114話 ユキト――Growing(and_Over) part6
「「「うわぁああ!!!!」」」
嵐の襲来と間違うほどの風が、迎撃部隊を薙ぎ倒す。
吹き飛ばされた者や、それを見て怯え逃げ惑う者とで阿鼻叫喚の様相を呈す。
「さぁて、ドンドンいくわよぉ!」
嵐の中心を悠々と歩いていくリリムスたち三人。
何とか攻勢に出ようとする者も、吹き付ける風にまるで跪くかのように地へと押さえつけられていく。
「流石にやるもんだ」
その光景を見ながら、驚嘆の声を出す往人。意識を集中し、内なる『魔導書』の力を引き出す。
そうしながらも目の前で繰り広げられる状況から、自身でも再現できるようにと少しでも学ぼうとする。
その中で、あることに往人は気が付く。
(相手側に負傷者がほぼ出ていない……?)
そう。これだけの規模の魔法を行使しながらも、リリムスは迎撃部隊の者たちに怪我がないようにと、魔法の威力の調整をしていたのだ。
放たれた烈風は隊員たちを吹き飛ばすと同時に、矢と化して壁や地面に縫い付けていく。
それはしばらくの間、少なくとも三人が安全に施設内へと侵入できるまでは残留し続ける。縫い付けられた者を傷つけることなく。
涼しい顔でこなしているが、それは砂漠に混ざった塩の粒を拾い上げるが如き細やかさを要求される技である。
物は違えど『魔導書』を理解し、その叡智を自らの物とした『魔王』だからこそ出来る驚異的な技術。
改めて、往人は旅を共にしている者の凄さを実感していた。
「そろそろ入り口も近いわぁ。頼むわよぉ?」
その言葉に、待ってましたとばかりにアイリスが剣を抜く。炎に包まれ、赤く赤熱化していき刃の周囲がユラユラと陽炎を生み出す。
魔導施設の入り口は、当然固く閉ざされていた。
「これ……金属じゃない。もっと別の、セラミック素材のような……?」
扉に触れ、その感触を不思議そうに確かめる往人。それは元の世界で触れたことのある、セラミック包丁と同じような感触だった。
しかし、その強度は往人の知るそれよりも遥かに高く、ちょっとの衝撃ではビクともしなそうだった。
「ユキト、危ないから離れていろ」
火炎揺らめく剣を握り、アイリスが扉の前に立つ。
「ふんっ!!」
気合と共に幾度か斬りつけるが、剛性、耐熱性に優れるセラミック素材はそれだけでは破壊出来ない。
リリムスも迎撃部隊を抑えるので、扉の破壊までは手が回らなかった。
「……はぁああああ!!!!」
叫びとともに、炎剣が扉へと突き刺さる。一点に温度を集中させ、素材の限界温度を超えて貫いたのだった。
「人が通れるほど斬るには時間がかかりそうだな……」
往人の言葉通り、突き刺さったのは剣の先。このまま三人が通れるほどに斬り開くには相当な労力が必要とされることが予測できた。
「このまま斬るだけならな」
フッ、と軽く微笑むとアイリスは剣へと魔力を流し込む。炎の出力が上昇し、扉の内部の温度が急激に上がっていく。
「まさか、このまま融かすのか?」
「いいや、こうするのさ!」
往人の言葉を否定し、アイリスは新たに剣へと魔力を注ぐ。
発動した魔法、それは扉の内部温度を急激に低下させていき、氷点下を超えて冷やしていく。
――ピシッ!
何かが軋むような小さな音が聞こえたかと思った瞬間、大きな扉が一瞬で粉々に砕け散った。
その破片はまるで、ダイヤモンドダストのようにキラキラと光を反射して輝いていた。
「これ……氷?」
落ちてくる破片を手に取り呟く往人。
セラミック素材が凍り付いていた。アイリスは急激な温度変化による、熱衝撃破壊を引き起こして扉を破壊したのだ。
素材の特性を瞬時に見抜き、最適な選択をする。そしてそれを可能にするだけの力量を有する『女神』に、ただただ驚く往人だった。
(ここまでの領域に、俺もなれるのだろうか?)
圧倒的な実力を見せつけ、施設内へと侵入を成功させるアイリスとリリムス。
その二人の姿を見ながら、往人はある人物を思い出していた。
ナル。
往人をこの世界へと連れてきて、何かをさせようとしている者。
なぜ、今あの不思議な少女を思い出したのか分からず、頭を振って追い出す。
今は、この二人から多くを学び、強くならねばならないのだから。