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レッド・クイーンズ ~天織灯のあくまな怪盗生活~  作者: 麻莉
3章 7月 冱蝕の氷龍止めるわ、剣と拳
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40話 自己像幻視

 零冶さんは『勝手に入ってもいいよ』って言われていた。零冶さんなら防犯のしっかりしていると思うから遠慮なく部屋に入室した。


「零冶さん……入りますよ」


 部屋に足を踏み入ると、零冶さんがソファーで寝ていた。


(不用心にも程がある……)


 私は零冶さんの近くにより肩を揺らした。

「零冶さん、起きてください。もう少しで依頼人来ますよ」


 中々起きないので今度は大きく振ろうとした瞬間。

 零冶さんが項垂れながら声を発した。

あつし……」





 私はその名前を聞いて自分の左胸を抑えていた。鼓動が徐々に速くなり呼吸も荒くなる。


 黄華:灯……落ち着け。まずは深呼吸だ


 青奈:ゆっくりでいいからね。そう! ゆっくりと深呼吸するのよ


 灯:……ありがとう、2人とも


『敦』この名前は当然、覚えている。忘れることもできない。私の目の前で蒸発し2体のソドール人形になったんだから。

 私の記憶はほとんどない。

 人体実験を受けていた頃の記憶も断片的に覚えている。断片的な記憶のほとんどは一緒に研究所に連れてこられたクラスメイト30人がソドールのなっていき、最終的に肉体が滅んだ。それだけは覚えている。みんなの顔が私の頭に強烈に残っており夢でも見てしまう程だった。


 今は耐性がついているけど、初めの頃はあまりの恐怖で毎日毎日泣いていた。悪夢から抜け出し、起き上がった時にどれだけ失った記憶が欲しいと感じたことか……

 記憶があればみんなと少しでも楽しかった思い出が蘇って多少は悪夢から解放されると思ったけど、そんな希望の光すらカケラもなかった。

 当時はまだ青奈(せな)ちゃんとこうちゃんとはそこまで上手く話せなくて心細かった。記憶もない。自分が誰かも分からないなどの不安要素が重なり身が張り裂けそうな思いをしていた。その度にクロや璃子さんが付き添ってくれた。あれには心底救われた。



 零冶さんが先程、発した名前は息子さんの名前。彼も身体が耐えれなくなり蒸発した。

 私とクロの怪盗行為を支援してくれている協力者はその大部分が零冶さんと同じように愛する子どもを誘拐され、人体実験に利用された人達。




 本人達はいつも私に笑顔を振りかざしているけど、きっと……私じゃなくて自分の息子娘達が生き残ってくれてた方が良かったんだと思う。




 うめき声を出しながら零冶さんが目を覚ました。

 視点がおぼつかない様子だったがすぐ近くに私がいて驚く。


「あれ!? いつの間に来たんの? 姫!?」


「ほんの数分前です。零冶さん。かなり熟睡してましたよ」


「いや〜申し訳ない。立て続けに調査を3件もやってたのが原因だな」


「少しは自分の身体を労った方がいいですよ」


「善処するよ。ところで今何時?」


「もうすぐ5時になる時間です」


 零冶さんは勢いよく立ち上がり支度をしていく。

 依頼人が来るのが5時だからだ。1人残った私は簡単な清掃を行う。流石に散らかった状態の部屋を見せるわけにはいかない。客を相手にするのだから。














 5時になってすぐに痩せた女性が探偵事務所に現れた。今回の依頼人は当然ながら私とは面識がなかった。木ッ菩魅烏(きぼみいうら)学園の生徒ではなかった。



 依頼者は古居真白ふるいましろさん。品北しなきた学園の2年生。

 黒髪でストレートで長く、小顔で吊り上がった瞳。肌は透き通るほど。おっとりした態度は月音ゆみちゃんを彷彿されるものだった。

 学校からそのまま直行したのか制服とまま。私も人のこと言えないけど……

 古居さんがチラッと私を見て、すぐさま零冶さんの方へ顔を向ける。


(……顔に何かついてるのかな?)



 零冶さんは早速本題に入った。

「それでは古居さん。今日のご依頼の内容をお聞かせください」



 古居さんは自分の携帯端末を出してくれて、1枚の画像を私達に見せてくれた。

 教室で3人組の女子が写真を撮っている画像。古居さんが中心で両隣に多分、古居さんの友達。昼間の時間帯。3階にある自分達の教室の窓ガラスを背景に仲良く撮られている。古居さんが通っている品北しなきた学園にはベランダがない。しかし窓の外に……



 画像の左端にうっすらと人の顔が入り込んでいた。





「きゃ”あ””あ””あ””あ”あああああ”あ””あ””あ”ーー……!?!?!?!」




「わぁあああああ!!! びっくりした……姫、もしかして」




 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!

 何これ無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理っ!

 助けて……こうちゃん……青奈ちゃん



 黄華:良し良し。大丈夫だ! あんなものは彼女達の影。偶々、光の角度でああなったんだよ


 青奈:悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散悪霊退散。

ちょっと黄華。塩買ってきて!

 恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい


 黄華:お前が同じ言葉を連呼する方がよっぽどホラーだよ……



 こうちゃんは平気だけど、私と青奈ちゃんはオバケや心霊の類に耐性がない。初めて番組を見た時は単なる好奇心からだったけど、あまりにも怖いもんだからずっとクロにしがみついていた記憶がある。なのでテレビ番組の心霊現象の番組が放送された時は、映った瞬間にチャンネルを変えている。因みにクロは『なんて安物なのかしら』と安定の存在感。


 そりゃあ、クロは曲がり無いにも悪魔をやっており、正確な年齢は知らないけど……推測では何千年以上生きているとされる。そんな超幻想的な存在の人にとっては番組で紹介される心霊現象なんて作り物って感じるのであろう。言い忘れたけど璃子さんは私達より驚いている。仲間!!


 璃子さんなら科学で証明できないものはないと論理的に説明するでしょう。しかし意外にも武者震いのように小刻みで身体を震えていた。璃子さん本人は否定しているけど怖がっていたのは明白だった。





「つくりものではないようだね……」

 私達とは対照的に零冶さんは表情を一才変えていなかった。番組とは違い依頼人が本当に困っているからこそ自分は冷静に対応する、そんな趣がある。

 ……足が震えているけど、言わないようにした。


 次の画像は3人の内、左側にいた子。名前は町田桃花まちだとうか。彼女の後ろ姿を撮っている画像。町田さんの前には同じ制服の生徒がいた。


 前を歩いていた生徒が町田さんの方を振り向くと……


 町田さん似の顔を持つ誰かがそこにいた。

 その誰かが何か言っていたと町田さんは証言したけどあまりの恐怖現象で内容は覚えていないとのこと。2度怪奇に遭遇して身の危険を感じてすぐ警察に相談しても事件にはないということでまともに取り合ってくれなかったらしい。


 困っている時に零冶さんのポスターを見て、相談に来た。これが今までの経緯。


「探偵の人に依頼する内容ではないと思いますが、こちらの探偵は一般の調査だけじゃんくて怪奇現象も扱っていると調べて……もしかしたら力になってくれるのではないかと……」


「なるほど……して、その町田さんはどうなさっていますか?」


「今、家に引きこもっています。自分が死ぬかもしれないと」


「そうですか。因みに古居さんは何か変わったことは起きましたか?」


「私ですか?」


「そうです。貴方も町田さんと同じように怪奇現象に遭遇しています。1度目は教室の窓ガラスに写っている謎の顔。そして2度目は町田さんとそっくりの顔を持つ怪しげな人物。その両方に関わっている貴方も何らかの奇妙な体験をしていると思って……」



「今のところ、私には特にこれといったことはありません……」


「分かりました。それで、調査なのですが一度貴方の学校である——品北しなきた学園の中を見たいのですが大丈夫ですか?」



「先生に許可と取りまして明日から入れるそうです。これを預かっています」


 古居さんは自分の鞄から来校者が首につけている名札を2枚取り出した。

 これを持てば私達が部外者でも校内に入れる。



「しかし……こう言っては申し訳ないですが良く私達が入るのを許可してくれましたね?」


 零冶さんが疑問に思うのもごもっとも。このご時世、偽造なんてあっという間につくられてしまう。貰ったこの品北しなきた学園の名札もどこぞの誰かが偽造して簡単に侵入される危険性がある。しかも零冶さんのような探偵なんて教育者の人からしたら怪しさ満載の人。それを二つ返事でオーケーするなんて……私も心配になるレベル。


「初めは反対されました。生徒を危険に晒すから校内に入れるのはどうかと……でも」


「でも?」


「探偵さんが送ってくれた……その助手さんが……」


「私ですか?」


「あまりにも有名人で……」


「私が有名人!?!?」



 どうやら木ッ菩魅烏(きぼみいうら)学園の天織灯(あまおりあかり)は別の学校でも有名らしい。

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