121話 ヒューマン――The_New_Standard part4
「ふぇ……?」
少女は大粒の涙を瞳に溜めながら、往人の顔を見つめる。一瞬、また動けなくなるかもしれないと身構えるが今度はそんなことはなかった。
「君の力にびっくりして、それで武器を向けてしまったんだ。良ければ君のことを教えて欲しいんだ」
その言葉を聞いていくらか安心したのか、少女は顔を綻ばせて涙を拭う。
「そっか、それならしかたないよね。ワタシの方こそビックリさせてごめんなさい。ワタシの名前はクリス。おにいちゃんたちのこともお話してね」
クリス、そう名乗った少女は床にぺたりと座り込み往人たちにも座るよう促す。
見た目よりもいくらか幼い印象の彼女に、三人もやや困惑しながらも座る。
「みんなもおなまえを教えてほしいな?」
「ああ、俺は往人。神代往人だ」
往人が名乗ったのに続き、アイリスとリリムスも同様に自身の名を名乗る。
「ゆきとおにいちゃんにアイリスおねえちゃん、それとリリムスおねえちゃんね。よろしくお願いします」
そう言って、わざわざ丁寧に頭を下げるクリス。思わず往人もよろしく、と頭を下げてしまう。
「君はなぜこんな薄暗い部屋に鎖で繋がれているんだ?」
アイリスがクリスの足を戒めている鎖を指差しながら聞く。
「うん、ワタシは失敗作だから」
そう言ったクリスの顔はとても悲しそうだった。
「だからここから出ちゃいけないの。お外に出たらワタシは死んじゃうんだって」
「誰かがそう言ったのか?」
「うん。ワタシをつくったハカセがそう言ったの。お前は失敗だから、部屋から出たら死ぬって」
作る。その言葉から推察するに彼女も普通に生まれた人間ではないのだろう。
先の強化人間同様、外的な手段で改造を施された者。そしてその強化が上手くいかなかったのだろう。
だから、ここで飼い殺しにしている。外へと逃げて実験が明るみに出るのを防ぐために。
殺さずに置いておくのも良心の呵責が、とかではないだろう。隠し部屋に気が付いた侵入者を簡単に処理するため。先ほど往人たちが動けなくなったように。
「可哀そうな話しねぇ」
俯くクリスの頭をリリムスが優しくなでる。人に優しくされたことなどなかったのだろう。
たったそれだけで、クリスは頬を赤らめ照れくさそうに微笑む。
「リリムスおねえちゃんの手、あったかいね」
「アイリス、この子を連れていけないか?」
「……言うとは思ったがな」
アイリスは小さく溜息をつきながら往人の顔を見る。
「リスクが大きすぎる」
もちろん、アイリスも連れ出せるならばそうしたいとは思う。幼いながらでずっとこんな狭く暗い部屋に閉じ込められ、外敵の排除の道具にされている人生なんてあまりに悲惨である。
「この子を守りながら、この先戦うのは危険すぎる」
反対するしかなかった。一時の感情に流され、目の前の少女を助けたとしても待つのは『天族』そして『魔族』との戦いである。
そうなったら、往人たちかクリスあるいはその両方ともが死ぬことは目に見えていた。
「可哀そうだとは思うが、連れていくことはできない」
「そうか……そうだよな。ごめん、無理なことを言って」
分かってはいたのだろう。往人も食い下がることをせずに素直に受け入れた。納得自体は出来ていないようだったが。
「ごめんよ。君を連れ出してあげたかったけど、俺たちじゃあ駄目みたいなんだ」
クリスの前でうなだれる往人に、彼女は優しく頭を撫でる。慈しむ聖母のような微笑みで。
「ううん、だいじょうぶよ。ワタシはここを出られないもの。だから平気よ」
出られない、というのが本当は嘘なのだと気が付いているのだろう。寂しそうな顔を僅かに覗かせるが、それでも往人を悲しませまいと作る笑顔が余計に痛々しかった。
「ダーリン、そろそろ行きましょうか。長くいると余計に辛いわぁ」
リリムスに言われ、ゆっくりと立ち上がる往人。これ以上この場にいると、感情に押し流され無理やりにでも連れ出してしまいそうだった。
「じゃあ、俺たちはもう行くよ」
「うん、楽しかったよ。ゆきとおにいちゃん、アイリスおねえちゃん、リリムスおねえちゃん」
三人とも後ろ髪を引かれる思いだったが、それでも踵を返そうとした時だった。
「おや? 侵入者がなぜ動いているのですかな?」