117話 ソルジャー――Plus_Malice part3
「肉体を強化……と呼べるのか?」
人間のシルエットから遠く離れたそれに、さしものアイリスも引き気味で声を漏らす。
背中の左側、ちょうど心臓が位置する辺りから生えたもう一本の腕は、通常の腕よりも不自然に長く、また歪に関節が存在しまさに異形と呼べる形状をしていた。
「うえ……同じ人間をああまで変えるなんて、どういう神経しているのかしらぁ」
同族であるはずの人間同士が見せる、底なしの『悪意』あるいは『欲望』。
それらが形となったのが目の前の存在。
それは『魔王』であるリリムスすらも底冷えするような恐ろしさだった。
虚ろな瞳を覗かせたまま、強化人間は一旦三人から距離を取る。そして、その異形の姿が再び半透明になり始める。
「……あっ!? マズい!」
往人は駆け出し、剣を振るうが間に合わなかった。虚しく空を斬った剣は、もうその場に敵がいないことを示している。
「大丈夫だ。……そこだっ!!」
余裕を感じさせる声音から、気合一閃。振られた剣は何もないように見える壁を叩き斬る。
――ギィン!!
だが、その剣の一撃は壁を斬り裂くことはなく、代わりにそこにいた強化人間の槍と打ち合う。
「フッ、感情が見えないから分からないが、驚いたりしているのか?」
「…………」
「だんまりか。まあいい、このまま一気に攻め立てる!」
振り抜かれた剣が強化人間を弾き飛ばし、追撃の斬撃が閃き火炎の刃が宙を舞う。
「…………」
それでも何も言葉を発することなく、強化人間は背から伸びる三本目の腕に装備された盾で炎の刃を防ぐ。
そのまま、盾を前方に構えたままアイリスへと突撃をかける。
「この……っ、舐めるなっ!!」
振られた剣は盾と激しくぶつかり合う。だがそれは、アイリスが無防備になることを意味する。
両の腕で振られた剣に対し、相手は異質な腕を使っての防御。つまり、まだ普通の腕は槍を使えるということ。
「…………」
「こいつ……っ!?」
盾の影から槍が突き出される。
アイリスは咄嗟に体を捻るが、それでも熱いものが脇腹を掠めていく感触に襲われる。
一気に後方へと跳び距離を取る。そこまで深くはないが、じっとりと脇腹が赤黒く染まっていく。
「アイリスッ!」
「大丈夫だ! それより……おいっ!」
「分かってるわぁ!!」
魔力をチャージしていたリリムスが、アイリスの声に答えて杖を振りかざす。
耳を劈くような轟音とともに、激しい光を発しながら雷撃が強化人間へと降り注ぐ。
もちろん、相手もそう簡単に当てさせてくれるはずはない。降り注ぐ雷光を、槍を振るって斬り、あるいは盾を使い防ぐ。そうしながら幾本も降り注ぐ雷撃の雨を凌いでいく。
「…………」
あるいは、その強化人間が言葉を話せたとするならば、この時どんな顔をしたのだろうか。
雷撃を躱しながら、いつの間にか踊り場まで進んでいた。
リリムスがチャージした魔力では、もうあと数発の雷撃を降り注がせることが精々だった。
それを察知して、勝ち誇ったように笑っただろうか。それとも、この直後に起こる事に焦燥、若しくは怒りの咆哮を上げるだろうか。
いつの間にか目の前に迫っていた往人を見ても、その空虚な瞳に色が戻ることはなかった。
「はあああ!!」
気合と共に振られた斬撃。それが強化人間の体を二つに分けようとも、終ぞその声を聞くことはなかった。