13話 勇者の魂は闇と煌めく Possession part8
路地を一本挟めば、先ほどの戦いが噓のように平和な風景が広がっていた。
それなりにざわついてはいるものの皆何が起きていたかは知らないようだった。
「平和ボケというか、何というか……」
その光景にリリムスが呆れた様子で呟く。
やはりクーデターを起こされるような、危険な場所に身を置いていた立場から見れば意識が低く映るのだろうか。
「本来なら人間界で戦いを起こすのは御法度だからな。仕方あるまい」
アイリスのその言葉には擁護というよりもどこか諦観めいた雰囲気が感じ取れた。
町に灯りがポツリ、ポツリと灯り始めた中で、三人はまたあの仕立て屋の前に立っていた。
そこまで時間は経っていないはずだが随分と久々な気がしていた。
「あの店主を待たせてしまったかな?」
キィ、という小さな音と共に往人は店の中に入る。
「遅かったの」
「ぎゃあ!?」
昼とは違い、いきなり目の前に立って声をかけられたのだからたまらない。
往人は驚いて大声を上げてしまった。
「っ!? ユキトッ!!」
店内も少々薄暗かった為、後ろにいたアイリスたちには何が起きたか分からなかった。
往人の身に何か起きたと勘違いし、彼の前に立つ人影を組み伏せてしまった。
「痛たた……何をするんだ」
「あっ!? ご老人……」
人影の正体に気が付いたアイリスは即座に戒めを解き、素直に頭を下げた。
「申し訳ない。連れが大声を出したからてっきり怪しい者かと……」
「ふむ……まぁ、表も何やら騒がしい様子だったし、警戒するのも無理なかろう」
特に気にした様子もなく、老店主はカウンターから三着の衣服を取り出す。
「さぁ、注文の品だ。確かめとくれ」
そう言って、バツが悪そうにうなだれるアイリスに手渡す。
気まずさがあるのかアイリスもそそくさと衣服を全員に回しながら、自身の分を確かめていく。
「……さてと、俺のはどうかな」
往人が選んだ生地はデニム地だった。
それをオーバーオールの形に加工してもらい、フード付きの白パーカーの上から着用する。
「うん、イイ感じかな」
多少生地のゴワつきは感じたものの、往人の世界とは元々の布の加工技術の違いと判断し、特に何かを言うことはなかった。
自分も大声を上げて誤解させた手前というものあったが。
「コッチも問題なさそうねぇ」
そう言ったリリムスの恰好は、黒のロングスカートにグレーのシャツ、その上から黒の大判ストールを羽織っていた。
それなりにゆったりした格好だがスタイルの良さは、その上からでもハッキリと見て取れる。
「ん? なぁに、ダーリン。もっとちゃぁんと見ていいのよぉ」
「別に見てなんか……」
嘘だった。リリムスの美しさに完全に目を奪われていた。
「さてと、全員着替えられたようだな」
最後に試着室から出てきたアイリスが言う。
紺色のタイトパンツにワインレッドのVネックシャツ、上からブラウンのブルゾンという出で立ちで、これもアイリスによく似合っていた。
「二人とも問題はなさそうか?」
アイリスの言葉に往人もリリムスも頷く。
この格好ならば、町中でもそう悪目立ちはせずに長旅にも耐えられそうだった。
「ではご老人、世話になった」
アイリスの感謝の言葉に老店主も頷く。
「うむ、ところでお主ら、旅をしておるのか?」
「そうだけどぉ、それがどうかしてぇ?」
「なにね、ここ何日か夜中はあまり治安が良くないという話を聞いてね」
そう言って浮かない顔を覗かせる老店主。
それは恐らく『天族』か『魔族』によるものだろう。
アイリスもリリムスも暗い表情を浮かべている。
「そういうことだから、今晩はこの町の宿にでも泊まったらどうだい? 急ぐ旅でなければだが」
「宿か……」
往人は考えた。
時間の猶予がたっぷりとあるわけではない。だが、急いだところで解決の糸口が見つかるというわけでもない。
何よりも、初めての戦いで疲弊もしていた。
それは二人も感じていたのだろう。
「いいんじゃなぁい?」
「そうだな。次はいつ屋根のある場所で寝られるかは分からんしな」
そう言ってこの町で一泊することに賛成をする。
「そうか、ならばここから西の路地を行った先に宿がある。比較的安全な朝から出発するといい」
老店主の言葉に感謝しながら三人は店を後にする。
(……もしかして、相部屋だったりするのか?)
心配なのか期待なのか、判別がつかない心のモヤモヤを抱えながら往人はすっかり日の落ちた路地を歩いていった。