ハイテンション無精ひげ男に買われた女奴隷ですが、この人は所々ずるいんです!
リハビリ短編です、よろしくお願いします。
そこそこ綺麗な牢屋の中。ここが私のいる商品棚。
私はアリーシャ。13歳の奴隷。
エメラルドグリーンの髪と目を持ち、首には鉄製のズシリとした呪具首輪。
容姿のおかげでそれなりに高価な値段で売られている。高価なので誰にも買われずにこのまま一生をのんびり平和に過ごしたいな。
「金貨で80枚、特別なスキルはないが容姿に優れていて若い。何をしてもOKの奴隷だ」
「買った!!!」
目が血走った無精ひげの男に買われてしまった…
ええ…酷い事されないといいな…
奴隷は結婚もできないので結婚すらできない存在だ。
私がこの後、幸せになれるなんて考えないほうがいいだろう…
男の家は綺麗な一軒家だった。持ち家らしい。
目が血走ってやたらテンションの高いやつれた顔の無精ひげ男、年は19らしい。家に入ると男は叫んで笑った。
「美少女の嫁さんゲットだぜ!人間不信で引き籠っていたけど無一文になるところに転がり込んできた祖父の遺産を全て使って買っちまったぜ!!」
えっ、職無しの貯蓄無し!?
とんでも無い人に買われてしまったな…
「これで俺も人生バラ色だぜ…!さっそくーー」
「ええと、旦那様?今後を生きていくお金はあるのですか?」
「……どうしよう、使い切った」
ハイになって気持ち悪い笑顔で危うげなことを言いかけた男をインターセプト。
笑顔はあっという間に絶望顔に変わりました。
嘘でしょ、ノープランなのあなた。アホの子なのかな?私の6つ年上だよね??
こんなアホな人なら操縦できるかもしれません。
そのためにもまずは情報収集です。
「旦那様は人間不信だと言っていましたが何かあったのですか?」
「聞いてくれる!?そりゃもう酷い目にあってさぁ!!」
このテンションでも私をソファーに座らせて飲み物を出して話を始めたあたり、根は良い人なのかもしれません。テンションはだいぶおかしいですが。
最初は勢いがあったのに男の喋る口はどんどんつっかえ、重くなっていきました。
奴隷仲間にもいましたがトラウマになっている人にありがちな語り方です。
元々は若くしてC級冒険者というエリートコースを歩いていたらしいのですが1年前に結婚詐欺で財産をほとんど失い、落ち込んでいるところに嫌な依頼主から酷い言葉をかけられ心を壊して引き籠ってしまったようです。
アホなのは心をやられているからなのかもしれませんね。
私は半分打算、半分同情で。両手で男の手を包み込み言葉にします。
「旦那様、私は奴隷契約があるので旦那様に危害を与えることはありません。安心してください」
「うん、もう疲れちゃったから。疑うのも信じるのも疲れちゃったから…裏切らない奴隷と一緒に生活したかったんだ…」
そういい笑う男の顔は生気の抜けた疲れ切った顔をしていました。
でも気持ち悪くは無かったです。
遺産が転がり込んだ勢いのまま行動をしたけど、裏切らない私に気持ちを吐露して気力を使い切ってしまったのかもしれません。そのままソファーで寝る男の頭を仕方ないので撫でてあげることにしました。
まあ、この人にはこのくらいのご褒美があってもいいよね。
翌日、男は全財産を使い切ったことを悔やみ始めました。
「うわぁ…これからどう生活しよう…」
「どうして全財産使ってしまったんですか…」
「何も楽しくなくて死にたいと思って…今はアリーシャが居て楽しくて、この幸せを失いたくなくて後悔している…」
へー、私がいるだけで幸せなんだ。ふーん。
じゃあ働いてくれと言いたいところですが、働けないくらい心を壊しているんですよねこの人。
仕方ないなぁ…
「もし、旦那様が働いてくれたら私なんでもしてあげるんですけどねー」
「!?!? ほほほ本当!?」
思いのほか食いつきが良すぎて早まったかもしれない。トラウマを乗り越えてまで働く気が出るお願いとか絶対重い、でも口約束でも主人に嘘をつくことはこの首輪が許さない、さよなら私の貞操――
「じゃ、じゃあさ…帰ってきたら、おかえりって、言ってくれる…?」
不覚にも可愛いと思ってしまいました。
「た、ただいま!!」
「おかえりなさい旦那様。そんなに大きな声で言わなくてもいいのに」
「嬉しくってさぁ!あと緊張もしてるよ!今日はついにB級に上がったんだよ!!」
あれから2年が経過しました。
旦那様は21歳、私は15歳、成人しました。
仕事へ行こうとすると足がすくんで外へ行けなかったのを物理的に背中を押してあげたり、帰ってきてからたくさん甘やかすことでなんとか仕事へ行くことへ慣れさせ。
時には客先でおかしな苦情をつけられへこんでしまうのを「旦那様は悪くありません」と言い聞かせているうちに仕事の事で落ち込むことがだんだんと減っていきました。
なんでも目標ができたとか。
その目標のためにB級まで上がる必要があったとか。
E級まで落ちていたのをB級まで2年とか基本凄い人なんですよね旦那様。
今ではちゃんと身だしなみも気を付けてひげも剃っていますし、ちゃんと食事も残さず美味しそうに食べてくれるので顔つきも健康的になりましたし。一緒に外へ行くとよく女性から話しかけられます。
しかもこの人、女性に話しかけられるとまあ嬉しそうに優しく笑うんですよ。
まあ、ムカムカする時もありますけど? 私は奴隷ですしー。
っと考えが逸れました。まずはおめでとうですね。
「旦那様、B級冒険者への昇格おめでとうございます。もう一流の冒険者ですね」
「うん、一流とかはどうでもいいんだけど目指していたからとても嬉しい」
はて?一流はどうでもいい?
いつものようにおかえりのハグをして、流れるように私の頭を撫でる旦那様に問いかけます。
「一流なら今まで以上に女性から声をかけていただけますよ?そういうの嬉しそうにしていたじゃないですか」
「違うよ?俺が声を掛けられるくらい女性から魅力的に思ってもらえるのは全てアリーシャが支えてくれたからだなって思うと嬉しくなっちゃって」
へー…あの優しそうな笑顔、私宛てだったんですかー…
不意打ちずるくありません?
べっつに私は奴隷なので尽くすのが当たり前…あれ、B級ってそういえば――
旦那様は優しい笑顔で私を撫でるのをやめ、両手で羊用紙を私の首輪に押し当てます。
「知ってる?B級まで上がると所持している奴隷を平民にする権利が与えられるんだよ」
ゴトンと首輪が床に転がり落ちました。
「結婚しよう、アリーシャ。いつも俺を支えてくれた君を愛している」
私が首輪を外された途端に旦那様を捨てるとは思わないんですか?なんていじわるを言う余裕はどこにもありませんでした。ああ、ずるいなぁこの人は。全部後から不意打ちで言うんだから。
「これからもよろしくお願いしますね、私の旦那様」
「愛してるとか言ってくれないの?」
「大好きだし愛していますよ!」
ほんっとうにずるいなぁこの人は!