【短編】美少女であるあなたの好きな人が今丁度真後ろに居ることをあなたはまだ知らない
多くの誤字報告ありがとうございます。自分の漢字ミスや誤字が多くてなんか怖くなりました…………。
二月十五日改稿しました。×2
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俺は美味しそうな匂いが漂う店内を軽い足取りで角の席へと向かった。
一人で来ているにしては、少々大きすぎる、家族連れが座るような席。俺は壁を前にして座った。
そこにわざわざ座るのは、ちゃんと理由がある。
この店、『ブロンコドンキー』には、ある噂があった。
何でも、その噂というのは店内の一番端っこの席の壁の反対側でメロンソーダを指差しながら店員に「トッピング付きで」と言うと、裏メニューである超高級A5ランク和牛ハンバーグが半額で食べれるそうだ。
正直なところ、ネットの情報なので半信半疑ではある。
だが、美食家の俺は試さずにいられなかったのだ。そして今日、学校終わりの平日午後六時二八分。
遂に確かめることが出来るのだ。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
ボタンを押して数秒、若い男性の店員がやってきた。見た感じあまり仕事に慣れていないようで不安になるが、意を決してメニュー表に指差す。
「メロンソーダ、トッピング付きで」
「……………………以上でよろしいでしょうか?」
――――伝わった。
直後感じたのは達成感。そして食すことができるという幸福感。それをしかと噛み締めながら「はい」と口にした。
足早に去って行く店員。
いやぁ楽しみだ。どんな味なのだろうか。ネットでは、天にも昇る心地と書いてあったがどんな味なのか全く想像がつかない。
俺は周りでも見ながら来るまでの暇を潰すことにした。平日ということもあり、人が少ない。
あの男性は仕事帰りだろうか? あそこの女性は、イラストレーターか何かの仕事をやっているのだろうか?
いつもならばそんなたわいのない風景に気にも止めないのだが、興奮のせいか世界がより滑稽で面白く思える。
すると、店の入り口から『チャリリン』と鈴の音が鳴った。
誰かが入店したのだろう。俺は自然とそちらに視線を移していた。
「へ?」
目を疑った。そこには二人の可憐な美少女がいたのだ。
片や、金色の髪を短く切り揃えた黄色い瞳に垂れ目の美少女。片や、白い長髪をストレートに伸ばした、誰も寄せ付けない意思のある赤い瞳に切れ長の目の美少女だ。
その両者は、仕事帰りの男性も、イラストレーターの女性も一度目にしたら離れられなくなる程の魅力を持ち合わせていた。
俺は、この少女たちを知っている。俺の通っている学校、市立熊馬山羊高校では、二人の美少女が存在する。
君谷 四音と、雅 氷である。
君谷 四音は、運動神経抜群の元気っ娘系美少女だ。
誰とでも分け目なく接することが出来るという性格も美少女な完璧人間である。…………その分、散っていった華は万を越えるようだが…………。
そして雅 氷。彼女は君谷 四音と正反対のツン百パーセントクールビューティー系美少女だ。
親友である四音以外には誰に対しても素っ気ない態度で対応し、あまり周りから、特に女子から好かれていない存在となっている。
だが、コアなファンが多く、ファンクラブも結成されているのが現状だ。
そんな突然現れた二人の美少女の影響で、俺の心臓は休む暇なく全力で働いていた。
てか普通に凄いな。この店学校の隣町の店舗だぞ? それなのにばったり出くわすとか、奇跡も良いところだなぁ。
顔と体は壁を向き、目だけ動かしてちらちらと確認する。
彼女たちは、段々とこっちに向かってきて…………え、ちょまってどゆこと? まさか俺に会いに来てくれたの? いやそんなわけないけど!!
近付いてくる状況が飲み込めず、思わずお冷やを飲んでしまった。その後俺の丁度真後ろに座ったのを地味に察する。
俺の背中に、学校一の存在がいることに、ちょっと本気で神を信じそうになった。
「んーで、どうだったの?」
君谷さんが雅さんに何かを問い掛ける。お、何の話するんだろう。あまり良いとは言えないと思いつつも、俺は聞き耳を立てることにした。
「……………………」
その質問に雅さんが出した応えは沈黙であった。その様子に君谷さんは「はぁ」と、あからさまに溜息を吐く。そして衝撃の一言。
「好きな人と話せたの?」
ブフォ!?
…………あ、危ねぇ…………思わずリアルで吹いてしまうところだった。そうなればもれなく体が水で濡れ、聞き耳立てていたこともバレてジエンドだ。
「…………無理、だった」
雅さんは自信なく呟く。
へぇ、でもそうなのか。あからさまに人を嫌ってそうだったからてっきりそういう感情も無いんだと思っていたけど、やっぱり年頃の女の子なんだな。
しかし学校一の美少女に思い人発覚!! とか、新聞部の記事にでもされそうな内容だな。悲しむ者が増えそうだ。
「まぁたダメだったの? まだ一言も喋ったことないんでしょ? そんなんじゃいつまで経っても恋は実らないよ?」
「うぅ…………でも…………」
萎縮する雅さん。なんか、新鮮。学校ではずっとトゲトゲしてるからあんまりイメージ湧かなかったけど普通に女の子らしい一面もあるのか。
「あのさぁ、いくら氷ちゃんが美少女でもこっちからアタックしなかったら意味ないよ? 一生叶わない恋で終わっちゃうよ?それでもいいの?」
「それだけは…………嫌だ」
「でしょ? なら何か行動に移さないと」
「もう行動には移したし…………」
「おぉ、そうなんだ! で、何したの?」
「体操服の匂い嗅いだり下校の時後ろから後をつけたりバレンタインデーに自分の髪を入れたチョコを渡したり…………」
「は?」
その場の空気がこれでもかというくらい冷え切った。
……………………ヤンデレ属性かよ……………………。っていうかもう犯罪だな、うん。後をつけるとか。ご愁傷様です、名も知らぬ人よ。あ、でも性癖によってはありって言う人もいるかも…………。
しかしバレンタインデーか…………。そういえば俺去年から名前分からないけどチョコ貰えるようになったんだよなぁ。
下駄箱の中に入ってて、味はなんか変だったけど嬉しかったなぁ。また来年も貰いたい。
「ねぇ…………それ止めた方がいいよ?逆に気持ち悪がられるって」
ガチトーンで正論を言う君谷さん。御尤もだ。
「うん…………そう、だよね……………………自分でも分かってる。でも、なんか止められなくて…………これって禁断症状なのかな?」
禁断症状だわ。
「禁断症状だわ」
ハモった。
しかし思った以上にヤバい子だなこの子。これ美少女じゃなかったら人生終わってたぽくないか?
「お待たせしました」
あ、忘れてた。
店員が『ジュワァァ』という音を立てるハンバーグを丁寧に持ってきた。おぉ、これはこれは美味しそうな…………。
この数本のインゲンにハンバーグのタレを絡め取って…………我慢出来ない。早速食おう。
一口目をパクり。その瞬間、脳に電撃が走る。
う、旨い!! 旨すぎる!! この食感!!味付け!! 全てがマッチして他にはない美味しさが喉元を通り過ぎる!!
随分と馬鹿げた美味さだ。こんなの、他のハンバーグが食えなくなるじゃないか!!
俺の腕は止まらない。次から次へと口へハンバーグを放り込ませる。
この一時が、俺にとっての天国であった。
「ま、まぁ、本当にその人のことが好きなら今すぐどうにかしてその禁断症状を治すことをお勧めするよ」
「そう…………でもどうしよう? 言っちゃえば私が服の匂いを嗅いだり下校の後をつけたりするのってもうご飯食べるのとかと同じぐらいの欲なの。四音は大好物のご飯が目の前にあるのに食べちゃいけないって言われたら凄い食べたくならない?」
「なるほど…………えぇ、じゃあどうすればいいんだろう」
「むぅ…………」
「ん…………」
後方から唸り声が聞こえてくる。尚、悩み事は大分危なかっしいものの模様。
「一回その人に会わないで過ごして、段々と距離を詰めていくとかどう?」
「…………それもしかしたらストレスで私死ぬかもしれない」
ストレスって。
「まじか…………。それじゃあ何とかしてその人を意識しないように…………」
「それが出来てたら苦労しないよ?」
「だよねぇ」
また悩み込む二人。なんの関与もしてない俺からするとふざけた内容に思えるが、本人からするととても重要な話らしい。
もし俺が雅さんの立場だったらどうしているだろう? 現実味が少ない話のせいで想像することは不可能に近い。
「…………そういやさ、氷ちゃんの好きな人の名前ってなんだっけ?」
君谷さんは考えるのに疲れたのか、全く違う疑問を雅さんに問うた。
お、遂に聞けるのか。雅さんの好きな人。一体何年何組の誰なんだ?年末のグル○イ結果発表ぐらい楽しみだ。
「忘れたの? 前にも言ったよね?」
「ゴメンって! だって影薄いじゃんあいつ。名前が覚えられないんだよ…………」
影が薄い? ってことは陰キャなのか? てっきり陽キャなもんだとばかり思っていたけど、陰キャだとしたら一体誰が雅さんの好きなひ―――――
「九条 海里様」
「ブッッッッ!!! ゴホッ! ゴホゴホッ!!」
そのカミングアウトに動揺し、口に含んでいたポテトが危うく変な場所に入るところだった。水で押し流し、高まる鼓動を必死に抑えつける。
俺はつい先程まで呑気に「好きな人って誰だろう。俺の知ってる人かな?もしかして俺の弟だったりして?」なんて考えてた。
知ってる人なんてレベルじゃなかった。俺の弟なんてレベルでもなかった。
九条 海里。この特徴的な名前は俺の通ってる学校でただ一人。
―――――今聞き耳立ててて、美味しくハンバーグを頬張っていた俺こそがその人なのである。
「あーそうそう、九条 海里君。顔は分かるんだけど名前だけはどうも思い出せないんだよねぇ」
「忘れないでよ」
納得したように言う君谷さん。そしてそれに少し眉をひそめる雅さん。
一体どういった手違いで俺を好きになったんだろうか……………………? 正直言ってら雅さんと俺はほぼ関わりがない筈だ。
強いていえばクラスが同じことくらい。でも席も遠い方だし、自分から話し掛けたことも皆無。
謎だ。それも今世紀最大の。あ、ちょっと待って鼓動が鳴り止まないどうしよう。
「……………………ご飯頼む?」
「うん」
あ、また君谷さん話そらした。まぁ気持ちは分かるよ。ヤンデレの治し方とか終わりないもんね。…………って、はっ!!
俺、束縛される奴やん…………。いや、それもそれであり…………いやでも、流石に重いような…………。
なんか、何とも言えない感情。美少女に好きになってもらってるのは凄く嬉しい。
でも、古今東西いつの時代もヤンデレは年中雁字搦めレベルで動きが制限される。
元々友達も存在しないに等しい俺だが、押しのアイドル『MIちゃん』のグッズが捨てられたりライブに行かせてもらえないのはマジで困る。
「んーと、和風ハンバーグで」
最初から何を食べるか決めていたようで、食べると決めて直ぐにボタンを押していた。
雅さんは…………。
「メロンソーダ、トッピングで」
なにっ!? 思わず振り向いてしまった。そこには、メロンソーダを指差してキメ顔をしている雅さんが…………。
ば、馬鹿な!? あれは伝説の隠れ美食家『どん兵衛』さんのツイートを見てないと分からない筈だぞ!? まさか…………同類!?
「畏まりました。和風ハンバーグとメロンソーダトッピング付きですね」
「へぇ、あれって本当にあったんだ」
「やはり『どん兵衛』は最高」
『どん兵衛』さんの名前を知ってるってことは…………この年で食の神秘が分かるか。人は見かけによらないんだな。
「…………思ったんだけどさ」
「ん?」
「氷ちゃんって結構ヤンデレだけど実際のところどのくらい相手のこと知ってるの?」
お、それは本人として気になる。
「九条 海里年齢17歳0か月21日生年月日2004年9月30日生まれ午前7時05分戌年乙女座身長168.09センチ体重56.32キロコミュ障でノロマな性格でゲーム『ファイブナイト』が好き『美食家』で好きな食べ物クサヤ嫌いな食べ物なし趣味は『飲食店巡り』『小説』『アニメ』『漫画』最近読んでいるのは小説、『パンツドラゴン』漫画だと『トラヘホォン』最近見ているのはアニメ『リバーシブルトッポ』好きなお菓子は『ポッキー』好きなジャンルはダークファンタジー好きな漢字は『尊い』好きな数字は『5』最近の悩みは毛が多く抜けること学校での立場は『陰キャ』一日にトイレ平均五回隠していることは一日五回オ○ニーしていることしかも角オナ性癖はメイド眼鏡僕っ娘ツンデレ幼女属性早漏五秒で出るテストは全部平均以下偏差値は49ほど体育祭が嫌いで文化祭は普通一番は合唱コンクールカラオケが上手い毎回95点以上美声下痢気味憎き宿敵はアイドルのMIあと――――」
「分かったからもう止めて!! 人の性癖なんて聞きたくないよ!!」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!
凄い怖いんだけどこの子!? えっ、もう恥ずかしい通り越して恐怖しかないよ!!
バレてたの!?オ○ニーバレてたの!? 怖すぎてチ○コ萎えちゃったんだけど!!
…………これは本格的に避けないといけないかもしれない。俺は断れないお人好しな故、告白されたら一発ケーオーだ。
だからそれまでになんとか…………。
「はぁ…………ここに本人いたら確実に引かれてたね」
真後ろにいますよ。
「…………ここにいないよね?」
今探り入れるなし。
「いるわけ無いじゃんここ隣町だよ?」
ナイスフォローありがとう君谷さん。
「…………ちょっとトイレ行ってくるね」
席を立つ君谷さん。そしてトイレへと向かって行き――――
「あっ」
「あっ」
目が、合ってしまいました。石になったように口の中のハンバーグを咀嚼している途中で固まってしまう俺。
それを、キョトンとした顔で見つめる君谷さん。
数秒後、さっと目を反らすと、悪魔のような笑みを浮かべてトイレに入っていった。
……………………一言いいだろうか?
やっちまったぜクソ野郎。
あーもっと注意しとけばよかった。そしたら伏せるなり何なりして隠し通せられただろうに。
軽く流してるけどこれ普通に聞き耳立ててたことバレたってことなんだよな。
君谷さんにバレたということは自然に雅さんにも伝わり、隠す必要がなくなった雅さんは、俺を無理矢理拘束(両方の意味で)俺は一生MIちゃんを眺められないように……………………。
これは、美少女だとしても辛い。しかもこれ、今から起こりえること。
あぁ、ありがとうお母さんお父さん。もう会えないかもしれないけど一応美少女と暮らします……………………。
はぁ…………しかし、君谷さんの最後の笑み、あれは何の意味があったのだろうか…………。
なんか嫌な予感がするのだが…………。
「お待たせー」
俺が考え込んでいる間に君谷さんが戻ってきた。
「…………どうしたの? そんなニヤニヤして」
「いや、何も」
雅さんの疑問にとぼける君谷さん。…………ハンバーグ早く食べ終わろう。
最早味を楽しめない。また今度ゆっくり食べたい。
「ねぇ氷ちゃん」
「なに?」
「もうヤンデレを治すのは諦めてもう素直な感情で接したらどう?」
「え?」
は? え、ちょっとまて、雅さんに俺のこと教えるんじゃないのか?
「でも…………四音も言ったじゃん。引かれるかもしれないって」
「でもさ、ネットで調べたけどやっぱりヤンデレは治るようなもんじゃないらしいんだよね。もう治らないんだったらいっそのことありのままの自分を見てもらった方が良いんじゃないかな?」
…………なんか雲行きが怪しい気が…………。
そこで彼女は決定的な一言を言い放つ。
「――――逆に海里君に分かるように後をつけたりしたら、自然と氷ちゃんが海里君のことが好きだって分かってくっ付くことが出来るんじゃないかな?」
ッッッ!!?? そういうことかよ!!
俺は振り返り、君谷さんを強く睨み付ける。
君谷さんは少し視線を合わすと、ニタァとエロゲーを買った俺みたいな顔をした。
こいつ、俺が頼み事を断れないタイプだと見抜いたのか、ヤンデレに振り回される俺を見て面白がるつもりだ!! なんて卑劣!
いや、こう言ってしまうと雅さんが悪者のように聞こえてしまうか…………なんてイヤラシイ!! あの人は聖人の体に憑依した悪魔だったか!!
「…………なるほど…………押して駄目なら引いてみろってこと?」
「そうそう」
納得するんじゃない!! 絶対に引くから、それ絶対に引くから!!
そんな俺の思いは届かず、雅さんは決心したようにこう言葉にした。
「分かった!! 明日から今まで以上に積極的にアピールする!!」
ウッソォォォォ!!!!
なんてこったいオーマイガー。俺はヤバい人に目をつけられてしまったみたいだ…………。
君谷さんと雅さんという意味で。
いや、童貞のまま終了するよりは良いのかもしれないが…………。
俺は完食するまで気が気でなかった。
これは、俺がヤンデレ彼女と付き合うまでの、ほんの少しの出来事である。
この時の俺はまだ知らなかった…………。
君谷さんの用意したイベントと、雅さんの異常なまでのヤンデレ属性を…………。
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【連載版】ヤンデレさんは好きな人が真後ろに居たことを知らない
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追記│連載版お蔭様で半日で百ポイント超えました!! ありがとうございます!