洋館事変 Ⅵ 存在しない誰か
目を覚ました灯を見て、ミドリは嬉し泣きをした。
「よー…………よ、良かった!! あたしはまた失うかと思った……」
「痛いよ、苦しい」
「あっ!?、ゴメン……」
抱きつくのを辞めたミドリは自分のふとももに灯の頭を置いた。
ミドリの膝枕は高級ホテルの高価な寝具そのもの。
「じゃあ、私はここで失礼するよ」
「何で……灯がこんな目に遭わないといけへんの」
ルージュに対してミドリは突き刺すような言葉をかける。
「これは私の落ち度だね。私がいない間にネルディーがその子にちょっかいを出した」
納得のいかないミドリ。
「何で……ネルディーは」
「ミドリ。君を知っているだろう? ネルディーが私たちの中で一番、先生を愛していたのを」
「でも……だからって」
「一瞬の嫉妬だよ。誰もが持っているありふれた感情」
「灯を痛めつけた報復はあたしがする……ルージュ。貴方もあたしが捕まえる」
「それは楽しみだね……その手錠は私でも破壊できない代物。そのままで申し訳ないけど大人しく居ててね。天織璃子がどうなるか分かるね」
ルージュの言葉を理解している灯はうなづくことしか出来なかった。そもそも自分がこんな牢屋にいるのは全て璃子さんだけを敵に捕まらさせないため。璃子さんに危害を加えないを条件に大人しく捕まりここにいる。
「最後に一つ。ネルディーの今を教えるよ。せめてものの償いさ」
「私たちは敵同士ですよ? なのに……」
「相手だけ敵の情報を持っているのは不公平だ。ましてや一方的に暴力をする者が嫌いでね。好敵手と認めた相手が辱めを受けているのが耐えれないだけ」
「お礼を言うべきなのかな……」
「入りません。『呉須礁子』。今のネルディーの名前」
灯は引っかかる素振りを見せる。
呉須礁子? どこかで聞いた名前……
「そして、現警視総監。後は君が調べてみな。それでは……」
ルージュは牢屋から消えた。中にいるのは私たちとミドリだけとなった。
「ねぇ〜、ミドリ」
「どうしたの、灯?」
「青奈ちゃんとこうちゃんも治療してくれる。私より重症だから」
「任せなさい!!」
牢屋を出てすぐの角。壁にもたれかかるルージュ。細めで自分が先ほどまでいた牢屋を見る。
更に二回。また天織灯の身体が緑色につつまれている。完全に治す為だろう。
天織灯の監視を一旦、外しても確かめたいことがあった。アイツが実験と称して『ミル』と『フィーネ』を封印した。封印された二人が戻るのに実行したアイツの力が必要になる。
それなのに、燃える雑居ビルの中で目撃した『フィーネ』……ミドリは前と変わらない容姿をしていた。初めは他人の空似で終えていた。鎮火したビルの周辺を捜索して発見した。ミドリが当時のままの姿で瓦礫の中で倒れているのを……
これは単純に天織璃子が何か手を加えたのだろうと結論が出た。発見と同時に人型から緑色の箱になったから。
それはこの際、どうでもいい。
問題は……ミドリの回復能力が使われていること。
人間界で悪魔が内に秘めている力を行使する場合は人間との契約が必須。これは先生が、悪魔が人間界で好き勝手暴れないように組み込んだもの。
悪魔契約は先生が作ったもの。ルージュの眼で捉えている光景は本来ならありえない真実。
熟考するルージュはある可能性を見出した。きっと誰も信じないこと。例え信じなくても目の前で起こっている事柄こそ、真相である。
「そういうことか……天織灯。君は……」
ルージュは楽そうな、けれどもサイコで不気味な笑みを浮かべていた。
「先生が何万年も築き上げた悪魔の歴史を大きく捻じ曲げた存在。この世にいてはいけない人間だ」




