50話 明無心掴手 XIV シンカイは牙を向く
「璃子……どう?」
私、クロは璃子が研究室のディスプレイを凝視しているのを後ろから眺めている。
先日、黄華が入手した武者型の成分を解析中。黄華達の話、ルージュが言ったことを踏まえると厄介な状態になっている。
「なるほどね。あの人、こんなことに手を出したのね」
苦笑しながら成分の解析結果を見る璃子。璃子の言うあの人は、丘螺龍氷。ソドールの生みの親。
「あの研究所はクロが爆破したからその爆発で死んだと思ったのに。まさか生きていたとは、警戒した方が良いわね」
画面の映像には武者型の身体データが映し出されている。
「本来の能力は、【武者】と【水】。武者の方はソドールの身体を形成しているからすぐに分かる。もう1つの水の方は武者型の刀に纏っている」
刀に水が纏っておりそれを斬撃として飛ばすことも可能。斬撃は水攻撃として敵と交戦できるが問題は刀に纏った状態で武者型が敵と認識した相手に身体のどこかに切り傷を負わせると敵の身体の水分を奪う。この奪う量も武者型が自在に選択でき、1撃で体内の水分を全て奪うこともできる。
「この【水】は身体に当たらなければなんとかなる。まぁ、完全回避が要求されるから戦闘後、毎回灯が筋肉痛になるけど……」
「今まではその回避して、隙を突いて灯やクロが成分を採取できたけど、今回はそうもいかない」
「アイツ、まさか精神世界を外に具現化させるモノを制作した。その影響で通常の採取方法では人間に戻ることが出来なくなったわけね」
「問題は武者型以降のソドール全員が対象かどうかね。もし全員対象ならその精神世界を破らない限りソドールから成分を採取できなくなる」
今の武者型の状態はターゲットである安齋萌香の精神世界が身体全体に纏っている。つまり自分の殻にこもっている状態。現在、安齋萌香の精神世界は恐らく雨の中。それが外に漏れ、あの様なおかしな空間を生んでしまっている。ターゲットの殻を破るなどのなんらかの方法を実施しないとあのままになるし、いつまで経っても成分を奪えなくなる。
しかも、具現化した世界は拡大している。このまま行けば、人間界を覆う程の大きさまでにいくかもしれない。
「自分の殻を破るのはそう簡単にはいかないわ」
自分の殻に閉じこもる人は自身の心理的な影響や今の環境に大きく左右される。それにより蚕の繭や貝などの体、植物の種子などが硬い殻の中にのように強固な物に閉じ籠り、外界との関係を絶ち、頑なに自分の世界を守ろうとする。
確かに自分だけの世界と言う場所は平穏だったり安寧を得るなのかもしれない。それにより、誰からも介入されることもない自分だけの場所。
「難しいわ。あの人はそこまで人間を進化させたいのかな」
「進化というより、退化してない。言い方は悪いけど……」
「あの人も焼きが回ってるね。今は頭の片隅の置いとくとして如何しましょうね。攻略法が見付からないわ」
「その攻略法なら灯が四苦八苦しながら頑張っている。だから、璃子……1つやってもらいたい事があるの」
「……うん? どんなこと?」
「それは……」
「——ッ!?!? 今から……」
「そう! 今からやって、ね!!」
「徹夜……」
「安心して。美味しい料理作るから」
「……分かったわ。やってやるわよ。あの人の鼻、明かしてあげるわ!!!」
璃子は物凄いスピードでパソコンのキーボードを叩いていく。
私は家の廊下を歩き、灯の部屋に行く。当然だが、鍵は掛かっていない。正確には内側から鍵をかけれるが私には関係ない。ドアノブに手を掛けドアを開けるとそこには……
「灯、呼んでよ……」
灯の部屋に大きなベットが置いてある。言わずもがな私が見つけ、璃子が改造したベット。人数によって幅が広がる特殊なベットで最大4人が入れるまでの大きさになる。いつかの時のために付けてもらったが先越されてしまった。
今の時刻はお昼を回っている。この時間帯になると不意に眠気に襲われそのまま眠ってしまう。
そしてベット内では灯を逃さないように中心に取り囲む感じでみんな寝ている状態になっていた。
私は皆の飲み物を灯の机に置く。外はここ最近で1番に近い高い気温になっているため、灯が好きな熱いブラックコーヒーはなしにして冷たい飲み物のみを持ってきた。
(こう、寝ててわ。起こすのは野暮ね……)
私は軽くため息をつきながら部屋を出た。
(灯には……後でお仕置きね!)
画面は変わり、とある廃工場。人はいなく周りも鳥が飛んでいるだけ。そこに重厚な鎧を着たやつが1人、自分が持っている刀を使い昔から長年やってきた剣道の構えをとる。今やっているのは剣道の基本の構えである中段の構え。この構えをやることには意味がある。まず、攻守ともにバランスが良い構えで安定している手が挙げられる。他の構えを猛練習し時間をかけるよりかはこの中段の構えを練習した方が効率が良い。唯の剣道ならそれだけで結構だが、今の私は相手の殺せる手段を確立する必要がある。今まで戦闘経験なんて皆無なので復讐を遂げるために1日でも早く終わらせる様に剣道の技を使うことにした。恐ろしい発想だが、この中段の構えを取りながら敵に攻撃すれば剣先は相手の喉元を狙うことができ絶命させられる。私が手に入れた【力】があれば私の復讐相手は倒せる。しかし、数回ほど邪魔が入り上手く行ってない。邪魔者がいつ来るかわからない状況の中、無闇に復讐相手に近づくのは得策ではない。時が来れば自ずと相手は私の元に現れる。そんな気がする。ハッキリとしないが自分の感がそう言っている。
「随分、精が出てますね」
私の背後には病室で出会った男がいた。禍々しい大きな鎌を肩に乗せながら音のなく私の所に現れた。
「あの栄養ドリンクも飲んでくれた事で何よりです」
この男から貰った瓶を飲んだが何かの漢方なのか分からなかったが美味しくなく匂いも強烈で鼻を摘まないと飲めたものではなかった。意を決して残りの量を一気飲みした。
「変な味したけど、お陰で何人も病院送りに出来ました」
飲んでから暫くして自分の身体全体に巡っていくのを感じていく。漠然としているが自分の心の奥に秘めているモノが外に出ていくのが分かった。
この現象は良く分からなかったが自分の意のままに自在に操れる。自分の意志で雨を出し入れ出来、自分の感情によって拡大もできる様になった。
「こんな現象があるとは思いませんでしたが私の味方の様なので有効活用しています」
「それは何よりです。では、私はここで失礼します。貴方の願いが叶いますように」
男はその場から消え、私だけになった。そして、また構えを取る。
私の望みは……
姿を消したルージュは武者型を遠くから見る。
「あの現象は【侵界】と、とある博士が命名したもの。その真価が発揮させるのはこれからです。作った博士曰く、早く抜け出さないと2度と戻ることはないらしいですから……」
本来の武者型のソドールは【武者】×【水】
刀に渦の様に水が纏っているが【禁危狂力】——謎のドリンクの影響でターゲットの心の奥に潜んでいる負の感情が剥き出しになり現実世界に出現した。今回は【雨】。空間の領域内に雨が降り注ぐ。
仮に武者型の成分を抜いても【武者】か【水】のどちらか侵界で出現した追加の能力は対象外。




