105話 魂熱きノットマイスター part4
「馬鹿な……天族であるこの僕が、人間なんかに……」
そう呟きながら、地に倒れ伏すウートガルザ。往人の拳が彼の頬へと叩き込まれ、その意識を奪ったのだった。
「はぁっ、はぁっ……言ったろ、お前じゃあ何も手に入れられないって」
呻くように、小さくそれだけ言うと往人の視界は急激に暗くなっていった。
慣れぬ体で魔力を使い、さらに体力と精神も限界まですり減らした結果、往人に意識を繋ぐ事が出来なくなっていた。
完全に気を失う直前、視界の端でアイリスとリリムスを見た気がした。
気のせいだ、と思う間もなくウートガルザ同様に、往人も地に倒れ伏していった。
「ダーリンッ!!」
「ユキトッ!」
往人が見たのは気のせいではなかった。
合流した二人が、目の前で倒れていく往人へと駆け寄りその体を抱きとめる。
まだ、『少年』と呼ぶべき幼さの僅かに残る肉体はボロボロに傷つき、死線を潜ったであろうことを容易に想像させる。
「こんなムチャを……」
「息があるのが不思議なくらいだ……」
リリムスはすぐさま回復魔法を往人へと施し、アイリスは意識の戻らぬ内にウートガルザを捕縛する。
やはり『天族』、すぐさまその意識を取り戻し状況を把握する。
「……貴女たちがいるということは、僕は完全に負けたのですね」
「そうだ。貴様の狙いだった霊獣とやらは私たちが倒した」
「はぁ……クフフ、やはり上手くはいきませんねぇ。女神である貴女を裏切り、古臭い伝承に縋り、そうまでしてよもや人間なんかに阻まれるとは……」
自嘲するかのように言うウートガルザ。その顔には諦観の色が浮かんでいた。
「当たり前だ。お前には何をおいても貫き通す信念がない。そんな奴が何をしても上手くいかないのは当然だろ」
「上からの御高説は結構、どうせ僕はここで死ぬんです。とっととやってください。」
ごっ!! と鈍い音がアイリスの耳に飛び込む。意外なことに、リリムスがウートガルザの頬を殴りつけたのだった。
完全に意識の外だったので、ウートガルザも唖然とした顔をしている。
「情けない事ねぇ。確かにアナタはここで死ぬわぁ。それでも、魔族だったら簡単に死を受け入れることはしないわぁ」
「……だから? それは単に浅ましいと言うんですよ。死を受け入れる潔さがない」
「フン、見解の相違ねぇ。そういうの、ワタシたち魔族にとってはザコの言い訳なのよぉ」
その言葉と共に、リリムスが杖の先から雷撃の光を迸らせる。魂ごと一撃で砕く、漆黒の雷撃を。
ウートガルザが何かを言いかけていたが、それを聞くことは永遠に叶わなくなった。
「アナタがやりたかったかしらぁ?」
「……いや、構わん。……ウートガルザ、現実を見ることが出来れば高みも望めたろうに」
『天族』の中では異端とされながらも、その学術的な探求心をアイリスは評価もしていた。
その道を、信念をもって邁進していれば大成していても不思議ではなかった。それを考えると、残念でならなかった。
「自分の可能性を信じられずに、他者を利用するヤツに何かを成すことは不可能よぉ」
「そうだな……ウートガルザは結局、自分自身を裏切ったということだ。それにしても……」
アイリスは、柔らかな光に包まれ眠る往人を見つめる。
人間の身でありながら『天族』を倒した、アイリスですら戦慄するような現実を見せた少年を。