十八・千尋と八百比丘尼の長い一日
八百比丘尼が仲間に加わり、次の日から千尋と八百比丘尼の家具の買い物に付き合い三日が過ぎた。
冷蔵庫などの家電製品の使い方は千尋が教えていた、飲み込みが早くすぐに慣れたようだ。
俺はじいさんが名付けた立花優香を術を使い市役所のデータに加えた、保険証も作ってやった、これで怪しまれる事もないだろう。
三日間で千尋と八百比丘尼はかなり仲良くなっていた、まるで姉妹のようだった。八百比丘尼が俺達を『様』付で呼ぶのを千尋が止めさせた。
「『様』は止めてちょうだい」
「では優斗さん千尋さんでいいかしら?」
「それでいいわ」
酒呑童子達とも仲良くなり、八百比丘尼も毎日のように来るようになった。不老不死ではなくなったが、術の能力は消えてはいなかった。
「とこでお二人は地蔵菩薩様の宝具を宿しているみたいですが閻王の宝物ではないのですか?」
「やはり地蔵菩薩の分身だったのか」
「あら、知らされてはなかったのですか? 余計な事を言ってしまいましたね」
「いや、いずれわかるだろうと言われていたから今がその時だったのだろう」
「それなら安心しました」
「私もうすうす感じてたわ」
「その力で世界征服も可能ですわ」
「主はその力で世界の王を望んではおらぬ」
「だから、閻王もその強力な宝具を与えたのですね」
「そうであろう、悪用するような奴には渡すまい、まあ指輪が主と認めなければ使えない宝具だ」
「そうでしょうね」
「兄貴達は謙虚だからな」
「酒呑童子と茨木童子はその力で仲間になったのですか?」
「俺は違う、純粋に兄貴に惹かれたんだ」
「我は主と戦って簡単に負け、従う事になったのだ」
「宝具がなくても運命の二人にはそれだけの力があったようですね」
「うむ、そうであろう」
「優斗さん、これまでの戦いの記憶を見せていただいてもよろしいですか?」
「ああ構わんぞ」
俺は八百比丘尼の額に手を当てこれまでの戦いを見せてやった。
「流石です、長い間生きてきましたがこれほど術を使いこなせる者はいませんでした」
「そうか」
「それと千尋さんも凄い能力を持っておられます、運命の二人というのが納得出来ます」
「八百比丘尼、夕飯の準備するわよ」
「はい」
八百比丘尼は最近千尋に洋食を教わっている、料理を作るのは好きみたいだ、覚えるのも早いらしい。
夕食はオムライスだった。
「今日は八百比丘尼の手料理よ」
酒呑童子は一口食べると言った。
「美味いが中の米は赤飯なのか?」
「酒呑童子違いますよ」
一度食べた事のある茨木童子が説明した。
「そうか、ケチャップと言うのがが混ぜてあるのだな」
食後のコーヒーも八百比丘尼が淹れてくれた。
「主よ、たまには我らと飲み明かそうではないか」
「そうだな、じゃあ今夜は呑もうか、つまみが欲しいな、コンビニに買いに行こう」
千尋と八百比丘尼を残して四人でコンビニに行った。
酒のつまみとお菓子を買い家に戻った。
テーブルには霊酒の他にチューハイが用意されていた。
みんなで飲みながら、他愛のない話で盛り上がった。八百比丘尼がノートパソコンに興味を示し千尋が説明する。
「凄いですわ、この機械一つでいろんな事がわかるなんて驚きました」
「欲しいなら使わなくなった私のパソコンあげるけど使えるの?」
八百比丘尼がパソコンに手をかざす。
「使い方は今覚えました」
「じゃあ私のパソコンをあげるわ」
「いいのですか?」
「いいのよ、使ってないパソコンだから、でもインターネットを使うなら回線を引かないといけないわ」
「そうなのですか」
「このパソコンをあげるからネットで契約するといいわ」
千尋がパソコンを持ってきた。
「はい、ありがとうございます」
八百比丘尼がネットで検索し始めた、キーボードを叩くのが早い。
「契約しました、明日接続に来てくれるみたいです」
「八百比丘尼、お前本当にパソコン使うの初めてなのか? それにしてはかなり慣れているようだが」
「初めてです、操作はすぐに覚えました」
「そうか、ならいい」
再び俺らは飲み始めた、八百比丘尼はパソコンを触っている余程気に入ったのだろう。日の出まで飲み飲み会は終わった。あれほど飲んだのに酔っているのは俺と千尋だけだった。
「主と飲み交わすのは楽しかった、また呑もうではないか」
「俺も楽しかったです、兄貴酔ったのならこれを飲んで下さい」
茨木童子が薬のようなものを渡してきた。
「太郎丸ありがとう」
「では我らは失礼する」
三人の鬼は帰っていった。俺と千尋は早速茨木童子から貰った薬を飲んだ、すーっと酔が覚めていく。
後片付けは八百比丘尼がしてくれた、手慣れているようだ。片付けが終わると礼をいいノートパソコンを持って帰って行った。俺達は少し仮眠をとった。起きたら十時になっていた。
「もし、入ってもよろしいですか」
「八百比丘尼か、いいぞ」
ゲートから八百比丘尼が入って来た、大きな袋を下げている。
「無事にインターネットが接続されました」
「良かったな、その紙袋はなんだ?」
「買い物に行ってきました」
衣類が入っていた。
「ずいぶん買い込んだな」
「ええ、洋服は一着しか持っていなかったので着替えなどを買い揃えました。それとスマホとワイファイも買いました」
「使いこなせるのか?」
「はい、パソコンより簡単です」
「テレパシーが出来るんだから要らないんじゃないのか?」
「電話番号がないと生活が不便なんです」
「まあ確かにそうだな」
記念に俺達の電話番号を交換した。
「本も買ったんだな」
「はい、主に料理の本ですが他にも何冊か文庫本も買いました、毎回千尋さんに教わるのも悪いので自分で挑戦してみます」
「気にしなくてもいいのに」
「いつまでも頼ってばかりにはいきません」
「わかったわ」
「千尋さん下着の付け方を教えて下さい」
「わかったわ、優斗は別の部屋に行っててちょだい、覗いちゃ駄目よ」
「わかったよ、済んだら教えてくれ」
俺は寝室に入った、二人はキャッキャと騒いでいる。暫くしてもういいわよと言われ、リビングに戻った。
「ブラジャーの締め付けが気持ち悪いですわ窮屈に感じます」
「サイズは合ってるわ、馴れるしかないわ、下着は出掛ける時は必ず付けなさい、胸が垂れるわよ、家にいる時や寝る時は外してもいいわ」
「わかりましたもう一つお願いがあります」
「なに?」
「調味料などどれを買っていいのかわからないので一緒に来て貰えないでしょうか?」
「いいわよじゃあスーパーに行きましょう」
三人でスーパーに行った、千尋が説明しながら品物をかごに入れていく、俺はかご二つを持って付いていく要は荷物持ちだ。千尋も足りない食料などを買っている、一通り終わるとレジに向かった。会計を済ませるとマンションに戻った。
「一度自宅に戻ります、後でまた来てもいいでしょうか?」
「いつでも来ていいわよ」
ゲートを開き八百比丘尼は帰って行った。
小一時間程で八百比丘尼がやってきた。レジ袋と料理本を持っている。
「千尋さん、今夜の食事は私に作らせて下さい」
「いいわよ、何を作るの」
「ハンバーグを作ろうと思います」
「いきなり難しいのを作るのね、横で見ておくわ」
「はい、お願いします。一応本やネットで作り方は覚えました、美味しく出来るかはわかりませんが」
「言うのを忘れていたが、市役所のデータに立花優香を追加しておいた、誕生日も年齢もわからなかったから、歳は二十歳誕生日は八月一日にしておいた、これで誰からも怪しまれることはないはずだ、これも渡しておく」
保険証を渡した。
「病院代が安くなるし身分証明書にもなる、無くさないようにな」
「優斗さんありがとうございます」
「今の世の中は便利だが、面倒くさい面もたくさんある」
「はい、なんとなくわかってきました」
千尋のスマホが鳴る、千尋は画面を見て。
「若松さんからよ」
あの寺の住職か。
電話を受け短いやり取りをして切った。
「久しぶりの依頼だわ、墓場に霊がでてお経も効かないのではぐれ陰陽師のあなたに退治して欲しいそうよ、二十一時頃から現れるらしいわ」
「わかったが今回は千尋と八百比丘尼に任せよう、俺がサポートするまでもないだろう」
「わかりました、すぐに片付けますわ」
「一緒にやっつけましょう」
俺は鉄扇を取りポンポンともう一方の手のひらに打ち付ける、考える時の癖になってしまっていた。
「優斗さん、その鉄扇見せて貰ってもよろしいですか?」
「ああ構わないぞ」
八百比丘尼は手に取り目を瞑る。
「かなり強力な霊力の篭った鉄扇ですね」
「俺のじいさんが大切に持っていた鉄扇だ、俺の霊力も入れてある」
「実は私も持っております」
ポケットから扇子を取り出す。
「見事な鉄扇じゃないか、かなり古いみたいだが、その鉄扇にも霊力が宿っているではないか」
「ええ、優斗さんの鉄扇には敵いませんが、霊くらいなら一振りで退治出来ます」
「どこで手に入れたんだ?」
「烏天狗を助けた時にお礼に頂いたのです」
「そうか、烏天狗は気難しいと聞くがどうなんだ?」
「気難しいのではなく仲間意識が高くあまり人間にも物の怪にも近寄りません」
「一度合ってみたいものだ」
「彼らは山を転々と移動しています、こちらの山にもそのうち来るでしょう」
「わかった」
話し終えると千尋と八百比丘尼はファッション雑誌を見始めた。
「現代の衣服は露出度が高いですね」
「これくらい普通よ、八百比丘尼にも似合うと思うわスタイルもいいし」
「でも恥ずかしいですわ」
「慣れれば恥ずかしさなんてなくなるわ」
雑誌を読み終えた二人は談笑している。
「主、入ってもよいか?」
「ああいいぞ」
三人の鬼達が集まる。
「今日は八百比丘尼の手料理だ、その後お化け退治だ」
「承知した」
「今回はお前らの出番はなしだ、千尋と八百比丘尼に任せる」
「では見物しておこう」
「寺の住職も見ているから姿は隠しておいてくれ、夜の九時くらいに行く」
「うむ承知した。あの二人なら五分もかからないであろう」
「さぁ、わからないわよ」
「姉貴と八百比丘尼の力なら瞬殺ですよ」
「まあがんばるわ、八百比丘尼そろそろ料理に取り掛かりましょう」
「はい」
二人がエプロンを着てキッチンに入った。
「主、八百比丘尼も霊力の篭った鉄扇を持っているではないか」
「そうだ、さっき見せて貰ったがなかなかの代物だ」
キッチンからペチペチと音が聞こえる、千尋が指示を出している。俺は酒呑童子達にも烏天狗の事を聞いてみたが八百比丘尼と同じ答えが帰ってきた。
やがてハンバーグとご飯がテーブルに並んだ。
「主、これは肉のようだが何なのだ?」
「ハンバーグだ細かい事はあの二人から聞いてくれ」
俺は一口食べてみる、初めて作ったとは思えないほど美味かった。
「八百比丘尼、本当に初めて作ったのか?」
「はいそうです」
「かなり美味いぞ、ソースもいい感じだ」
「ありがとうございます」
ご飯と交互に食べた。
全員満足したようだ、口々に美味かったと言われ八百比丘尼も笑みをこぼした。
寺に行くまでテレビのお笑い番組を見て楽しんだ。
「主よ、我らはこの漫才とやらがどこで笑えばいいのかわからぬ、歌舞伎や落語はテレビでは見れぬのか?」
テレビを見て笑っているのは、俺と千尋と八百比丘尼だけだった。
「歌舞伎や落語はテレビでは見れない、八百比丘尼でさえ笑っているのにお前らにはわからないのか、まあ仕方がない家では好きな番組を見ればいい」
「人間と鬼達では笑うところが違うようですね、感性の違いです仕方ありませんわ」
八百比丘尼の言葉で納得したようだ。
番組が終わり二十一時までもうすぐだ。
「そろそろ行くぞ、用意は出来たか?」
「いつでも構いませんわ」
「私も」
「時間厳守だ、信頼関係にも繋がる行くぞ」
ゲートを抜け寺の前に出る、本堂まで歩いていくと住職が気付いたようだ。
「坂井さんすいませんね」
「いえ構いませんが今回はこちらの女性二人に任せます、俺が手を出さずともいいでしょう。万が一二人がやられるようなら俺が退治するので安心して下さい」
「わかりました、こちらの女性は初めて見るが紹介してもらえるかね?」
八百比丘尼は丁寧にお辞儀をし。
「立花優香と申します、こちらのお二人の助手のような者ですよろしくお願いします」
「若松といいます、ここの住職をやらせてもらっています」
「では住職この二人を連れて墓場に行きましょう」
「こちらです」
墓場は隣の敷地にあった。
「あれです、もう出ていますおぞましい」
震える声で住職が言う。
「あれはただの霊ではありません、墓場の霊達が集まった怨霊です、お経が効かないのも納得できます、すぐに終わらせます。二人共退治してくれ」
「わかりました」
「わかったわ」
二人が霊に近づく、霊も二人に気付き襲いかかってくる。
「千尋さんここはお任せ下さい」
言うのと同時に鉄扇を取り出し霊の額に当てる、霊は雄叫びをあげ消滅した。
「終わりました」
住職はあまりの速さに唖然としている。
「住職あれが彼女の強さです」
本堂に戻る。
「あなた方二人の力をとくと拝見しました、これは少ないですが除霊のお礼です」
八百比丘尼が受け取らないので千尋が受け取った。
「では我々は帰ります、もう怨霊は出ませんので安心してください」
「わかりました」
寺から出るとゲートを開きマンションに戻った。
鬼達も姿を現す。
「姉さん流石ですね」
「えっ、私の事ですか?」
八百比丘尼はキョトンとしている。
「そうですよ姉さん」
「恥ずかしいわ」
「では我もそう呼ばせてもらおう」
千尋が礼金を開けた。
「あの住職相当儲けてるわね、五万円も入ってるわ」
その中から三万円を八百比丘尼に渡す。
「そんなにいただけませんわ」
「今回退治したのはあなたよ、受け取ってちょうだい。嫌とは言わせないわよ」
「わかりました」
千尋の強引さに渋々受け取った。
「あら、さっきの踏み込みでスカートが破れたわ」
「そんなに長いのを履いてるからよ、それにしても八百比丘尼は強いわね」
「能力的には千尋さんの方が数倍以上強いですよ」
「そう? あんなに咄嗟に手が出ないわ」
「もっと本能的に動けばいいと思います、まだ自身の強さに気付かれてないだけです」
「わかったわ、それよりもうそのスカートは捨てなさい」
「でも、縫えばまだ履けます」
「そういう事じゃないの、今度一緒に服を選んであげるわ買い物に行きましょう」
「わかりました」
「主よ、無事見届けたので我々は帰る事にする」
「わかった」
「でわ私も帰ります」
「わかったわ、今日は楽しかったわね」
「はい、私も楽しかったです」
「八百比丘尼、明日も来なさいショッピングに行くわよ」
「わかりました楽しみにしておきます、おやすみなさい」
みんなが帰り急に静かになった気がする。
「あなた、八百比丘尼が言ってた事は本当なの?」
「強さの事か?」
「うん」
「本当だ、お前の方が何倍も強い、八百比丘尼のアドバイスをしっかり受け止めろ」
「わかった」
そうして長い一日がやっと終わった。