53話 バイクの外部には針が装備されている
私、橋間すずは父さんが働いている会社へ着替えを持っていき、無事に渡し終え家へ帰る途中であった。
突然だけど、私が新聞部に所属しているのは元を辿れば父さんの影響。父さんの職業は雑誌記者。締切が近いということで泊まり込みで作業するとか。何度も着替えを持っていったので会社にいる人たちとは顔見知りとなっていた。
中に入ることはできなかったので編集部の扉越しで室内を見渡す。資料がデスクに積み上がっているのを崩さないように支えていた男性に目が入った。私がここに来た目的。
服などが入っている紙袋を父さんに手渡しして帰宅している最中。
仕方がないと言いますかどうしても夜の繁華街の道を通らないと家には着けれない。今のご時世では変に絡まれる人は早々、いない。街灯一本一本に高画質の監視カメラが備えられている。100%安全ではないけど、女の子1人が歩いていても大丈夫な環境となっている。
更に私には璃子さんから頂いた過剰防犯グッズがある。市販の商品を遥に凌駕する代物。即座に出せれるよう肌身離さず所持している。ひと月経てば、もう身体の一部。絶対に離さない関係。
前から酔っ払いのサラリーマン風の2人がよろめきながら歩いていた。
このまま正面を歩いてはぶつかり、下手したら暴力に発展してしまう。私は足の方向を変えて大回りをしようとした瞬間——
先程の2人の男性が倒れたのだ。いつもの光景なら酔っ払ったせいで倒れ込みその場で寝てるよと考えてしまう。実際、私の近くに歩いていた人たちは『酔っ払いが寝てるよ』と思っているかもしれない。しかし、偶然にも2人の男性に一番近かった私だかわかったことがある。
彼らの首筋にデカい注射器に刺されたなのかと思うくらい大きな穴があった。
同時に身体状態を見ると全身が震えていた。頭も手も足も小刻みに痙攣している。
事は深刻と判断し、私は救急車を呼ぼうと携帯端末を出す。
コールボタンを押す寸前に、甲高い爆音が鳴り響いた。私も周りの人もあまりの音に耳を抑えた。抑えても頭をハンマーで叩かれたみたいに脳内が騒ぐ。
騒音の方向へ顔を向けると全身は黒色のライダースーツ。ヘルメットも黒色。体格からして男性なのは明白だが、それしか得られる情報がない。そして、響音の元凶であるバイクはわずかに灰色混じりの白色。ハーレー・ダビッドソンに似たバイクで後方にはメタルチックのサイドバックが備え付けられていた。
何人かが鳴り止ませようと音の中心地へ向かうがけたたましい音は尚も鳴り響く。ここまで長時間聴くのはあまりなかったので気分が悪くなり始めた。次第にバイクの排気音がなくなる。
音が消失したことで耳を抑える必要がなくなった。手が空いたことで携帯端末を操作できると思い地面に落ちていた端末に手を伸ばそうとすると……
「——ッ!? あぁ”っ……」
謎の男性は渋い声で私の手を踏み付けた。私はあまりの激痛に涙を流した。
「悪いが連絡はさせないよ」
「あの人たちが死んでもですか……」
「『死んでも』……あぁ!! 彼らの痙攣は酔っ払いによるものではない。”起きろ!”」
男性の合図で倒れていた2人の男性がゆらゆらと立ち上がる。痙攣はないように見えるが目は焦点が合っておらず、口からは唾液が垂れていた。
「……何で?」
「君も……周りのお前たちもああなる」
バイクのサイドバックが展開した。バックの中から突起物が射出される。天高く細長い針のように尖ったものが上がり、そのまま下へ落下してきた。鋭利な先端が私の足に……
「あれ……?」
気がつくと私はベットで寝ていた。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。時間を確認したいが携帯端末を見る。朝7時をまわったことが分かった。自分がいつ家に戻って就寝したのかまるで思い出せない。
父さんに着替えを持っていた。帰りに夜の繁華街を歩いていた。その後は……
「何がなんだかわからない? 何が起きたの……」
次第に焦りの汗が出てきた。自分は恐怖に駆られていく。
緊張状態の頭へ横入りが入る。
私の部屋に入ってきたのは——
「おはよう! すず。どうしたの? 嫌な夢でも見てたの」
「母さん?」
私の母である橋間昌美。父さんと一緒の会社に居たが結婚を機に退職。今は専業主婦をやっている。
「そうかも知れない。嫌な夢だったかも知れない……」
きっと疲れていたであろう。明後日から始まるテスト期間。1学期最後のテスト。良い点を取ろうと機敏に神経を使っていたかも知れない。
「朝ごはんできているから降りてきたよ」
そう言って母さんは1階へ戻る。
少しの間が空き、私も制服に着替える準備をした。
大事なことを忘れていると思うが思考はそこで打ち切りと合図がかかる。
新たに脳裏に浮かぶのは『早く支度して天織灯と登校する』だった。
それに従い、行動を起こす。
着替え終わった私は部屋のドアを閉めた。
スカートの下。左太ももに浅い横線の傷があるとも知らずに——
「おはよう!」
私、天織灯はオフィスの会議室を改造したリビングに入る。私がちゃんと制服を着て室内に入ってきたので、先に中にいた璃子さんが不思議がる表情をしていた。
「灯がクロの目覚ましコールなくても起きているなんて……今日は槍の雨が降るのかしら」
即座にテレビをつけて天気予報を確認し始める璃子さん。
「ち、ちょっと酷くないですか!?!?!」
「だって、端末のアラームでも起きない。青奈や黄華は……あの子たちは灯に優しいから無駄か〜 唯一覚醒できる手段はクロからのラブコールのみ。それなのに……」
「失礼にも程がありますよ。私だって日々、成長しているんです」
誇っている顔を見せる私。それでも納得のいかない顔をしている璃子さん。
「で、クロは? ミドリもいないみたいだし」
惚ける私。右斜に目線を向けた。
「あっれれれ!? どこにいるんだろうね〜」
璃子さんはのんびりとした感じの声を出す。
「まぁ、良いけど。これ回復したから渡しておくね」
テーブルに出したのは2つのマガジン。
No.35 スパイダー
No.50 ボム
ここ数日、ソドールなどの相手に魔魂封醒を多用した結果、マガジンを6本も使用不可になってしまった。魔魂封醒は強力な攻撃手段。その甚大な戦闘力のおかげで幾度となくピンチを回避してきた。
しかしその代償にマガジンのエネルギーを100%消費してしまう。マガジン能力の機能を回復するのは少なくても2日かかってしまう。その間は入手した残りのマガジンで敵と対峙しなくてはいけない。攻撃用・防御用・支援用・移動用などマガジンの能力は多岐に渡る。中には戦闘に必須となる機能を有しているものもある。魔魂封醒を使用せずケチることも出来る。
だけど、その判断で自分が危機的状況に陥ってしまう。必須のマガジンしか手元になくても背に腹はかえられぬ気持ちで起動する時もある。
「数時間で【ウォーター】と【スモーク】のチャージが万全になるから〜」
【スパイダー】と【ボム】のマガジンをポケットに入れた。
やっと【スパイダー】が利用できる。クモの糸を壁に貼ってからの移動がここ数日はできなかった。リアルではだけど。璃子神が創世した世界はデータの塊。ソドールのマガジンは見た目こそ銃に使用される弾倉そのもの。しかし中身はプログラムで構築されている。データをそのまま電子世界で流用することも可能。昨日の晩にデータ状で保存され、奪われたマガジンを使って憎きゴリラと忌々しいチーターに多重使用していた。
「いってきます〜!!」
朝ごはんは学園近くの喫茶店で済ませよう。クロが今から朝ごはんの支度すれば確実に遅刻になる。
ドアノブに手を置く瞬間に璃子さんがメガネケースを投げた。
両手でケースを取り、中を開けた。中身はサングラスだった。
「……これは?」
「以前、渡した【認識阻害サングラス】の改良版」
フレームはシルバー。レンジの色はダークレッド。レンズの形状は四角となっている。ブランドものかと思うくらいの品質をしていた。
「前サングラスの機能がバージョンアップ版で機能増加してあるわ。使い方は以前のままだから、学校に行く途中で触ってみて!」
「ありがとうございます。いってきます! 璃子さん!」
灯が家を出て10分後ぐらいにクロが入ってきた。
朝でも眠気を見せないクロが今日は珍しくあくびをし、腰に手を当てている姿が目に入る。
気怠そうに挨拶するクロ。
「はぁ〜 おはよう、璃子」
「おはよう、クロ……」
なんとなく察した。朝からベタベタしていたみたいね……
いつもは違うと思う——多分だけど。昨夜から朝にかけては立場が逆になったでしょうね。
待てよ? もしかして、灯……
「そういえば、クロ。これ、渡しておくね」
私は白衣のポケットに入れていた2つのマガジンを机に置いた。
————No.18とNo.46
No.12 ウォーター 紫マゼンタ色 【 】
No.16 フォックス 煉瓦茶色
No.18 ??? 緑渋橙色 ⇨使用不可
No.35 スパイダー 赤紫色
No.40 スモーク ピンクマゼンタ色 【 】
No.46 ??? 白黒色 ⇨使用不可
No.47 シャーク 青水色 【 】
No.48 ボーン 茶橙色
No.50 ボム 黒橙色
No.52 ダイヤモンド 水白色
No.59 アイヴィー 緑黄緑色 【 】




