、その心は満たされることはない。ただひたすらに渇き、さらなる闘争を心が求めるだけ。
もはや生きているとは言えなかった。『魔族』を殲滅するだけの道具。
今までのトールはそうだった。
「どうした、そんなモンじゃないはずだ! アンタは天界を治める王! なら、もっと強いはずだ!!」
今は違う。イレギュラーな状況ではあるが『女神』と戦うことができる。
ずっと戦いたいと思っていた相手。『聖剣』を有し、自分と並び「最強」と称されることもある『女神アイリス』。なぜ彼女はその心を保てるのか、なぜ道具へと堕ちないのか。
戦うことでそれを知りたいと思っていた。そうすれば『極』のその先を見ることも叶うのではないか。
「そうだ、それでいい! アンタの強さ、全部俺に見せてみろ!!」
力任せに振るった雷鎚を、アイリスは往人と共に白翼に防御魔法を付与して受け止める。
そのまま翼のはためきを利用しミョルニルを弾くと、急加速してエクスカリバーの光刃を伸ばす。
――ヒゥン!!!
空を斬る甲高い音が響き、光刃が部屋に置かれた棚や机を一瞬で両断する。
「ははっ!!」
ミョルニルを斬られ、自身は紙一重でそれを躱しながらもトールは笑う。自分の命が危険に晒されている。一瞬の気のゆるみが即、『死』へと繋がる。
その極限の緊張感がトールの凍り付いていた心を溶かし、沸かせ、充実させていく。
「もっとだ! もっとこい!!」
両断されたミョルニルを再生させ再び鎚形態で振るう。
蒼雷の鎚が横薙ぎに振られ、大気をも焦がす。
光刃を砕き、アイリスの眼前へと迫るトール、暴力的な笑みを浮かべながら手に雷の爪を纏わせ、アイリスのその美しい顔へと突き立てんとする。
「ふんっ!!」
しかし、雷爪の一撃は下方向から突き上げてきた急激な炎の柱によって阻まれた。それはアイリスの足から放たれた不意の攻撃。
「これでも駄目か……!」
正直、アイリスの実力では真正面からトールとぶつかっても勝機は薄い。
接近されたところを狙い、不意打ちならばと思ったが大きな効果は得られなかった。
「あぁ……熱いし痛い。でも、生きている!! この充足感、やはりアンタと戦って正解だ」
全身に火傷を負いながらも凶暴な笑みを浮かべて笑うトール。
その姿に、往人は戦慄以上の恐怖を感じる。
(なんだよ……あいつ、相当ヤバい奴じゃないか)
「天界にいる頃のあいつはあんなんじゃなかったんだが……」
アイリスの記憶にあるトールは、いつもつまらなそうで無気力な少年だった。それでいて戦場に立てば、一瞬のうちに敵を殲滅する。
あんな風に笑ったところなど見たこともなかった。
「次はどうするんだ? まだまだ策はあるんだろ!!」
ミョルニルが激しい雷光を迸らせる。斧形態へと変化させ、雷の斬撃がアイリスを襲う。
「はああああっ!!」
叫び、横薙ぎに迫る雷刃を両の手に展開した防御魔法で無理やり掴み取る。
「うぉおおお!!」
その手を軸に、トールの顔面目掛けて跳び蹴りを見舞うアイリス。もんどりうって仰け反るトールへと追撃の乱打を撃ち込む。
高速の拳がトールの体を宙へと浮かせ、さらに連打が叩き込まれる。
「はぁああああ!!!」
渾身の一撃で、トールの体は吹き飛び壁へと思い切り叩きつけられる。
「イイね……アンタでなくちゃ味わえない痛み。でも、まだだ。こんなもんじゃ、まだ足りない!!」
全身が軋み、苦痛を訴える。指先一つ動かすのにも呻くほどだが、それでもトールの渇いた心はさらなる闘争を求め吼える。
「はあああ!!」
大きく叫び、今までよりも巨大な雷鎚を出現させる。
身の丈以上の威容のそれは振るっただけで、大気が帯電するほどだった。
「まだお楽しみを終わらせはしないさ」