十二・老人と茨木童子
偽の陰陽師集団の事件の二日後警察が来た、千尋はソファーでくつろいでいる。
「坂井優斗君は君か?」
「はいそうですけど」
「二日前君はどこで何をしていた?」
「大学が休みなので部屋でゴロゴロしてましたが」
「アリバイや証人はいるのかね?」
「ないですね」
「ニュースはよく見るかね? はぐれ陰陽師の事件はみたかね?」
「ええ見ましたが」
「四十八人が手足を切断されたんだが、全員がはぐれ陰陽師とか坂井優斗、君の名前を言っている」
「はあ、同姓同名の別人じゃないですか?」
「我々もそう思っているが一応部屋の中を見せてくれないか?」
「いいですよ」
「お嬢さんすいませんね」
「構いませんわ」
見られたらヤバい木刀などは全て見えなくする術をかけた。
「警部やはり間違いじゃないですか?」
「そうだな? こんな若者が一人で拳銃相手にあんな事出来るはずはないしな」
俺は面倒事に巻き込まれるのは嫌だ。千里眼で例の陰陽師集団に術をかけ『坂田優介』と記憶を書き換えた。
警察の無線が音を立てる、何やら応答し手帳を見比べ何か書いている。
俺の方を向き申し訳なさそうに。
「坂井さん、我々の聞き違いで、君じゃなく坂田優介という男でした、申し訳ない」
「いえいえ、構いませんよ」
疑いが晴れ警察が帰った、千尋が笑う。
「上手いことしたわね」
「面倒事は嫌だからな」
姿を消していた茨木童子も姿を現した。
「ふぅ、俺はあの警察ってのが苦手です」
「誰だってそうだ」
「さっき警察が言ってたようにこの街でもはぐれ陰陽師の名は広まっていましたよ」
「人と戦う時は名乗らない方がいいな」
俺のスマホが鳴る、見るとおじいちゃんからだった、電話に出る。たまには顔を見せなさいと言われたので、謝り忙しかった事などを伝えた。ニュースで流れたはぐれ陰陽師は君の事だろう、また聞かせてくれと言って電話が切れた。
「千尋、近い内におじいちゃんのところへ行くぞ」
「じゃあ今から行きましょ?」
「兄貴、俺も連れて行って下さい」
「いいぞ、千尋の祖父だから脅かしたりするなよ、後座敷童子がいるから泣かすなよ」
「わかりました、姉貴のじいさんも強いんですか?」
「普通の老人だ少しだけ霊感があるだけだ」
「兄貴、自動車っていう乗り物に乗ってみたいです」
「じゃあ車で行くか」
千尋はいつの間にか買っていた新しい絵本を抱えていた。
車に乗ると茨木童子が珍しそうに車内を見ている。発進させる。
「兄貴、牛車より早いですね」
「もっと早く走らせる事が出来るがここではこれが限界だ」
「へー、車はどういうカラクリで動くんですか? 街でも見かけますが不思議です」
「ガソリンを知っているか?」
「油みたいなやつですよね」
「そうだ、それを入れて車が走れるんだ」
「なるほど」
「もうすぐ着くぞ」
「俺の寝泊まりしてる近くですね」
「その山も千尋の祖父のものだ」
「そうですか、地主なんですね」
屋敷の前に車を停める。
「茨木童子、姿を消しておけ」
「わかりました」
門を開けて勝手に入るおじいちゃんは池の鯉に餌を撒いていた。声を掛けると嬉しそうに客間に通された。おばあちゃんも座る。
「はぐれ陰陽師は君の事じゃろ?」
「そうです内緒にしておいて下さい」
「誰にも言わんよ、三人いたと聞いたが君と千尋の他に誰がいたのかね? 噂では強い鬼を連れた陰陽師と聞いたが鬼を仲間にしたのかね?」
「やはり情報が早いですね、そうですかなり強い鬼を仲間にしました」
「どんな鬼なんじゃ? 連れてくればよかったのに」
「実は一緒に来てます、姿は隠してますが茨木童子です」
「茨木童子? 強力な鬼ではないか、そんな鬼を仲間にするとは、見せてくれんか」
「わかりました。茨木童子よ姿を見せろ」
「御意」
茨木童子は鬼の姿で現れた。
「我が茨木童子、人間よひれ伏すがいい」
俺が茨木童子に拳骨を落とす。
「おじいちゃん相手に無礼な言葉使いをするんじゃない」
「兄貴すいません」
おじいちゃんが驚いて見ていたが。
「切り落とされた腕があるじゃないか」
「俺がくっつけました」
「我が主に治していただいたのだ」
「茨木童子よ、この方には俺のように普通に話せ」
「よいよい、わしは気にせんよ」
「話のわかる老人よ、我が怖くないのか?」
「怖いとも酒呑童子の一番の家来だからな」
「その通りだよく知っているな」
「お前さんは日本全国で有名じゃからな」
「そうであろう」
「太郎丸、威張り散らしたらコーヒー飲ませてあげないわよ」
「姉貴、すいません」
「太郎丸と言えば昔飼っていたわしの犬の名前と同じ名前ではないか」
「姉貴に付けていただいたんだ、犬っころと一緒にするでない」
「何故人間の名前を付けたんだ?」
「我はよく街に出掛けているが名前を聞かれたりした時に茨木童子だとは言えんだろう、だからだ」
「そうか、ところで茨木童子はコーヒーが好きなのか?」
「うむ、酒の次に美味いからな」
「ではアイスコーヒーを飲ませてやろう」
おばあちゃんが全員分のアイスコーヒーを運んでくれてすぐに出ていった、多分茨木童子が怖いのだろう。
茨木童子は一口飲むと。
「姉貴のアイスコーヒーと味は違うがこれも美味い」
「使ってるコーヒーが違うのよ」
「姉貴、コーヒーにもいろんなのがあるんですか?」
「そうよ」
俺は黙って聞いていたがおじいちゃんに話した。
「おじいちゃん、茨木童子がこの山の小屋で寝泊まりしてますがいいですか?」
「構わんよ、好きに使うといい」
「茨木童子よ、許可をもらったんだ礼を言っておけ」
「山の小屋を借りている、礼を言うぞ」
「あの小屋は狭いじゃろ、もう少し大きい小屋を立ててやろうそこに住むといい」
「おじいちゃん、ありがとうございます」
「我も礼を言うぞ」
「すぐに手配してやろう、茨木童子数日待っていてくれ」
「うむ、わかった」
座敷童子が千尋の後ろに隠れている。
「座敷童子、怖がらなくていいぞ」
「うん、でも怖い」
「童子よ隠れていたのか、我は弱い者をいじめたりはしない安心するがいい」
「わかった」
千尋と座敷童子は縁側に行った、新しい絵本を渡している。
「それにしても君は会う度に成長しているのがわかる」
「ありがとうございます、多分能力が増えたからだと思います」
「どんな能力か見せてくれんか?」
俺は新しい能力を全て見せた。
「神通力までも使えるのか、大したものだ」
「老人よ、主の力は見世物ではないぞ」
「茨木童子よ、いちいち反応するな」
「すいません」
「茨木童子小屋の他に欲しい物はあるか?」
「雨風さえしのげればそれでいい」
「そうか、わしに出来ることがあれば聞いてやるからまた訪れるといい」
「うむ、その時は頼むぞ」
「茨木童子は何故優斗に仕えている?」
「簡単な事だ、我より強いからだ」
「そうか」
千尋がやって来た。
「話は終わった? そろそろ帰りましょ」
「そうだな、茨木童子人間に化けろ」
「わかりました」
茨木童子が人間に化けた。
「ほう、化けるのが上手いんじゃな」
「うむ、街によく遊びに行っているからな」
「小屋が出来たら連絡する待っていなさい」
「うむ、待つのは慣れている」
「ところで老人よ、自動車をたくさん持っているみたいだが金持ちなのか?」
「何、大したものじゃないよ」
「そうか、では失礼する」
車でマンションに戻った。
「太郎丸おじいちゃんと仲良くなったわね」
「あの老人は俺のために小屋を作ってくれるからですよ、それに姉貴の祖父ですし」
「お前の話し方を聞いててひやひやしたぞ」
「前にもいいましたが俺たち化け物は年齢なんて関係ないんですよ」
「無礼な事を言わなかったから安心した」
「姉貴の祖父には言いませんよ」
「ところで茨木童子、お前みたいに俺に仕えてくれそうな鬼や妖怪はいないか?」
「急にどうしたんです? まあいいですが、そうですね同じ鬼の眷属なら一人いますが」
「名は何ていう鬼だ?」
「鬼童丸です」
「あの暴れ者の鬼童丸か」
「兄貴知ってるのですか?」
「ああ、会ったことはないけどな、鬼童丸はどこに住んでいるんだ?」
「ここより遥か北の山です」
「時間のある時に訪ねてみよう」
「悪戯好きですよ」
「それは構わない」
「他にはいるか?」
「うーん烏天狗ですかね」
「烏天狗か、役に立つとは思えないが」
「それが問題なんですよね」
「やっぱりな、大天狗はいないのか?」
「かなり昔に会いましたが居場所がわからないです」
「そうか」
「それにしても兄貴はやたらと俺たち鬼や妖怪に詳しいですね」
「幼い頃からそういう本を読んでいたし、じいさんが詳しかったからな」
「俺一人じゃ物足りませんか?」
茨木童子が不安そうに言った。
「いや、そういうわけじゃない、人数が多い方がいいかなと思っただけだ、お前一人でも十分役に立っているから落ち込むな」
「ありがとうございます」
それから三日後、俺のスマホにおじいちゃんから連絡があった、小屋が出来たらしい。
茨木童子の頭に話しかける。
『茨木童子よ、今どこにいる?』
『小屋で寝てました』
『小屋が立ったらしい、一緒に見に行こう』
『わかりましたどこで待てばいいですか?』
『おじいちゃんの家の前にしよう』
『わかりました』
『俺達もすぐに行く』
『はい』
俺たちは準備するとゲートを開き屋敷の前に行った、茨木童子が遅い道草してるのかと思い話しかける。
『茨木童子よ、どこにいる遅いじゃないか』
『じいさんの広間にいます』
俺たちも屋敷に入った。
茨木童子はおじいちゃんと話をしていた。
「茨木童子中にいるなら先に言え」
「すいません」
「全員揃ったな小屋まで案内してやる、太郎丸行こうか」
いつの間にか二人は、じいさん、太郎丸と呼び合う仲になっていた。
おじいちゃんが先導し茨木童子、俺、千尋の順で歩いて裏山に入った、少し歩くと広い平地に小屋というより小さな家のような建物が立っている。
「太郎丸あれじゃ」
「じいさん、小屋ではなく家じゃないか」
「どうせ住むならちゃんとした家の方がいいじゃろ」
表札に『茨木』と出ている。
「さぁ、家の中を見てみるがいい、太郎丸これが鍵じゃ、無くさんようにな」
茨木童子が鍵を開け中に入る俺達も続く、入って左にキッチンがあり右に扉がある茨木童子はドアを開け入る。
「兄貴、見てくれ家の中に厠と風呂がある、兄貴の家と一緒だ」
興奮しながら話す、見てみると洋式トイレがあり隣に小さいがシャワーと風呂がある。
「凄いじゃないかシャワーまであるな」
「じいさん、シャワーってどう使うんだ?」
俺が風呂とトイレの使い方を教えてやる。
「兄貴、火も使わないで何で湯が出るんですか? 不思議だ」
「ガスって燃料を燃やして湯が出るんだ」
「凄いですね」
風呂場から出て奥の部屋に入る。八畳の部屋がありある程度家具が揃っている。
「兄貴テレビがある、相撲が見れるやつだ」
「ああテレビだな」
「こっちのはベッドってのがある、これで寝るんですよね?」
「そうだ」
折りたたみ式の安いベッドだった。
天井には照明も付いている、少し古いタイプの紐付きの照明だ。
「兄貴、灯りもある付けたり消したりするのはどうするんですか」
「紐を軽く引っ張ってみろ」
照明を付けたり消したりしている。
「これで夜でも字が読めますね」
小さな冷蔵庫もある、リサイクル品だろう少し汚れているがじゅうぶん使える。
「兄貴それはなんですか?」
「冷蔵庫だ」
「兄貴の家のより小さいけど同じだ。じいさんこれ全部使ってもいいのか?
「全部自由に使うといい、太郎丸の家だ。ただエアコンは付いてないが」
「じいさんありがとう、エアコンはなくても大丈夫、俺金ないけどどうすればいい?」
「金はいらん、わしからのプレゼントじゃ」
「プレゼントってなんだ?」
「贈り物のことじゃ」
「じいさん、タダで貰っていいのか?」
「ああ構わんよ、どれくらいここにいるつもりなんだ?」
「何十年もいるつもりだ」
「そうか家を立てたかいがある」
1DKの立派な家だ。
「暴れて壊すなよ」
「わかりました。じいさんありがとう」
「姉貴も見てくれましたか?」
「見たわ、よかったわね」
「俺家に住んだ事がないんですよ、初めての家です」
「太郎丸がそんなに喜んでくれるとは思わなかったわい」
「じいさんはただの金持ちじゃなく大富豪なのか」
「そうだ、お前の家が簡単に建てれるくらいの富豪だ」
俺が説明してやった。
「じいさん俺は化け物だが受けた恩義は忘れねぇ」
「その言葉だけでじゅうぶんだ、困った事があればいつでも言うといい、鍵をかけるのを忘れないようにな」
「わかった」
「一旦わしの家に行って休憩しよう」
茨木童子がゲートを開く、全員でおじいちゃんの屋敷の客間に戻った。
「ばあさん、いつものコーヒーを淹れてやってくれ」
暫くするとおばちゃんがコーヒーを運んできて座る。おばあちゃんも慣れたようだ。
「じいさんの屋敷にも近い、これまで通りまた来てもいいか?」
「ああ、いつでも来なさい」
「茨木童子よ、この三日間毎日遊びに来てたのか?」
「そうですよ」
「おじいちゃん、迷惑かけてませんか」
「大丈夫だ、昔話が聞けてわしも楽しんでおるし、君の活躍も聞けるので面白い」
「じいさん、あの家今日から使ってもいいのか?」
「ああ、さっきも言ったがもう太郎丸の家じゃ、好きに使うといい」
「ありがとう」
「ねぇ太郎丸掃除はちゃんと出来るの?」
「姉貴掃除は苦手です」
「仕方がないわねたまに来てあげるわ」
「千尋大丈夫だ、うちの家政婦に任せる」
「わかったわ」
「姉貴、蹴鞠が欲しいんですが」
「蹴鞠なんか最近は売ってないわ、どうして蹴鞠が欲しいの?」
「最近童子の遊び相手をしてやってるんですが、童子が蹴鞠をやりたいと言うもんで」
「さっちゃんの相手をしてくれてるの? ありがとう蹴鞠に似たのがないか見ておくわ」
「わしの蔵にあるかもしれないからわしも探しておこう」
「お願いします」
「茨木童子おじちゃんに無茶な事頼むなよ」
「大丈夫ですよ、今度自動車で高速道路ってところに乗せてもらう約束はしましたが」
「太郎丸が車に興味があるらしくどれくらい早いか見せてやろうと思ってな」
「それならいいわ、私達はそろそろ帰るわ」
「茨木童子、引っ越しは荷物多いのか?」
「いえ、酒と湯呑と着替えだけです」
「じゃあ手伝わなくてもいいな」
「太郎丸の生活面は心配しなくともよい、わしがなんとかしてやるからな」
「おじいちゃんありがとう、また来るわね」
ゲートを開きリビングに戻った。
「おじいちゃんと太郎丸が仲良くなってよかったわ」
「そうだな、あいつだんだん人間の生活に慣れていってるようだな」
「いいことだわ」
今日の話し方なら失礼にならないだろう。あいつも自分の生活がある放っておこうと考えた。