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1話 始まりは突然に The_Awakening Story

 「―――ええい! あーもうっ何なんだよ!? あれ!?」

 その問いに答える者などいないというのに“神代往人かみしろゆきと”は叫びながら、忙しなく動く足を止めようとはしなかった。

 月明かりが差し込む森の中を駆けながら、背後へチラリと視線を移す。

 五匹。

 二十分近くは走っているというのに、最初に見た数からは一匹も減っていない。元コマンドーの屈強な外国人でもなければ、未来からやって来た抹殺者ターミネーターでもないただの学生の神代往人にはあんな見たこともないケダモノの相手など務まるはずもなかった。

 人型のシルエットをしてはいるが、とても細い体躯ながら、木々を軽く薙ぎ倒す膂力りょりょく。背中から生えたコウモリのそれを拡大させたような羽で、空からも往人を狙っている。

 あんなものに戦いを挑んだところで、勝ち負けなどあるはずはなかった。ただ、薙ぎ倒された木々と同じように、物言わぬ肉塊となるだけだ。

 地に伸びる根に足をとられないように注意しながらも、持てる限りの力で走り続ける往人。

 

 黒いワンピースの少女。

 

 そう、あの少女が悪いのだ。いつものコンビニまでの道のりで、何やら困った顔で立ちすくんでいた同い年くらいの少女。それを、結構可愛いな。助けてあげようか、などと若干の下心も含みつつ近づいたのが運の尽きだった。

 まさか、妖艶に微笑んだかと思うといきなり少女の体が光に包まれ、気が付いたら夜の森の中。

 さらに悪いことは重なるもの。森を彷徨っていたら、件のケダモノたちに遭遇し追い回される始末、なんてことになるとは思わなかった。

 というより、そんなことが予想できる者がいればそれはもはや『神』と呼ばれるべきだろう。

 「……あいつら遊んでやがる。ちくしょうー!! どうすりゃあいいんだー!!」

 本当ならばあっという間に追いつかれているはずだろうに、あのケダモノたちはそれをしてこない。恐怖と焦燥に駆られる往人を見て嗜虐心でも満たしているのだろうか。

 ぐああぁ! と頭を乱暴にかきながら走ると、不意に視界が大きく開ける。

 「マズい……!!」

 

 

 それは森が終わっていることを示していた。

 「うわぁあああ!?」

 往人は全身に走る鋭い痛みに悶えながら、斜面を転がり落ちていく。幸いだったのは、岩肌ではなかったことだろう。

 だだっ広い草原に投げ出された往人は、痛みに呻きながらもそれを押し殺して無理やり立ち上がる。

 未だ諦めていないケダモノ共の姿が瞳に映ったからだ。

 先ほどよりも明らかに落ちたスピードで往人は夜の草原を走る。

 だがそれも束の間、痛みで覚束ない足取りではすぐに転んでしまった。

 「くっそぉ……」

 まるで人間のようにニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてケダモノたちがにじり寄ってくる。この瞬間を待っていたと言わんばかりに。

 (こんな訳の分からないコトで死ぬのか……)

 いよいよ命の終焉を感じ取った往人が、その恐怖で思わず目を閉じる。その瞼の裏に映るのは、ありがちな家族や恋人との思い出などではなく、まだ読み切っていないマンガだったり積んだままのゲームだった。そもそも、往人には恋人はいなかった。

 「ハハ……情けねぇ」

 それが往人の最期の言葉――とはならなかった。

 

 

 いつまで経っても自身の体が、鋭い爪や牙に貫かれることはなかった。

 往人は恐る恐る目を開ける。そこには恐ろしい姿のケダモノがいるはず、だった。

 「……あれ?」

 だが、目の前には恐ろしいケダモノなど一匹もおらず、替わりにどす黒い『塊』がいくつも転がっていた。先ほどまではなかった『塊』が。

 そう、それは今の今まで往人を追い回していたケダモノたちの成れの果て。無残に斬り裂かれた亡骸なきがらだった。

 辺り一面がどす黒くネバつく血液に染まっているのを見て、往人は気が付く。

 「……俺が、やった……のか……?」

 周囲だけではない、震える自身の手すらもどす黒く染まっているのに気が付き、思わず恐怖で肩を抱く。握りつぶすような強さでなければ震えを抑えられなかった。

 (なんで!? どうやって!? 分からない……何も分からない!?)

 呼吸が出来ない。あまりの混乱に往人は完全にパニックになっていた。

 そのまま意識を失って視界が暗転する中、往人は声を聞いた気がした。

 それは優しく安寧を覚え、同時にどこか不安になるような不思議な声だった。

 

 「あら? 意外と脆い精神ねぇ」

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