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十九・八百比丘尼の恋と龍神様

 千尋達の長い一日が終わった翌日、八百比丘尼は千尋に言われた通りちゃんと早くにやって来た、目が充血している。

 俺が声を掛ける前に千尋が気付いた。


「どうしたの? 泣いてたの?」

「はい」

「何か悲しい事でもあったの?」


 八百比丘尼は頭を振り語りだす。


「私は八百年の間に何人もの夫に先立たれ、知り合いもみんな死んでしまい孤独な放浪旅に出ました、しかし孤独感は増す一方で早く死にたいと思う気持ちでいっぱいの八百年でした、でも閻王が六十年の人生を楽しんでこいと言われ蘇りましたが、昨日みたいな心から楽しいと思える事ができ、嬉しくて泣いていたのです」


 その言葉を聞き千尋も涙を流している。


「あなたが孤独に耐え抜いたのは想像を絶するけど、不老不死じゃなくなったからこれからは一緒に歳をとるわ、私はあなたの事は大切な友達だと思ってる、これからももっと楽しい事があるわ、もう一人じゃないのよ」


 八百比丘尼はまた涙を流して抱き合い。


「ありがとう」


 と何回も言った。

 正直俺ももらい泣きしそうだった。


「私も千尋さんの事大切に思っています、友達と思っても良いのですか?」

「当たり前じゃない、だから悲しい顔は止めて辛い時も楽しい時も一緒よ側にいるわ」


 抱き合ってた二人が離れ、八百比丘尼は笑顔を見せた。こんなに楽しそうな八百比丘尼は初めて見た、やはりかなりの美貌だ。

 千尋は目薬を取り出しさすと八百比丘尼に渡す、八百比丘尼も目薬をさす。


「これですぐに目の充血は収まるわ、それから出掛けましょう」

「はい」

「八百比丘尼よ、千尋は裏切ったりするような奴ではない安心しろ、もちろん俺もだ」

「はい優斗さん、わかっております」

「ならいい」

「優斗さん千尋さん、私はもう比丘尼ではありません、新しく立花優香として生まれ変わりました、優香とお呼び下さい」

「もう尼ではないんだったな、わかった気を付けよう」

「私も気を付けるわ」

「ところで優香、閻王から大金を貰ったと言っていたな」

「はい、六十年遊んで暮らせるくらいだそうです、大きな風呂敷二ついただきました」

「銀行に預けてあるのか?」

「いえ、うちの部屋に置いてます」

「ちょっと優香それは危険だわ、買い物の先に銀行に預けに行くわよ」

「わかりました、取ってきます」


 ゲートを開き姿を消すとすぐに引きずりながら持ってきた。


「すごい大金じゃないの、私達の贔屓にしてる銀行に預けに行くわよ」

「はい」

「銀行印になりそうな印鑑は持ってるの?」

「はい、先日実印を作りました」

「じゃあそれも持って行くわよ」


 数分後俺達は銀行に来ていた、千尋の顔を見ると支店長らしき男がすぐに出てきた。


「神野さん、いつもありがとうございます。今日はどうなされました?」

「大金を預けに来たの」

「もしかしてそちらの方が持っている袋に入っているのですか?」

「そうよ、彼は私の婚約者よ」


 別室に通された。


「神野さんの口座でいいのですか?」

「違うわ、こっちの優香のよちなみに祖父の親類の子よ、新しく口座を一つ作ってちょうだい」

「竜之助さんの親類の方でしたか、失礼しました、いくら入っているのですか?」

「多すぎて数えてないわ」

「ではこちらで調べます、印鑑は持っておられますか?」


 八百比丘尼が実印を見せる。


「では数えている間にこちらの紙にお名前などお書き下さい」


 男は二つの袋を抱え消えて行った。


「優香、こことここに名前と住所と電話番号を書いてちょうだい、最後にここに印鑑を押すのよ」

「はい」


 凄く綺麗な字で記入している。

 数え終わるまでかなり待たされた。ようやく男が戻ってくる。


「おまたせしました、凄い大金ですが全部通帳に入れますか」

「そうね、三十万円は現金で渡してちょうだい残りは全部預けるわ」


 俺は疲れるので聞くのを止めて終わるのを待っていた。出されたお茶を飲んだが不味かった。かなり待たされてやっと終わったようだ、通帳とキャッシュカードと現金が優香に渡された。

 男が名刺を出してきた。


「お二人のお顔も覚えました、今日はありがとうございます」


 銀行を出て、以前茨木童子と来たショッピングモールに入る。

 八百比丘尼は楽しそうにキョロキョロ見回している、千尋が大きな婦人服の店に入る。

 俺はもうヘトヘトに疲れていた。


「あなた、休んでないで付いてきて」

「わかったよ」


 仕方なく二人に付いていく。

 八百比丘尼は千尋の着せ替え人形になっていた、千尋の好みで遊ばれている。

 ミニスカートから見える足は千尋と同じくらい綺麗だ、つい見とれてしまう。


「あなた、いやらしい顔になってるわよ」

「いや、そんなつもりじゃない」

「千尋さん、全部露出度が高くて恥ずかしいです」

「慣れなさい」


 結局千尋が全部勝手に決めた、会計を済ませる。一階の飲食店が並ぶ場所でクレープを食べた、八百比丘尼は凄く美味しいと喜んでいる。二人の生足を見比べるが甲乙付けがたい。


「あなた、またじろじろ足を見てるわね」

「すまん、二人の足が綺麗でつい」

「優斗さんもこういう肌の露出した服が好みなんですか?」

「ああ、男なら誰でもつい見とれてしまう」

「優斗さんの好みなら買ってよかったわ」

「ちょっと優香、今の言葉優斗を喜ばせるために買ったみたいじゃない、いくら親友でも優斗は渡さないわよ」

「すいません、そんなつもりはありません」

「ならいいわ、うちに帰りましょう」


 マンションに戻りやっと落ち着いた、女の買い物は長いというのがよくわかった。


「優香、通帳と印鑑は大切に保管しなさい」

「わかりました」

「ちょっといくら入ってるか見せて」


 通帳を見た千尋が驚いている。


「わぁ、これだけあれば本当に遊んで暮らせるわね、あなたも見る?」

「いや、見せなくていい」

「あなた本当にお金に興味示さないわね、そういうところも大好きよ」

「俺も好きだ、通帳の代わりにアイスコーヒーを頼む疲れた」

「だらしないわね、はいコーヒーと霊酒よ」

「気が利くな」


 霊酒を飲むと体力が回復した、コーヒーをちびちび飲む。千尋がトイレに行った。八百比丘尼が側に来てそっと耳打ちしてくる。


「私も心から優斗さんをお慕いしておりますが、運命の二人の邪魔はいたしません、内緒にしておいて下さい」

「ありがとう、千尋がいなければ俺もお前に惚れてたよ、嘘じゃないぞ」

「そのお言葉だけで十分満足です、この喜びは胸に刻んでけして忘れません、ありがとうございます」


 八百比丘尼はそっと離れて行った。

 同時に千尋が戻ってくる。


「優香、この先結婚とか考えてるの?」

「いいえ、私はもう結婚はいたしません、お慕いした方にまた先立たれるのは耐えれませんから」

「凄い美人なのに勿体無いわね」

「千尋さんの方が美人ですわ」

「ありがとう、お昼ご飯は抜きにしましょうクレープでお腹いっぱいだわ」

「私もです」

「俺もいい」

「決まりね、ゆっくりくつろぎましょう、あなたは疲れたのなら仮眠をしてちょうだい、私は優香ともっとお喋りしたいから」

「わかったよ」


 俺はソファーで横になった、指輪に問いかける。


『さっきの八百比丘尼の慕ってると言う言葉は本気なのか?』

『本気よ、今までの死に別れた夫達以上に本気だわ、彼女の最後の恋になるわ』

『そうか、この事は千尋には絶対に漏らすなよ』

『わかってるわ言わないわよ』

『八百比丘尼に辛い気持ちにさせたな』

『違うわ、あなたのあの言葉で彼女は救われたのよ』

『難しいことはわからん』

『たまに優しく接してあげて、彼女の原動力になるわ』

『普通はそこは突き放した方がいいんじゃないのか?』

『普通ならそうだけど、彼女は特別なのよ』

『わかったよ』


 少し眠りに落ちた、電話の着信音で目が覚める。

 千尋の携帯のようだ、少し長く何か話している、電話が終わったようだ。


「あなた、起きてる?」

「ああ、目が覚めたところだ」

「村上さんから電話があったわ」


 村上って誰だ? 河童の時のエロ住職か。


「要件は何だって?」

「雨も降ってないのに河が氾濫したから、龍神様の祟りだって騒いでたわ、龍神様の怒りを鎮めて欲しいらしいわ、決めつけはよくないって言ったんだけど断りきれなかったわ」

「お前も以前龍神様に会いたいって言ってたじゃないか、とりあえず様子だけ見に行こうじゃないか、日本酒を途中で買って持って行くぞ」

「わかったわ」

「早めに済ませましょう」

「主、入ってもいいか?」

「いいぞ」


 酒呑童子達が揃った。


「ちょうどいいタイミングだったな」

「朝訪ねたのだが、留守のようだったから今来たのだ、また依頼が入ったのか?」

「龍神様の怒りを鎮めに行くだけだ、本当に怒っているのかはわからんがな」

「龍神は苦手だが付いていこう」

「早めに終わらせるぞ今回もお前らの出番はなしだ」

「承知した」

「あなた、日本酒ならおじいちゃんの家にたくさんあるわ、一本貰って行きましょう」

「わかった」


 ゲートを開きじいさんの家に寄り事情を話した。


「龍神様に備えるならいい酒の方がいいじゃろ、持ってくるから少し待ってなさい」


 暫くしてじいさんが一本の日本酒を持ってきた。


「これがいいじゃろ、後でまた来なさい」

「わかりました、ありがとうございます」


 ゲートを開き笹川寺に行く。


「早いのう、そちらの美人は誰かね?」

「立花優香と申します、お二人の助手のような者です。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします、ところでみんな河は見たかね? 絶対に龍神様の怒りに触れたんじゃ」

「では河を見てから龍神様の怒りを収めてきます」

「わしはここで待っておる頼んだぞ」


 とりあえず河を見た、確かに荒れてはいるが龍神様の怒りとは思えない。


「優斗さん、これは龍神様の怒りなどではないと思います」

「俺も今そう思ってたところだ、だが依頼だから見に行こう」


 ゲートを開き山頂付近の湖に降りた。

 湖畔に立ち千尋が叫ぼうとしているのを止める。


「俺が呼ぶ」

「わかったわ」


少し大きな声で呼ぶ。


「龍神様、お姿を見せて下さい、はぐれ陰陽師の坂井優斗です」


 湖が波紋を起こし龍神様が現れた。


「お主が噂で聞いたはぐれ陰陽師か」


 低い声がビリビリと空気を振動させる。

俺は普通の声で答える。


「そうです」

「その娘、八百比丘尼ではないのか?」


 八百比丘尼が答える。


「そうでございます、お久しぶりです」

「隠れているのは三匹の鬼か」


 酒呑童子達が姿を見せる。


「我は主に付いてきただけだ暴れるつもりはない」

「流石だなはぐれ陰陽師よ酒呑童子達まで仲間にするとは驚きじゃ、それでわしに何か用事か」

「下流の方で河が少し氾濫してまして、付近の者達が龍神様の怒りだと騒いでいたので、様子を見に来ただけです」

「わしは怒ってなどいないぞ、先日釣りに来た若者が水門を少し開いたせいであろう」

「やはりそうでしたか、お呼びして申し訳ないです、これお納め下さい」

「わしのせいではないのにくれるのか?」

「はい、お納め下さい、水門を閉めて帰りますありがとうございました」

「よいよい、はぐれ陰陽師坂井優斗それだけの力を持って尚、おごることない性格気に入ったぞ、いつでも力を貸してやろう」


 光と共に龍神様と日本酒が消えた。

 俺達は水門を閉めて寺に戻った。


「帰ってきたか河の氾濫も収まったわい、よくやってくれた、これは足代じゃ収めた日本酒の分も入っている」


 千尋が受け取った。


「では帰ります」

「また何かあった時も頼むぞ」


 返事はせず寺を出てゲートを開きマンションに戻った。


「千尋、ちゃんと龍神様は怒ってないと説明しなくてもよかったのか?」

「いいのよ、その方が龍神様を恐れて来る人も減るわ、それとあの住職また優香の足を舐め回すように見てたから見物料よ」

「そうか確かにこれで湖に近づく人間も減るな、よく思いついたな」

「私だって考えて行動してるんだからね」

「わかったよ、それよりじいさんに報告するの忘れてた」

「あっ、私もだわすぐに行きましょう」


 またゲートを開きじいさんのところへ行った。


「ずいぶん早いじゃないか、どうだったのか聞かせておくれ」


 俺は全部話した。じいさんは笑いながら言う。


「そうか住職はスケベじゃのう、じゃが千尋の判断は正しいと思うぞ誰も責められまい」

「酒の代金お返しします」

「いらんいらん、神様に収めて受け取って貰えたんじゃ、それだけで満足しておる。今度時間のある時にでも八百比丘尼、お前さんの話を聞かせておくれ」

「はい、わかりました」

「では疲れたじゃろ、早く帰りなさい」

「はい、じゃあ失礼します」


 ゲートを開きマンションに戻った。


「疲れた」


 俺はソファーで横になった。


「主が疲れているようだ我らが騒ぐと迷惑になるお前達帰るぞ」

「はい」

「酒呑童子、気を使ってもらって悪いな」

「主が気にすることはない、では失礼する」


 鬼達は帰って行った。


「私もお邪魔かしら?」

「優香は静かだからいてもいいぞ」

「ありがとうございます、霊酒置いておきますね」

「済まないな」


 体を起こし注がれた霊酒を飲む、すぐに疲れがなくなる。


「霊酒のおかげで疲れが飛んだ」

「よかったわね」

「で依頼料はいくら貰ったんだ?」

「五万五千円よ、あの住職いつも中途半端な金額を入れるわね、いくらずつ分ける?」

「私は何もしてないのでいらないですよ」


 千尋は少し考えてから。


「じゃあ半端な五千円だけ受け取って」


 ぐいぐいと押し付ける。


「千尋さん、わかりましたから押さないで下さい」

「優香も好きな人が出来たらこうやって押しまくるのよ」

「わかりました」


 二人がお喋りを始めたので、指輪と話す。


『俺は八百比丘尼にどこまでしてやったらいいかわからんよ』

『指輪でもプレゼントしてあげたらどう?』

『指輪かぁ』

『キスの一つや二つでもしてあげれば?』

『閻王に怒られるだろ』

『そんな事では怒らないわ、楽しい人生を送らせるために蘇ったんだもの』

『でも浮気になってしまうじゃないか』

『それも男なら浮気の一つくらいないと駄目だわ、それにまだ結婚してないんだからいいじゃない』  

『それを仏の分身が言うのか』

『そうよ男を見せなさい、秘密にするから』

『考えておくよ』

『考えるだけじゃ駄目よ、実行しなさい』

『わかったよそのうちしてやるよ』

『それでいいわ』

『今度二人の指輪のサイズを教えてくれ』

『わかったわ』

『話は以上だ』

『また相談を聞いてあげるわ』


 俺は返事をせず二人の方を見た、八百比丘尼の『お慕いしています』という言葉を思い出す。

 指輪の言ってたように結婚してないからいいかと言う気持ちと、浮気は駄目だと言う気持ちの葛藤でもやもやする。とりあえず流れに身を任せようと考えた。


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