101話 重なりしアドヴァーサリー part7
『霊獣の意思』が声なき咆哮を上げながら、月明かりに溶けてゆく。
魔力の粒子となっていくその姿は、とても幻想的な光景だった。
「はぁ……はぁ……やはりな」
アイリスとリリムスは、疲弊しきった表情で地べたにへたり込む。『女神』と『魔王』とはいえ、流石に『霊獣』相手では非情に厳しい戦いであった。
「強制的な霊衣憑依、この娘をアレから引き剥がせば契約は強制破棄される……上手くいったわねぇ」
『霊衣憑依』は本来、双方の合意の元契約が履行される。
しかし、今回のように外部からの強制的な契約の場合、それを不履行にすることが可能になる。
それが契約者同士を引き剥がす、二人が取った行為だった。
普通は魔力を貸与している側、つまりは『ベヒーモス』が引き剥がされるのだが、今回はクロエが魔力に取り込まれるというイレギュラーが発生していたため、本体となっているクロエを引き剥がす必要があった。
その為に、『霊獣の意思』の動きを封じ魔力の鎖でその体内へと侵入しなければならなかったのだが、かなり危険な賭けでもあった。
「ベヒーモスが魔力という形で顕現していたのは幸運だったわぁ」
そう、もしも『ベヒーモス』が魔力を媒介とした意思だけでなく、その本体も存在していたとしたら、今の二人では百パーセント勝ち目はなかった。
『霊獣』とは、言ってみれば自然災害とほぼ同義である。ただ過ぎ去るのを待つよりなく、過ぎ去ったあとの被害が少なければ「良かった」、と言うような抗うべきものではない。
「だが、ウートガルザはそれを味方につけようと……いや、支配しようとしている」
「その為の、人体実験……」
クロエも、あの名も知らぬ中年男も実験に使われたのだろう。人の身でありながら、災害級の力を持つ『霊獣』の器として、制御が出来るのか、その先の支配が可能なのかという実験に。
「アナタのとこはお堅いヤツが多いと思っていたけど、結構イカれているのもいるのねぇ」
自身に回復魔法を施しながら、リリムスが言う。
彼女にしてみれば、こういった研究や実験の類は自分たち、すなわち『魔族』の領分だと考えていた。それを自己鍛錬を主としていた『天族』が行っていたのは意外だったのだ。
「私がいたからだろうな」
アイリスも体を休めながら言葉を紡ぐ。
「あの男は常に勝ち馬に乗ろうとする奴だ。今までは私が天界を収めていたからそういったことを隠していたんだろうが、私が追い落とされたんで好きに動いたんだろう。……自身が勝ち馬になるためにな」
情けないことだ、と自嘲気味に呟くアイリス。
しかし、それはリリムスにしても同様であった。『魔王』という立場を失った結果、『魔族』たちは自身がその座を得ようと自由に動いている。
恐らくは、この件もすでに認知していることだろう。
「まぁ、そんなことは後回しだわぁ。今はとにかくダーリンを助けないと」
「そうだな、何とか体も動くようにはなった。急ごう」
そう言って、二人は往人たちが戦っている方へと走り出した。