102話 魂熱きノットマイスター
「馬鹿な……天族であるこの僕が、人間なんかに……」
そう呟きながら、地に倒れ伏すウートガルザ。往人の拳が、彼の頬へと叩き込まれその意識を奪ったのだった。
「はぁっ、はぁっ……言ったろ、お前じゃあ何も手に入れられないって」
それがアイリスとリリムス、二人が見た光景だった。
――クロエが『霊獣』の力を暴走させたのとほぼ同じに時間は戻る。
「ほぅ、僕が三下。なかなか面白い事を言いますね、貴方」
言葉こそ丁寧で落ち着いているが、ウートガルザの内心には怒りが渦巻いていた。
異界人とはいえ、自身に遠く及ばない人間如きに『三下』などと呼ばれるのは最大級の屈辱だった。
「やはり貴方は徹底的に甚振りつくして、恐怖と恥辱の汚泥に沈めて差し上げなければならないようです」
「やってみろ。お前如きがどこまで出来るか試してやる」
往人は言葉を重ね、ウートガルザを煽り倒す。
プライドが高く、他者を下に見ているこの手のタイプにはそれが一番効果的と分かっているからだ。
「どこまでも……」
案の定ウートガルザは戦斧を構え攻め手に回る。だが、それは挑発に乗ったということ。
下に見ている、『下位種』と罵っている人間に手玉に取られているということである。
「ふぅん!!」
戦斧が袈裟懸けに振り下ろされる。殺人的な烈風を伴い、地が砕かれる。
正確無比にして強力な一撃。喰らえば、それこそ人間など簡単に肉片となる威力を持っている。
しかし、正確無比故にその軌道は予測もしやすい。加えて今のウートガルザは往人への怒りで普段の冷静さを欠いている。
素人に毛が生えた程度の往人でも、それならば躱すことは可能である。それでも彼の放つ一撃、その威力には戦慄を覚えるが。
(怒らせたはいいけど、長期戦はできないな……)
しかし、その戦慄を悟られるわけにはいかない。
あくまで冷静に、下に見ている者に舐められているという状況を演出し続けなければならない。
「ふん、やっぱりこの程度か。これじゃあ他の天族、ロキとか言ったか? そいつにデカイ顔をされるわけだな」
「言ってくれますね!」
務めて余裕に、分かっているぞとギリギリの回避を、最小限の動きで避けたのだとハッタリを見せる往人。
そこに、恐らく強く意識をしているだろう者の名を挟むことで、さらに意識を狭めていく。
「どうした? 攻めないのならこっちからいかせてもらうぞ!」
その言葉と共に、往人の体が急加速する。一瞬ではあるが、ウートガルザにも認識出来ないほどの速度で駆け抜けていく。
剣による一撃こそ外したものの、その衝撃はウートガルザを焦らせるに十分だった。
「なんだ? 今のは……」
「単なるデモンストレーションで驚いちゃあ困るな」
改めて剣を構えなおす往人。しかし、その内心はウートガルザ以上の驚きと焦りで一杯だった。
(なんだよ、今のは!? 翼を展開しようとしたのに、まるでロケットブースターじゃないか……)
往人の超加速、それは背中に展開された翼によるものだった。
しかし、それは『翼』と呼ぶにはあまりに乱暴だったが。まともに羽ばたくことも出来ず、ただ一直線に魔力を噴出する、まさにブースターのような翼。
剣の一撃も、当てなかったのではない、あまりの速度に往人が反応しきれずに当てられなかったのだ。
とはいえ、ウートガルザの動揺を誘ったのは怪我の功名。
視認できないほどの速度を人間が操る、そのアドバンテージを最大限に活かすために、往人は焦りと恐怖を押し殺して、不敵に笑う。
「まだまだ、俺は本気を出しちゃいないぜ?」