愚かな少年
わたし。
瑠美が席を立った。
だから、僕も立つことにしたんだ。
「ごめん。」
「・・・そっか。僕は、大丈夫」
たとえ、そんなことに意味がなかったとしても。今は、振り向かせることすらできなくとも。
おまじないのように、追いかけているんだ。
君が思い出すとき、変わらぬ僕でいられるように。
「それでさ、そこで持っていた拳銃を取り出して、寝ている娘の顔に突きつけるんだよ!」
「こわっ」
「そう!そうなるよね!僕もそうなった。いままではあんなにやさしい顔だったのに急に「こわっ」て!。でも、そのキャラクターの行動としてはそれはすっごい正しくて、だから結局なるほどなって言っちゃうんだよ。アドリブなのにそんな演技ができるってマジですごくない?」
「そーだね、すごいと思う」
瑠美の『㊗!留学記念寿司放題』の帰り道、二人はお互いの近況を呟いていた。
僕は最近はまっている趣味の話、瑠美は女性なりのいざこざの話。
話してる内容はお互いに成長して大きく変わったが、大まかな話題はさほど変わっていなかった。
それはきっと、こんな話ができるのはお互い、僕と彼女しかいないからだ。
「うん、面白いのいっぱいあるから、気が向いたら見てみてよ。花宮も」
「そうする。」
「ほんと!?、じゃあ、一応おすすめのやつリンク張っとくよ。」
おすすめなんてのが特にあったわけではないが、それでもそんなことを口にする。
そして彼女は、目を少し見開いてそれから
「うん、ありがと」
僕に、やさしい笑みを作った。
「・・・いやいや。」
「ねぇ、朝倉。・・・ちょっと、そこの公園で休まない?」
「うん。いいけど、、、。どうかした?ひょっとして歩くの速くて、疲れちゃった?」
僕としたことが、瑠美をちゃんと見れていなかったなんて。
と、脳裏に不安がよぎったが。
「いや、そんなんじゃなくてさ。ほら、まだ帰るには早すぎるでしょ?」
そう言って彼女は空を指す。
雲のない青空には、やけにのろまな日光が頭上にとどまっている。
「わたし午後も暇なんだよね、だから時間潰そうとおもって。ね?」
「そういうことか。じゃあ、そうする・・・か」
「了解ってことね!それじゃあ、そこのベンチにしよ」
そう言って、瑠美はベンチまでかけていった。
公園には、はしゃぎまわる子供たちや、老夫婦がベンチで休んでおり、のんびりとした時間が流れている。
「朝倉、こっち」
「う、うん…」
そんな中、さきにベンチに座っていた瑠美はこちらへと手招いている。
公園に設置されたベンチは木製で、曲線になった鉄のひじ掛けが両端についている。
腰かけられる定員は二人までのようで、いかにも一般的だ。
・・・。
僕は、すんなりとそこへ座る。
「・・・もう、変な動きしないでよ!なにそれ?」
「へ?・・・あっ、ごめんごめん」
自然を意識したせいで、かえって自然がわからなくなってしまった。
瑠美は、隣でくすくすと笑っている。
「あーあ、おもしろいなー。くっふふ。」
「笑いすぎだよ花宮。ってこのながれ、もう何回目だよ」
「それなー。でも、それくらい朝倉が面白いってことだよ。みてるだけで」
「なんだよそれ、ほめてるようでほめてないじゃん」
「あっはっはっは。ばれたかーってね」
数か月ぶりの二人の会話は、決して弾んではいなかった。
けれども、それが心地よかった。これが、僕らだけの距離だって知ってるから。
懐かしい掛け合い。あるいは、止まっていた時間。
僕は噤んで、それを眺める。
楽しそうに笑う君と、それに惑わされる僕は、周りからどう見られているだろう。
もしかしたら、少し早いけれど、花見に来た恋仲に見えたりするだろうか?。
例えば、かつての僕らのように。
「・・・ほんと、変わらないよね。僕ら」
気づけば、そんなことを口にしていた。
・・・そう、信じたかったのかもしれない。
「朝倉、ううん。ねぇ、ナオキ」
瑠美が、彼女がそう名前を呼んだ時。
僕はまた、強くこぶしを握った。
「・・・もう、お別れしよ。」
愚か者は見えていない。
笑顔に隠れたやさしい嘘を。
愚か者は見えていない。
流れるときのはかなさを。
愚か者は見えていない。
誰よりもいとおしく、何よりも求めていた。その偶像すらも。
「いままで。私の我儘に突き合わせて・・・ごめん。」
「・・・いいや、僕は大丈夫」
彼女は、席を立つ。だから僕もたったんだ。
「でも、これでやっと後悔なく立ち去れる」
「そう、それはよかったよ」
変わらない僕。やさしい僕。面白い僕。愚痴を聞く僕。隣にいる僕。
そう、あり続けるから。
だから!
「それじゃあ、私行くね」
「そっか。わかった。留学がんばってね帰ってきたら・・・」
「ううん。たぶん、もう帰ってこない。これが、最後」
・・・。
「…あっそうなんだ。・・・そう、なんだ。じゃ、じゃあ。え、えっと。・・・頑張れ、よ」
「うん、ありがと」
こどもも、老夫婦も。花も木も草もそして、空も。みな、僕らの別れを見届けている。
見届けて、気づいている。
僕以外、みんな。
「それなら。ほんとに・・・」
「朝倉!」
ただ、僕はずっと眺めていた。
「・・・ーーーーーさよなら」
手を振る彼女の背中を眺めて、ただ、ずっと。
「ま、た・・・・ね」
愚か者は、なぜか信じている。
他には、何もなかったから。
この物語には、前作があります。『景跡』
ご愛読ありがとうございました。