二十一・般若
優香を妾にしてくれと閻王からの頼まれてから数日が過ぎた、翌日は八百比丘尼がなかなか出て来なかったので千尋が迎えに行き。
「今まで通り普通にして、毎日来なさい」
「でも……」
「でもじゃないの、二人の問題よ」
と言い、八百比丘尼は毎日顔を出すようになった、三日が過ぎると何もなかったかのように二人は楽しそうにお喋りをしていた。
俺が口を挟むのは禁止されてしまい普段通りにしてて、と言われたので黙って見届けるしかなさそうだ。
酒呑童子は関心がないようだ。
「人の色恋沙汰には興味がない」
と言った。
「今週はお盆があるからお前達も今週は自由に過ごしてくれ」
「わかったがいつでも呼んでくれ」
と言い帰って行った。
指輪に問いかけてみた。
『千尋はどう思ってる?』
『もう一人の私に毎日相談してるわ』
『この先どうなるんだ?』
『わからないわ、見守ってあげて』
『わかった、それしか出来ないからな』
『それでいいわ』
と言い黙り込んだ。
結論が出るのはまだ先のようだ、一度だけ千尋に聞かれたのは。
「あなた優香の事はどれくらい好きなの?」
「お前への愛が百二十点とすれば優香は五十点くらいかな」
「わかったわ、これからも私を愛してちょうだい、私も愛してるわ」
と言われただけだ。
優香からは。
「もし千尋さんが拒絶したら私の中から優斗さんと千尋さんの記憶を消して下さい」
「それは残酷過ぎる」
「出来なければ自殺します」
と言われた。
それ以外はこれまでと同じく普通の生活だった。食事は二人が交互に作ってくれる。
「二人共、今週はお盆があるから墓参りと夏祭りだ」
「全部三人で行動しましょう」
「私もいいのですか?」
「当たり前じゃない」
「わかりました」
「どっちの墓参りから行く?」
「あなたの方から、ご両親にも暫くお会いしてないし」
「わかった」
「いつ行こうか?」
「明日にしましょう、連絡入れといてね」
俺はすぐに自宅に電話し、墓参りのついでに家に行くと伝えた。
翌日三人が揃うとまず墓参りに行った、墓石に水をかけ手を合わせる。それから実家に行った。
両親が迎い入れてくれた。
「そちらの女性は誰か紹介してくれ」
親父の言葉に八百比丘尼が丁寧にお辞儀し名乗っている。
「お父様私の従姉妹です」
「千尋の従姉妹か、美人なところも似ているな。二人共くつろいで行きなさい」
「「ありがとうございます」」
二人が声を揃えて言った。
「ところで優斗、はぐれ陰陽師の名前がお前と同じだと聞いたが本当なのか?」
「お父様本当です」
俺は隠しておこうと思っていたが千尋がそう言ったので話した。
「そんな非科学的な事は信用出来ない」
と言ったので簡単な術を見せた。驚いている。
「目の前でそんなのを見せられたら信用するしかないな」
「名前は出来るだけ伏せておいてくれ」
「わかった、じいさんの血をひいたな」
「お父様こんなのは序の口ですわ」
「そうなのか、これは竜之助さんも知っているのか」
「ええ、知ってます喜んでました」
「そうか、わかった」
お袋が話す。
「お昼食べて行ってちょうだい」
と言いそうめんを出してきた。
「ごめなさいね、何も用意してなかったの」
「お母様気にしないで下さい」
食後のコーヒーを飲んでいると親父が話をぶり返しやっぱり信じられんと言うので、親父とお袋の額に手を当てこれまでの戦いを見せてやった。
「わかったもういい信じるよ」
と言った。
「そろそろ帰るよ」
「また来なさい」
「お父様もお母様も元気そうで安心しましたまた来ます」
ゲートを開きマンションに戻った。
「千尋がバラしたから驚かせてしまったじゃないか」
「どうせおじいちゃんが言うわ、いずれバレるんですものいいじゃない」
「わかったよ」
「コーヒーを頼む」
優香が先に立って淹れてくれた。
「ありがとう、優香は俺の実家では無口だったな」
「私が出しゃばるといけないと思ったからですわ」
「気を使わせたな」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあ今から私の方の墓参りに行きましょう、ちゃっちゃと終わらせるわ」
「わかった、案内してくれ」
三人で墓まで行った。
「これで一つ片付いたわ、帰りましょうか」
ゲートを開きまたマンションに戻った。
「じいさんに挨拶しなくて良かったのか?」
「おじいちゃんは夏祭りの準備で忙しいみたいよ」
「ああ、言ってたな。夏祭りはいつだ?」
「今週の土曜日よ」
「そうかもう少しだな」
さっきのコーヒーが残っていたので飲み干した。
「俺達の共同の金は使ってもいいのか?」
「自由に使っていいわよ」
「わかった」
二人がまたお喋りを始めた、よく飽きないものだなと思い、俺はパソコンではぐれ陰陽師を検索し始めた、驚いた事に日本中で話題になっているみたいだ、坂井優斗と書かれたページには術をかけ名前だけ消していった、噂ははぐれ陰陽師だけでいい。全てのページの名前を消すともう夕方になっていた。
「夕飯は簡単なものでいいですか?」
「いいわよ」
「ではスパゲティにします」
「じゃあ優斗のは二人前で作って」
「わかりました、いつもそうなんですか?」
「そうよ、スパゲティは二人前よ、覚えておいて」
今夜は優香が作るみたいだ。
テーブルにカルボナーラが並んだ。優香も洋食はかなり作れるようになっていた、茹で具合もバッチリだった。
電話が鳴り千尋が取った、メモを取りながら話している、電話を終えた千尋は。
「京都の寺から般若の退治を頼まれたわ、明日行くって言ったけどよかった?」
「いいぞ、般若が出たのか」
鉄扇で手を打ちながら考える。
「酒呑童子達も呼ぶんでしょ?」
「いや、今回は俺が片付ける、優香はサポート、千尋は般若心経で俺が倒した奴に唱えてくれ」
「はい」
「わかったわ」
翌日。
「集まったな行くぞ」
ゲートを開き寺に向かう。
住職に会い話を聞くことにした。
「遠いところまでありがとうございます」
名刺交換をした。
「いえ、俺のところからは近いです。早速話を聞いてもいいですか?」
「はい、この市内で般若が出るようになりました、般若の面じゃなく般若が若い女性に取り付き暴れるようになりました、それも毎日です」
「般若は一体ずつですよね?」
「よくご存知で、その通りです」
「では、調べてみます」
ゲートを開き市内を見回す。
「今も一体が暴れてるようですね」
「凄い術を持っておられるんですね」
「簡単な術です、早速向かいます」
「私も連れて行ってもらえませんか?」
「構いませんが危険ですよ」
「覚悟はしております」
ゲートを開き住職を連れてさっき見た付近を探すと唸り声が聞こえる、近づき見てみると般若の面ではなく顔付きが般若になっている、動きを封じ鉄扇を額に当て般若を追い払う。
「千尋、頼む」
「わかった」
千尋が近づき般若心経を唱えると般若の顔付きは元に戻った、もう一度鉄扇を額に当て般若の呪いを解き動きを封じた術を解くと、女は何故こんなところに来たのかしらと、呟いた。女に説明してやる。
「助けて頂きありがとうございます」
と言い帰って行った。住職が話す。
「もう片付いたのですか?」
「いえ、追い払っただけです。この近くに般若の面を収めたところがありますね?」
「よくわかりましたね、こちらです」
案内されたのは朽ちた寺だった、中に入ると般若の面が飾ってある。
「爆ぜろ」
言葉と共に般若の面が割れた、ボロボロ崩れていく。
「終わりました、寺に戻りましょう」
ゲートを開きさっきの寺に戻る。
「崩れ去った面が本体だったのですか?」
「そうです、永い間放置され人々の嫉妬や妬みなどが集まりあの面がそれを吸収して霊力を宿し、近くを通る嫉妬や妬みを持った人間に憑依してこの事件が起きたのです」
「なるほど、詳しいですね」
「初めからわかっていたからです、もう般若の面は飾らなければ今後こんな事件は起きないでしょう」
「わかりました、噂以上の陰陽師様ですね、こちらが謝礼です、檀家から集まっているのでいくら入っているかわかりませんが」
「金額など気にはしません足代だけで結構です」
「そう言わず受け取って下さい」
千尋が受け取った。
「では片付いたのでこれで失礼します」
「陰陽師様ありがとうございました」
ゲートを開きマンションに戻った。
「お前達も嫉妬や妬みを抱え込むとああなるから気を付けろよ」
「わかった」
「はい」
二人は心当たりがあるような表情だった。
「お前達も心当たりがあるようだな」
二人が頷く。
「なんとなくわかったからそれをなくすように心がけろ」
また二人が頷いた。
「嫉妬や妬みをなくすにはどうするの?」
「私にも教えて下さい」
「難しい質問だな、俺が取り払ってもいいがそれでは意味がない、無我の境地を得るしかないな」
「難しいわ」
「そうだな、俺でもまだその域にはたどり着かないからな」
二人は黙り込んだ。
「この話は終わりだ、コーヒーを頼む」
千尋が用意してくれた。
「ありがとう、とこで今日は依頼料いくら入ってたんだ?」
「あなたが聞くのって珍しいわね」
千尋が袋から札を抜き出して数えている。
「三十万円も入ってたわ」
「そうか」
「これは全額あなたに渡すわ」
つい受け取ってしまった。
「いつものように分けたり銀行に入れないのか?」
「今日の依頼はあなたが一人で片付けたのよあなたが自由にしてちょうだい」
「わかった」
財布に金を入れたがパンパンになってしまった。
「昼飯を食べ損ねたな、晩飯は腹が膨れそうなのを頼む」
「わかったわ」
翌日。
今日は夏祭りだ、今までは夏祭りは人混みが苦手なのでこういうイベントはスルーしていた、だが今日は千尋と優香がいる、朝からテンションが高かった。
朝から俺一人で盛り上がってたので昼飯を食う頃にはテンションは急降下していた。
「朝からはしゃぐからよ」
「優斗さんでも子供のようにはしゃぐ事があるんですね」
と二人に笑われた。
「夕方まで仮眠する」
「わかったわ」
ソファーで横になりすぐに眠りに落ちた。
十七時に起こされた、二人共浴衣を着ている。
「どう? 私達似合ってる?」
「ああ見違えたよ、よく似合ってるぞ記念写真を撮ろう」
スマホを立てかけタイマー機能を使い三人で写真を撮った。
祭りの会場に行くと日は落ちかけで綺麗な夕日だった、屋台がたくさんあるので優香は楽しそうに見ていた。
「今日は俺のおごりだ、好きなように食べたり遊んでいいぞ」
「やった」
二人が言い、いろんな店を見て回った。少し歩き疲れた頃花火が上がった。三人で見上げながら写真を撮った。花火が終わると俺達は満足しマンションに戻った。
二人も浴衣から普段着に着替えた、優香が神妙な声で言う。
「優斗さん千尋さん、最後に楽しい思い出が出来ました、これ以上千尋さんを苦しめたくないので今日で私は去ります」
と笑顔で言った。その瞬間千尋は優香をひっぱたいた。
「私は祭りが終わったら私の答えを言おうと覚悟を決めてたのに、何で優香は身を引くことばかり考えるのよ、答えを待つって言ったのは優香じゃないの? 優香はそうやって八百年も逃げて来たの? 違うでしょ、閻王が最後に幸せを与えるために優香に六十年の命を与えたのにそれからも逃げるの? 私の決断を聞きなさいよ」
一気に叫び体を震わせている。優香もびっくりして声が出ないようだ。
しんと静まり返る、俺には何もしてやれない見届けるしかなさそうだ、こんなに怒った千尋は初めて見た。
ようやく千尋が落ち着き、優香をソファーに座らせ千尋も並んで座る。
「ひっぱたいたのは謝るわ」
「私も逃げようとした事は誤ります、でも怖かったのです、それに千尋さんをこれ以上苦しませたくなかったのです」
「だから身を引こうと考えたの?」
「はい」
「身を引いてどうするつもりだったの?」
「今はもう不老不死ではないので死のうと考えてました」
「バカ、あなたは本当にバカよ」
「はい」
「私の答えを話すわ、いい?」
「はい」
「妾でも愛人にでもなったらいいわ」
「でも、そうなったら千尋さんに迷惑を掛けてしまいます」
「般若の事件、覚えてるでしょ? 私はあなたに嫉妬を感じていたわ、でもね優香は家族と同じなの私の親友なの、離したくないしどこにも行って欲しくないわ、その気持と閻王の頼みを考えた結果辿り着いたのはさっき言った通り、妾くらいどうだっていいじゃないって思ったの、優香だから許せるのこれが私の答えよ、幸せを味わうために貰った六十年楽しんで、私からは以上よ」
「私も一緒に幸せになっていいのですか?」
「そう言ったでしょ」
「ありがとうございます」
「一つ約束して欲しいのは、もう自分の気持ちから逃げないで」
「はい、逃げません」
「これで話は全部したわ、優斗もこれでいいでしょ?」
「ああ、お前がそう決めたのならそれでいい」
「じゃあこんな暗い話はもうやめましょう、こういう空気は私は苦手だから」
「優斗さんが一パーセントでも愛を与えてくれればそれ以上望みません」
「お前は自分を抑えすぎだ、なんでも言うといいお前が残りの六十年幸せに過ごせるなら大抵の事は聞いてやる、俺からも以上だ」
優香が嗚咽を上げながら泣き出した。千尋が抱き寄せる、泣き終わるまでずっとそうしていた。長い間泣き続けようやく収まった。
泣き終えると、スッキリした顔で言う。
「お二人に会えた事を感謝します、もう逃げたりしません」
「これも因果かしら、優香と出会ったのも何かのお導きだと思うわ」
「運命の二人に関係している気がするな」
優香は二人分のコーヒーを持ってくると。
「今日は泣き疲れたので帰ります」
と言って帰って行った。
「私あんなに怒ったのは産まれて初めてかもしれないわ」
「それだけ優香の事が大切なんだろう、じゃないと普通あんなに言わないぞ」
「そうね、大切な親友で家族みたいなものだから」
「お前はあれで本当によかったのか」
「もう決めた事だからいいわ、そのかわり私をもっと愛してちょうだい」
「もちろんだ、俺は千尋を愛してる」
「ありがとう私も愛してるわ」