三十・見上げ入道
ヤクザを懲らしめて数日が過ぎた、神野グループの副会長がヤクザの事務所を襲撃したとか副会長がはぐれ陰陽師らしいと噂が立っていた、これは警察が事情聴取に来るかもしれないと憂鬱になったが、警察は山下組の内部抗争と判断したようでホッとした。
優香は千尋から言われたのか、朝早くから寝る前までうちに来るようになっていた、この数日で二人共抱いた、二人の体は魅力的で甲乙付けがたい、何度抱いても飽きる事はなかった。俺達がマンネリ化することはないだろうと考えた。
じいさんから貰った繁華街の物件も見に行ったが、そのままにしておいても十分だと判断した、街のチンピラ達は俺を見るとすぐに走って逃げて行った、警察にも職務質問された事があったが名刺を見せると、すいませんでしたと言いすぐに解放される、快適だ神野グループの影響力の凄さも実感した。
もう長袖一枚では寒い季節だ何か羽織った方がいいだろう。マンションに戻り通帳を記入するため銀行に連絡を入れるとすぐにやって来てまた届けてくれた。
千尋と出会ってから全てが上手く行き過ぎて怖いくらいだ、千尋に話すと私も同じことを考えていたわと返ってきた。
ある日突然一目連から思念が飛んできた。
『はぐれ陰陽師、坂井優斗よ』
『一目連どうかしたのですか?』
『お前のおかげで以前より社殿が住みやすくなった、宮司もしっかりしている』
『気に入って貰えてよかった』
『礼を渡しておく、お前が持っている霊酒より数倍効果がある霊酒だ、飲んでも減らないからどんどん飲むといい』
『礼ならもう貰ったではないか』
『そう言わず受け取れ、前にも言ったが困ったら私を呼ぶといい』
気配が消えたと同時に目の前に酒瓶が置かれた、千尋と優香も聞こえていたみたいだ。
「びっくりしたわ」
「優斗さんよかったですね、ちょっと拝見させて貰ってもいいですか?」
「いいぞ」
優香は霊酒を持ち上げすぐに手を離す。
「凄い霊酒です、龍神様の霊力がかなり入っています」
「鬼達に貰った数倍効果があると言っていたが本当なのか?」
「ええ本当です、試しに一口飲んでみてください」
俺は金色に輝く霊酒を飲んでみた、凄い力が湧き上がって来る気分も爽やかだ。本当に数倍以上の効果だ。
「これは凄いな、お前らも飲んでみろ」
二人が飲む。
「凄いわ、鬼達の霊酒より効果があるわ」
「私も力が漲って何でもできそうな気分がこみ上げてきます」
蓋を閉めたが酒瓶から霊力がこぼれてくるのがわかる。
「大切にしまっておいてくれ、コップ二つにその霊酒を入れてくれ、それと鬼達の霊酒を出してくれ」
「わかったわ、どうするの?」
「じいさんに持って行く」
「すぐ用意するわ」
用意した霊酒を持って久しぶりに三人でじいさんの家に行った。
「三人揃って来るとはどうかしたか?」
「鬼達の霊酒をじいさんに譲るよ、普段の礼だと思ってくれ」
「ありがたいがお前らの霊酒がなくなるじゃないか?」
「この前助けた龍神から新しい霊酒を貰ったから大丈夫だ、これが新しい霊酒だばあさんも飲んでみてくれ」
二人が金色に輝く霊酒を飲む、シワが消えていく。
「じいさん鏡を見てくれ」
「おぉシワがなくなっておるし力が湧いてくるようじゃ」
「だろ、だから鬼達の霊酒はプレゼントするよ」
「ありがたく頂いておく、それにしても龍神様から礼を貰うとはかなり気に入られたな」
「何かあれば力も貸してくれるらしい」
「そうか、話は変わるがお前は最近ファックスではなくパソコンのメールでやり取りしているそうじゃないか」
「よく知ってるな、パソコンだと何かと便利だからな」
「アドレスを教えてくれ」
「じいさんパソコン使えるのか?」
「ああ、基本的な事しか出来ないがな」
「わかった」
俺は名刺の裏にアドレスを書いて渡した。
「わからないことがあればいつでも聞いてくれ、俺が忙しい時は優香が詳しいから聞いてくれ使いに来させるよ」
「わかったわしも使いこなせるようにしておくよ、ファックスは時代遅れらしいからな」
「じゃあ後でメールを送ってくれ、俺も仕事に戻るよ」
「わかったまた来なさい」
俺達はマンションに戻った。三十分ほどしてじいさんからメールが届いた。
『霊酒ありがとう』
の一行だけだった。
『パソコンに慣れればかなり便利だからよろしく』
と送り返した。また三十分ほどして
『地図を添付するにはどうすればいい?』
じいさんは本当に基本的な事しかできないみたいだ。
「優香ちょっといいか?」
「はい何でしょう?」
「じいさんの頭に直接パソコンの使い方を叩き込んできてくれないか?」
「わかりました、行ってきます」
少し待っていたら優香が戻ってきた。
「どうしてきた?」
「仕事で使いそうな事全部とキーボードの操作を頭の中に入れて来ました」
「ありがとう」
「簡単な事です」
「私にもそういう能力を教えてよ」
「これはコツがいるちょっとこっちへ来い」
ネットで脳の断面図を探して見せる。
「この大脳のこの辺り、海馬というところだがこの近辺が記憶領域と呼ばれている、ここにめがけて思念を送るように伝えたい事を送るんだ、この前の人形の戦いを思い出し俺に送ってみろ」
千尋は俺の額に指を当て念じている、徐々に送られてくるがノイズがあり違う記憶まで送られてくる。
「その調子でいいが、違う事まで混ざっている。映画を見せるように送ってみろ」
また念じ出した、今度は成功のようだ。
「それでいい上出来だ、物を覚えさすにはその記憶を置いてくるように思念を送ればいいだけだ、多分もう出来るだろう練習はここまでにしよう」
「意外と簡単ねわかったわ」
「相手の記憶や能力を読み取るのは今の逆をすればいい」
「わかったわありがとう」
じいさんから電話がかかってきた。
「どうしたの?」
『優香のおかげでパソコンが使いこなせるようになった』
「よかったじゃないか」
『便利じゃのうこれなら管理もしやすいし、これからはパソコンで何でも出来そうだ、打つのもかなり早くなったぞ助かった』
「そうか、じいさんが使いこなせるなら俺も仕事がやりやすい」
『優香に礼を言っておいてくれ』
「わかった」
電話を切って、優香に伝える。
「礼なんていりませんわ、お仕事の役に立てるならまたお手伝いします」
「次は私が試すわ」
優香が夕飯の支度を終えたようだ。ステーキとクリームシチューが並ぶ。これは美味そうだ。手を合わせ食べ始める美味しいと優香を褒める。二人がステーキの脂身を残したので貰って食った。
「お前らステーキの脂身はめちゃくちゃ美味いんだぞ、残すのは勿体無いぞ」
「でも何か苦手なのよ」
「私もです」
千尋にわからないように今夜優香のところへ行くサインを出した。優香は嬉しそうに後片付けをした。
優香が出してくれたコーヒーを飲みながらネットで衛星写真を見て、いいところがないか探す、気になったとこは手持ちの地図に印を付けていく。いつの間にか時間が過ぎて行って千尋は眠そうにしている。
「付き合わなくてもいいぞ、先に休め」
「わかったわ、おやすみ」
と寝室に入って行った、千尋は一度寝入るとなかなか起きない。
俺は優香を連れて優香の部屋に行き、何度も抱き合った、二人でシャワーを浴び、二人で眠くなるまで会話する事が多くなった。
自宅に戻り金色の霊酒を飲むと体力が全回復する、そのままベッドに入り眠る。
朝もスッキリした気分で起きる、茨木童子から初めて霊酒を貰って飲むようになってから三人共風邪一つ引かない、ありがたいことだ、新しい金色の霊酒の方がよく効く。
仕事は五十日が忙しいと昔から言われているが確かに入金が多い、今日もそうだった、頻繁に入金のメールと報告書が送られてくるそれだけで一日が終わった。
億ションが数件売れたので俺の口座はかなりの金額になっていた。これだけでも今後金に困ることはないだろうがじいさんはこれからまだまだ増えるぞと笑っていた。
依頼用のスマホが鳴る、千尋が受けて少し話し保留にして俺に声をかけてくる。
「鳥取のお寺からの依頼よ、見上げ入道が出て人を襲うので退治して欲しいらしいわ」
「一時間後に行くと伝えてくれ」
千尋が電話でそれを伝え切った。
俺は季節外れの鉄扇で手を叩きながら考える、見上げ入道か二人の力を試してみよう。
鬼達を呼び、みんなに話す。
「今回は千尋と優香に退治してもらう」
「わかったわ」
「わかりました」
ゲートを抜け本堂に行く、住職が言う。
「噂は本当のようですな、空間を抜けて来るとは驚きました。鬼も連れていらっしゃる」
名刺交換をして、住職に話を聞く。
「見上げ入道と聞きましたが本当ですか?」
「ええ、運良く逃げ帰った者から話を聞き、調べたら見上げ入道でした読経をしても毎晩現れ、踏み潰された方も数人おります」
「そうですか今夜はこの二人が退治します、出来なければ私が片付けるので心配は無用です」
「わかりました」
「見上げ岩というのはありますか?」
「うちの古い古文書にも記載されてません」
「では踏み潰された場所まで行きましょう」
「はい、すぐそこなので案内いたします」
住職の後を追う。
「確かこの辺りです」
俺はある岩の前に立ち。
「これです、これが見上げ岩です」
「これがそうですか」
「そろそろ現れるでしょう、まずは千尋からだ」
「わかった」
独鈷杵を持って岩の前に立つ、岩から見上げ入道が姿を現した。千尋が見上げると見上げ入道の首が伸びる。
「見上げてばかりじゃ退治はできんぞ」
千尋が剣を出し伸びた首に斬りかかる、スパッと切れたがすぐにくっつく何度か試したが無理そうだ。
「千尋下がれ踏み潰されるぞ」
千尋が瞬間移動し俺の後ろに下がる。見上げ入道の伸びた首が元の長さに戻る。
「次は優香だ」
「はい」
優香は見上げずにうつむいたまま剣で頭を狙い剣を振る、いい方法を思いついたようだが優香の力でも無理なようだ。
「どうすればいいのかわかりません」
「では下がれ俺が退治する」
俺は見上げ入道の前に立ち、見上げる。首が伸びて行く、俺は大きな声で叫ぶ。
「見上げ入道、見越した」
見上げ岩を鉄扇でコツコツ叩くと見上げ入道はスーッと縮み岩に戻った、隣のお地蔵様を岩の上に置く。
「住職、封印はしましたが退治しますか?」
みんながぽかんとしている。
「あっ、はい退治をお願いします」
「わかりました」
鉄扇で岩を叩くと崩れ去った。
「終わりました、本堂に戻りましょう」
本堂に座る。
「あれで本当に終わったのですか?」
「ええ完全に退治しました」
「ありがとうございますこれが依頼料です」
千尋が受け取る。
「では我々は失礼します」
ゲートを抜けマンションに戻った。
「あんなに簡単に倒すなんて驚いたわ」
「優斗さんは倒し方を知っていたのですね」
「ああ、対処方さえ知っていれば簡単な化け物だ、それを知っているのか見させて貰ったんだ」
「主、倒し方を知らなければ我らも手が出せない相手だった、知識の豊富さに驚いた」
「今回も出番がなくて済まんな」
「いや面白いものが見れた。では失礼する」
鬼達が帰って行った。
「私達を試したのね?」
「ああ悪かったな、力も大事だが知識もなければ勝てない、二人共よく覚えておけ」
「わかったわ」
「わかりました」
この日から二人は霊や妖怪の事をネットでみたり本を読み始めた。
「あなたは何でそんなに詳しいの?」
「俺のじいさんから教わったし、幼い頃からその手の本も読み漁ってたからな」
「でもネットに載ってるだけでも百以上の数だわ、覚えても覚えきれないわ」
「私も全部は無理かもしれません」
「徐々に覚えればいい焦る事はない、それに全ての化け物の倒し方はネットや本に書いてはいない」
「その時はどうなさるのですか?」
「感に頼るしかないな」
「そうですか」
「小腹が減った、何か作ってくれないか?」
「私が作ります」
優香がカルボナーラを作ってくれた。
「優香たまには一緒にお風呂に入りましょ」
「ええ、いいですね」
二人が一緒に風呂に入るのは珍しい。普段は俺と千尋が一緒に入って、優香が寝巻きを用意してくれている。優香に寂しい思いをさせてしまっているのかもしれない。
風呂から出てきた二人はお互いの体を褒めあってる。
俺も風呂に入った、一人で入るには広すぎる風呂だ、風呂から上がると寝巻きが用意されていた。二人はソファーで寄り添い眠っていた、まるで姉妹のようだ。千尋をベッドに運び、優香も優香のベッドに運んでやった、額にキスをしたら抱きついて来た。
「起きてたのか?」
「今気付きました」
と言ってキスをしてきた。
「私八百年生きてきてこんなに愛したのは優斗さんだけです、最高に幸せです」
「それは俺も嬉しい、俺も愛してる」
いつものように二人でいろんな話をしてから自宅に戻り、霊酒を飲んでベッドに横になった、優香の言葉を何度も思い出していた。
いつの間にか寝ていたようでアラームで起きた。リビングに行くと優香がもう朝飯の用意をしてくれている。千尋を起こし三人で食事をして、暫くくつろぎ俺は仕事を始めた。