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レッド・クイーンズ ~天織灯のあくまな怪盗生活~  作者: 麻莉
3章 7月 冱蝕の氷龍止めるわ、剣と拳
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54話 天織灯という人間そのものを”捕獲”せよ

まぁ、その......ごめんなさい

 (天織灯)は口に手を置きながら、大きなあくびをしていた。

 流石に調子に乗りすぎた。でも後悔はなかった。遂にクロに勝ったのだ! 何とは言わないけど。幸せの時間っていうのはあっという間に過ぎてしまう。次はいつ勝利しようかな〜


 今は自宅近くの駅に向かっていた。



 青奈:交代しましょうか? 灯ちゃん


 灯:だ、大丈夫だよ〜 はぁ〜


 黄華:だから、やめておけって言ったのに


 青奈:全くあなたはどうしていつも……黄華だって楽しんでいたじゃん


 黄華:12時前には終わったし。それに、僕は敢えて乗ったんだよ。


 青奈:へぇ〜 『敢えて』ね〜 ニヤニヤしてやっていたけど


 黄華:君には言われたくないけど……


 青奈:な、何のことかしら!?!?! 


 黄華:灯が実行する前に、随分お楽しみだったじゃん〜 しっかし、お前も変な癖を持っているよな


 青奈:良いわね。絶対に他言無用ね。良いわね!!(凄い圧)


 黄華:お、おぉ......(若干、引く)



 灯:ねぇ!? 2人とも。見て! この新サングラスの機能〜


 2人:うん?



 レンズ型のディスプレイに天気予報の情報、電車の運行状況や道を歩いている人数の割合。

 果ては信号機一台毎にいつ青信号になる時間まで右側に表示されていた。左側には現在地から駅までの最短距離が算出されている。



 灯:これ、最短が出ているけど......別のルートを見てみたら、家の塀を登るのもあるんだけど


 黄華:僕らはいつから、猫になったんだ?


 青奈:そのルートを通れば、約1分短縮できるわね〜 


 青奈:てか、何この無駄そうな機能のてんこ盛り


 黄華:璃子……力入り過ぎだろ!


 歩いている先の信号機が赤。ディスプレイには青信号まで1分後と。

 試しに1分かけて歩いてみた。0秒のタイミングで立ち止まる。


 灯:凄いよ! 時間きっちりに青になった!


 黄華:どうして分かるんだ?


 青奈:管理している所の情報でも手に入れたんじゃない〜 それかAIに学習させたんでしょうね〜


 黄華:もしくは衛星の通信でも使ってるんじゃない。よく分からないけど……


 灯:このサングラス……落とさないようにしないと




 横断歩道を歩くと反対に見知った人が私に手を振っていた。


「おーい! 灯!」


「あぁ!! すずちゃんだ!」



 青奈:えぇ!? どうして......?


 黄華:あれ? 何でだ?



「おはよう! すずちゃん」


「おはよう、灯。行こう!」


 私とすずちゃんは歩き始める。


 青奈:黄華……


 黄華:分かっているよ……


 黄華:灯、気を付けろよ


 灯:えぇ!? なっ……?


 こうちゃんからの説明をもらおうとした。私も多少、違和感を覚えていたけど確証はなかった。

 ここで聞くより学園に到着したらすずちゃんに聞こうと即座に思考を切り替えていた。

 すぐに”どうしてここにいるのか”と訊かなかったことがダメだったなのかもしれない。



 私とすずちゃんが歩いていると道行く人々が私たちを凝視していた。表情は硬質のよう。瞳孔は見開いていて人形なのではないのかと思わせるようだった。不気味で感情を持たずただ私たち……いや、私に目を突き立てている。


 前、後ろ、車道に近い右側の歩道にも同様な人々が存在した。私が居る歩道の左側だけを残して囲まれた。

 相手は6人。性別も年齢もバラバラ。血縁関係もないだろうし近しい友人の類でもない。


 だが、一点だけの共通点で動いている。 



 それが……私だ。



 6人が虚な目で呪文のように発せられた単語は私の名前。『天織灯』(あまおりあかり)。ただその言葉を何度も何度も呟きながら迫ってきた。走るではなく、一歩一歩ジワジワ追い詰めていくように歩いてきた。


 徐々に行動範囲が限られていく。締まり切っているシャッターが背中に当たる。これ以上後ろへ行けないことが示唆された瞬間だ。変身してすずちゃんを抱えながら逃げることも当然可能。

 

 だけど、私を包囲する人々以外は普通の人たち。一般人に私の正体がバレたら今度の生活に支障を来たす。



「アンタら、何やってるんだよ」


 若い大学生っぽい2人組が虚な人たちの肩に手を置く。少し離れた場所には2人の友達と思しき人が携帯端末で何処かに連絡していた。相手はきっと警察とかであろう。


 側から見たら平日の早朝に2人の女の子に迫る男女6人の図になっている。犯罪臭が強めの事案だと思ったのか勇気を振り絞って行動を起こしたのだろう。


 でも……


 私は2人組に警戒を促した。


「逃げてください!」


「何、言ってるんだよ……えぇ?」


 2人とも殴られ、地面に伏せられた。殴ったのは6人以外の人たち。追加で3人どこからともなく現れ、勇敢な2人に襲いかかったのだ。助けたかったが道を塞がれてしまい助けに行けない。


 警察に連絡していた人も背後から襲撃をくらった。


「何の恨みは知りませんが彼らは関係ありません」


 こちらが睨みを効かせても、無視していた。いや、正確には反応していない方が正しい。

 まるで1つの命令以外は情報を持たないようにされているみたいな、そんな感じがした。


 この人たちに何を言っても無駄かもしれない。捕まったら最後、どうなるのかなんて分かりきっている。


「逃げるよ!」


 私はすずちゃんの腕を掴む。唯一の脱出路と呼べる横道へ入り全力で駆ける。建物と建物の間は酷く狭く1人が横向きで歩けるくらいしか幅がなかった。


 私たちが行動を起こしたことで釣られて行動し始めた6人。狭い隙間に我先にと入り口に入る。

 しかし、人間が横向きでカニさん歩きするしかない幅に一斉に侵入したんだ。通れるはずもなく私たちとの距離が徐々に離れていく。こちらとしては好都合。今のうちに逃げ切れば今度の対策も練れる。


 サングラスのテンプル部分を叩く。新たな機能の一つ。ナビ機能である。音声認識でも脳内でも自分が行きたい所へ確実に道案内ができるもので正確なルートを算出してくれる代物。

 ディスプレイに表示されている(みち)に従って進む私たち。


 路地を向け、ナビ通りに右に進む。するとナビから不穏な指示が耳に伝わった。


『後方から脅威——2人』


 走りながら後ろを振り向くと私たちを包囲した6人でもなく、大学生っぽい3人を襲った4人とはまた別な2人。彼らも虚ろ目で追いかけてきた。


『左——5メートル』


 私はこの指示を疑った。なぜなら左に進んでも道も路地もなかったからだ。あるのは開店前でシャッターが締め切っている建物と歩道だけ。


 周りには私たち以外、誰もいない。この状況なら変身しても問題ない。クイーンズブラスターを取り出す瞬間に青奈ちゃんから指示が入る。


 青奈:左に避けて!!


 後ろの追っ手とクイーンズブラスターを出そうと意識が向いていたため、前方の注意を怠っていた。前から来る大きな影の正体が分かり、すずちゃんを抱きしめながら左へ転がる。

 私以外の反応は薄いのか追っ手の2人はトラックにぶつかる。トラックも急ブレーキをしていた為、衝撃も少なかった。そのおかげで追っ手の2人も目立った傷が見られなかった。

 複雑な気分だけど怪我がなくて安心している自分がいる。


 ナビから次の指示を受け取り、全力で駆ける私たち。






 入り組んだ路地を進み、長いこと使われていない廃ビルの中に入った。五階立ての丁度、真ん中の位置にある三階の部屋で休憩している私たち。


 慎重に顔を上げ、窓ガラスから見える()を確認したが、私たちを追う人はどこにもいなかった。ひとまず安心した。安心したことで緊張が解ける。全身の緊張が解けたことで力が抜けその場に崩れ落ちた。


 窓から距離を取る。座り込み、ドアを壁に背を向けた私たち。


「今は外に出ないほうが良いみたいだね」


「……」


「でも、いつまでもここに隠れている訳にも行かないし」


「……」


「ひとまず家に帰るしかないかな。璃子さんお手製の地下室は入れば最悪、何十年も過ごせるように設備が整っているから……すずちゃんも」


「……私は行けない」


 すずちゃんは自分の頭を抱えていた。身体が小刻みに震えているのが分かる。


「私は……灯を誘導した」


 そう言ったすずちゃんは自分の太ももにある傷を私に見せた。


「思い出したの……昨日の夜。誰かにこれをつけられた。その時から頭の中に命令が来たの。『天織灯』(あまおりあかり)に会い、誘導しろって……」


 私は黙ってすずちゃんの言葉を聞くしかできなかった。


「なんで私だけちゃんとした意識があるのか分からない。きっと灯の友人である私だったからなのかな……ごめんなさい」


 私はそっとすずちゃんの手を握る。


「すずちゃんのせいじゃないよ。だから……」


 私はすずちゃんの太ももを見た。傷口らしき細い線が徐々に広がっていくのを目の当たりする。


「私はこのままあの人たちみたいになってしまう……」


「そんなことはない! だって……」


「分かるんだ。灯を誘導したことで私としての指令は完遂した。彼らから逃げ切っても、最後は私ではない”(虚無)”が捕獲するだけ。ここみたいに2人だけの空間で」


 今いる場所は私たち以外誰もいない。すずちゃんに指令を出した奴はこうなることを予想していたと考えられる。追っ手はまいたようでまけていない。私の隣に……一番私を捕まえれる可能性がある人がいる。


「だから、灯」


 私を抱きしめるすずちゃん。耳元で囁いた。


(虚無)が灯を捕まえる前に逃げて」



「で、できないよ。そんなこと……」


 両手で突き放され、すずちゃんと距離ができる。

 突然のことで反応できず廊下に出てしまった。その隙にすずちゃんは扉を締め、私が入れないようにしていた。私を廊下に誘ったのではない、私を襲わないように自分を隔離したのだ。


「あんな虚ろな姿……灯には見せられない」


 扉を激しく叩く灯。


「方法はある。璃子さんに診てもらおう? 何かわかるはずだから……」


「自分の身体は自分がよく分かる。もう時間がない……だから、灯」


 ドア越しから聞こえるすずちゃんの声は、途切れ途切れになっていった。


「灯が……救って……私……だけじゃなくて……みんなを……この……悪夢から」




 青奈は扉に手のひらを置いた。


「私したちが必ず助けるわ。そこで待ってて……すず」


 灯:待って! 待ってよ! 青奈ちゃん、すずちゃんを助けないと


 灯ちゃんの悲痛な叫びを無視して歩き始めた。あの場に留まるのは得策ではない。これがソドールの能力である以上、成分を回収できればすずたちを正気に戻れるかもしれない。それには直接会うしかない。灯ちゃんは一旦、黄華にお願いして主人格を私しにした。







 灯たちがいなくなった部屋ですずは一人居座った。


「青奈と黄華がいるから……灯は心配ないかな」


 私は薄れゆく意識の中、自分の携帯端末を取り出す。今まで撮った画像ファイルを見るためだ。

 最新の写真から下へスクロールして……目的の1枚に目をやる。



 その写真は私が欲望の闇から抜け出した数日後、学園の屋上で撮ったもの。作り笑いは大得意なのに素直な笑顔が出来なくて、妙にぎこちなく何度も撮り直したことを思い出していた。納得のいくのが撮れず30分も掛かるなんて夢にも思わなかったけど、その過程で撮れた奇跡の瞬間。


 何故かお互い涙を流したっけ。



 灯とのツーショット写真を見ると、端末に一雫の涙が落ちる。


「嫌だー…………嫌だぁよ」


 一つまた一つと溢れる涙。拭っても消えない感情(なみだ)



「灯を()()襲い゛たく゛ない゛よー………………死にた゛くな゛いー………………!!」


 端末が床に落ちる。端末をもう一度、掴むことができなかった。





 橋間すずという人間の意識はそこで消えた————


外部の人を初めに従わせる。徐々に蜘蛛の巣のように点と点を結ぶ。仕上げは獲物に近しい人を使う。

そうして、人は精神的に追い詰められていく......


誰が味方なのか敵なのか......それは分からない

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