109話 ユキト――Growing(and_Over)
その国に到着したのは、『ノージャ国』を飛び立っておおよそ四、五時間ほどだっただろうか。
途中、海の上で魔力による足場での休憩を除けば、移動時間は大体三時間半といったところだった。
「寒い、寒い!!」
陽もすっかり昇り、陽射しもたっぷりと降り注いでいるというのに、往人は体が震えるのを止めることが出来なかった。
常夏の島から飛んできた往人にとって、この気温はとても耐えられるものではない。
そもそも、距離で言えばそれほど離れているわけではないはずなのに、この気温差は異様とも言えた。
「なぁ、一体なんでこんな寒いんだ?」
必至に腕をこすりながら、傍らに立つ美女二人に尋ねる。
『女神』と『魔王』。
相反する二人の美女は、流石それぞれの長であるからか、寒さにも答える様子は見られなかった。
「情勢と同様に、今の人間界は気候も不安定な地域も多いのよぉ」
『魔界』を治める『魔王リリムス』が、吹く風に乱れる髪を押さえながら答える。
まぁ、元々この国は気温が低めの国だけどねぇ、とそれほど気にもしていないような口調だった。
「いい機会だ。ユキト、魔法のコントロールの訓練で、体温調節をしてみよう」
そう言うのは、『天界』の頂点に君臨する『女神アイリス』。
言われて、往人がよくよく二人を見てみると、体表に非情にうっすらと膜のようなものが張ってあるのが確認できた。
どうやら、寒さから身を守るための魔法のようだった。
「やるやる。ええっと、どうやるんだ?」
もちろん、その提案を拒絶する理由など往人のなかには存在しない。
すぐさま、アイリスへと教えを乞うため自身の中に在る、魔力へと意識を向ける。
『天界』と『魔界』それぞれの長と行動を共にはしているが、往人は魔法というものを扱うことができない。
いや。出来なかったというのが正確だろうか。
こことは違う世界から来訪した往人には魔法を自分で行使するという概念がなかった。
それはマンガやゲームの中の物、空想の産物で実際に使うことなどあり得ないと思っていた。
だが、その存在を目の当たりにし、それを行使することを当たり前に感じている。
それは往人の内面にも変化を齎していた。
『魔導書』を手にし、その内に魔力の種とも呼べる『きっかけ』を秘めてからその変化はさらに加速していた。
戦いの中で自分なりの魔法を使い、実際に『天族』にも勝利を収めている。
それは、あまりにも早すぎる変化。共に行動する二人ですら、困惑と危機感を覚えずにはいられないものだった。
「なぁなぁ、どうやるんだよ?」
とは言っても、それは戦いの中だけ。
こうして戦いの緊張感から離れれば、初歩的な魔法すらやり方を教わらなければ難儀するほどに素人丸出しの少年の姿だった。
「ああ、簡単だよ。まずは、自分の周囲に殻を張るように意識するんだ」
「から? ああ、殻ね。よし、やってみるよ」
そう言われ、青紫色に染まった唇を小さく動かしながら往人は自身のなかに感じる魔力の流れから、殻を展開するようにイメージを固める。
「頑張ってぇ、ダーリン!」
リリムスの応援を耳にしながら、段々とイメージが固定化されていく。
二人がするように、自身の体表ギリギリを覆うように張られた薄い殻。まるで卵の殻のように自分を、この寒さから守ってくれるもの。
――トクン
往人の胸の奥で小さく胎動する。それは魔力が魔法として外へと放たれようとする証。
往人のイメージを、形として世界へと現出させる。
「はあっ!!」
気合と共に放たれたそれは、往人の周囲を覆うように展開された。
「おっと!?」
「きゃっ!」
だが、イメージとは裏腹に、展開された魔法は大きく広がりアイリスとリリムス、二人も弾いてしまうほどになってしまった。
「あれ? おかしいな……二人みたいにするはずだったんだが……くしゅん!!」
思ったように寒さも遮断できず、くしゃみをする往人。
まだまだ、世界の変化に追いつくのは時間がかかりそうだった。