那朗高校特殊放送部~センター試験アフター編~
筆者:倉井雪絵
"センター試験が終わった"
と、聞いたとき、何を思い浮かべるかしら?
多分、少し前に行われたセンター試験の日程を全て完了し、センター試験という大きな山を越えた、とか?
もしくは、センター試験と言う存在が今年度を以て終了するから、センター試験そのものに対して終了を感じている、
とかかしら。
人によって受け取りかたは違うし、多分どっちも正解だと思うわね。
本題はそこではなくて、今部室で突っ伏している紅葉と夏輝。
その二人の発する、
「「終わったー・・・」」
この、"終わった"についてよ。
「あなた達ね・・・突っ伏してるのは良いんだけど溶けすぎじゃないかしら・・・」
恥も外聞もなく、と言うと言い過ぎではあるけれど、二人とも部で決めた、この部室にいる間はそれぞれの衣装を着ておく、ってルールも忘れて机に張り付いている。
「今日くらいいいじゃないですか?センターの翌日ですよ?」
だって、ルールの制定者がこんな感じだもの。
でも多分、この二人の発した"終わった"って、意味が違う気がするのよね。
紅葉の終わったは、冒頭で話したのと同じ、センター試験というタスクの満了を意味してると考えて良いでしょうね。
紅葉それほど勉強は出来ない訳じゃ無かった筈だし。
一方の夏輝だけど、
あいつはセンター試験の手応えが芳しくなくて、その結果も含めて良くない結末を予見してる、
って意味での"終わった"な気がするのよね。
そして何より、あいつの鞄から自己採点の紙が一部はみ出してるのを見ちゃったのよ…
具体的な数値は伏せておくけど、あれが確かに他の科目も似たような点数なら中々ヤバい、って点数だったわ。
まあ、あいつの志望校は私知らないけれど。
とはいえ私も鬼じゃないから、それを直接問いただすような事はしないわ。
「…とりあえずあなた達ね一応部活なんだから着替えて来たらどう?」
「んー、確かにそうですね」
「うん、私も気分転換に何かコスプレしてくるかー!」
そう言いながら二人は準備室に消えてった。
その隙に、あいつの鞄からはみ出した自己採点の答案を鞄に押し込む。
なんだか勘違いされてることが多いのだけれど、私は別に意地悪な訳では無いのよ?
これくらいの親切心は持ち合わせてるつもり。
「・・・ふぅ」
とりあえず1タスク終え、ため息を付きながら椅子に座る。
ギリリ、と木材と金属が擦れ合う。
壁一枚隔てた裏で、2人が着替えをしている僅かな音が聞こえる空間で物思いに耽る。
って言っても、センター試験の事を思い浮かべてただけだけど。
将来大成したいとか、そう言う希望は特にないけれど、それでも地味で面白みの無い人生は歩みたくない。
だから人並み以上の勉強はしてきた。
でも、将来の夢らしいものは特に無いというか、幼馴染の紅葉の手助けとかしてるだけで割と満足だったのよね。
それで良かった時期はもうすぐ終わりを迎えるのだけれど、そう考えると特殊放送部の中で一番自立してないのは私なのかもしれないわね。
…
…思ったより紅葉遅いわね…
気になって準備室のほうを確認しようと思ったその矢先、
ガチャ、とドアの開く音がする。
準備室の方からではなく、廊下の方から。
「ん、あれ、今日は倉井だけなのか」
「あら三条君じゃない」
そこに居たのは三条翡翠。
私たちと同じ3年では唯一の男子。
つまり同じくセンターを受けた仲間という事になるのだけれど…
「別に私一人じゃないわよ」
私が首の動きで更衣室の方を軽く指すと、その先から笑い声が聞こえてくる。
「あぁ、着替え中か」
「そういう事。覗きは厳禁よ?」
そこに乱入していかないか監視と牽制の意味を込めて、彼にダイレクトに言う。
それに対して彼は、そんな気は全くないように、そのまま棚に自分の荷物を置いていく。
「はぁー、しかしもうすぐ卒業なんだなぁ」
「えぇ。そうね」
「倉井はセンター、どうだったよ」
「私?私は問題なしよ?寧ろ晴れやかな気持ちね」
「だよなぁ…倉井頭良いもんな」
そんな他愛も無い話をしながら三条が荷物を置いているのを見てる。
そしたら、あいつが荷物を置いた拍子に、衝撃か風圧かで、さっき押し込んだはずの夏輝のちょっとヤバ目な自己採点の紙が音も立てずに滑り落ちて行くのが見えた。
そしてそれは、するりと忍び込むように置かれたデスクトップのパソコンの下に入り込んでいった。
「あ"っ…」
「ん、どうかしたか?」
「い、いいえ、何でもないわ」
あれが皆の目に触れればマズイ事になる。
…いや、マズイ事になるのは私じゃないけれど、気まずい事には変わりない。
最悪そのままパソコンの下に隠れてくれればそれでよかったのに、運悪く4分の1ほどが見えている状態。
何らかの拍子に見つかってもおかしくない状態。
流石にあのままだと気になり過ぎるから、また、こっそりと隠す作戦に出るわ。
まずは三条の目を逸らさせる。
「とりあえずあなたも着替えてきたら?」
「いや、俺は衣装貰ってないからなぁ…」
「…そ、そうだったわね」
明らかに焦ってるわね…こんな簡単な事に頭が追いついてない。
なんて思ってたら、
「お待たせしました…」
「今回は違うのを着てみたよ?」
さっき着替えてた二人が戻ってきてしまったわ。
こうなった以上、もう鞄に戻すのは無理だから、気が付かないよう祈るしか無いわね。
とりあえずパソコンの方に視線を向けさせないようにしないといけないわね。
「っていうか、何よその格好」
「ちょっと気分転換にね」
準備室から出てきた夏輝は、ここで着るはずのいつものバニースーツではなく、
何かのキャラの衣装なのか、軍服なのかドレスなのか、何とも形容し難い感じの衣装を着ていたわ。
前に準備室は大掃除したはずなのだけれど…?
一方の紅葉はいつもの和服だったわ。
「これはね、ブルーライン、っていうアニメのー、」
「そういう説明は良いから、どうせ言われても分からないし」
「えー、面白いのにー」
元ネタを説明して来ようとする夏輝を押しとどめて席に着かせる。
やっぱりその説明する声にも少し覇気がないわね。
ともあれ、なんだかんだここに4人集まっちゃったわね…
落ちている夏輝の自己採点の紙に気が付いてるのは私だけの様ね。
今集まっているのは紅葉、夏輝、三条、私。
「3年メンバーが集まったな」
「霜月さんはまだですけれどね」
示し合わせたかのように3年生が集まっている。
まぁ、センターが終わって初の特殊放送部だし、なんとなく分かってた事ではあるわね。
「…なんというか、皆疲れてるような、スッキリしてるような、何とも言えない顔ですね…」
「そりゃまぁ…センター上がりだしな」
「そうそう」
気の抜けたような中途半端で薄い会話が広がる。
皆お疲れムードだし、そんなものだとは思うけれど。
そんな中、紅葉が動き出す。
「…ところで、皆さんテストはどんな感じ…」
「んんっ!」
「?」
地雷ワードを踏みそうになったから、咳払いで一旦流れを切る。
試験の流れになると、個人的には都合が悪いわ。
いや、私そのものは別に良いのだけれど、ほら、今この瞬間にちょっと苦い顔をした橙がいるじゃない?
…その、わかるかしら?
私は別に無傷なんだけど、ダメージを喰らうであろう人が近くに居ると、それを何とかしたくなる感情。
なんというか、そう言うものを今感じてるのよ。
「ど、どうしました?」
「な、何でもないわ」
とはいえ、不自然に話を切ってしまった以上、注目は私に集まる。
「テストの話はこう、もう少し後でもいいんじゃないかしら?やっと解き放たれたばかりなのだし」
「まぁ、それもそうだが、お前さっき晴れやかな気持ちって」
「あなたは黙ってなさい」
不穏なツッコミを入れる三条を制して、
何とか話題を変えようとする。
「今はテストの事は忘れて、何か関係無いことを話しましょう?」
「そうだねー、気分転換とかしたいよね」
実際、いくらテストの結果が万全だったとはいえ、ここ数ヵ月は基本的にテストの事で頭が一杯だったりで、中々フラストレーションが溜まってたのも事実。
「うーん、何か気分転換になりそうな事ってありますかね・・・?いやまぁ、一人でやれることはありますけど・・・」
「どうせなら何か皆で出来ることが良いよな」
「それ、男子が自分だけだからって何か良くないこと考えてない?」
「まさか!俺の本命はバンド部の方に居るからな?」
「それ初耳なんですけど・・・」
「って事は私たちとのこれは遊び!?」
「なんつー言い方してんだ!それに関してはどうせそっちも別にその気じゃないだろ?」
「まあねー」
とりあえず話題は変えられたようね。
新しい被害者が出たけど。
「ま、まぁ、三条さんいじりはその辺にしときましょう・・・?」
「んー、黑音ちゃんが言うなら」
「勘弁してくれ…」
女子3男子1なのになんだかんだ話し慣れてる辺り、彼も女子慣れはしてるのね。
ぶっちゃけバンド部での彼は知らないけど。
「…で、皆でできる何かの話に戻るけど、」
話を逸らし続けるために、逸れた話題をさらに発展させる。
「あぁ、そうだった。…うーん」
「皆で出来そうな気分転換ですか…」
でも、わざわざ私が振る必要は無かったかもしれないわね。
と、皆であれこれ考え出して、私すら例の紙の存在を忘れかけたころ、
「あっ!!」
突然夏輝が叫ぶ。
そして、皆一斉にびくりと跳ねる。
例の事があるせいで、私までちょっと跳ねちゃったじゃない。
「あれ行こうよ!パーティ!!」
「「「パーティ?」」」
ハモった、と言える程同時に皆で声を上げる。
そりゃあ、そんないきなりそんな事言われたらそうなるわよ。
「パーティって、何処へですか?」
「うーん、どっかのレストランとか?」
「別に良いけど、騒ぐんじゃないわよ。公共の場所なんだから」
「…じゃあ、どっか個室借りよっか」
「…騒ぐ気マンマンね…」
はぁぁ、と深いため息を吐きつつも、パーティそのものに否定的な意見は示さない。
実際、いい気分転換にはなりそうだものね。
「でも、個室借りるって、予算はどうするんです?」
「皆で出し合えば数百円位で済まないかなぁ」
「誰かいい感じのとこ知らないかしら?」
いざやるとなっても、あんまりそう言う事をしないから、いまいち良いところを知らない一行。
やっぱり特殊冒険部は実態以上にインドアの集まりね。
私含めて。
「あー、一応俺は知ってるけど…」
「翡翠っち本当!?」
そういうときに役に立つのがバンド部。
いや、偏見かしら?
「その呼び名やめてくれ…とまぁそれは置いておいて、一応、バンド部の方の打ち上げでよく行く店はあるけど…」
「じゃあそこでいいや」
「即答!?」
投げやりなのか、それとも一瞬で色々考えた末の結論なのか、
とはいえ、高校生が個人で借りきれる宴会用の個室なんてたかが知れてるし、それも別に間違いじゃないとは思うけれどね。
初見の店で嫌な思いもしたくないし。
「じゃあ、翡翠っちの行きつけのお店で決定で」
「別に行きつけじゃないけどな…」
「…良い所なんですよね?」
「それは問題なしだ」
「だったら、そこでも構いませんね!」
紅葉の宣言で皆が拍手をする。
人数は少ないからパチパチと乾いた拍手がまばらになるだけだけど。
と、その時、
「いやー、遅れた!すまんな!!」
ガチャン、とドアが取れかねないような音を鳴らしながら、1人部室に飛び込んでくる。
「やっぱり来たわね」
「…居るのは3年組だけか」
「そりゃぁまぁ、な」
霜月詩酉。
うちの最後の3年生で、空手馬鹿。
…だけど、勉強の方は大丈夫なのかしら?
「やっぱセンター終わったから気が抜けてんだろ?」
「「うん」」
霜月さんは私たちの囲むテーブルを眺めるように一周してから、扉と反対側の椅子に座ったわ。
「本当はあたしはスポーツ推薦で能体大行きたかったんだけどな」
へへっ、と若干はにかみながら言う。
能体大…能藤体育大学ね。
ここから少し離れたところにある体育大学。スポーツの本場だし確かにピッタリかもしれないわね。
「推薦ダメだったの?」
「あぁ、なんでも、女子空手は枠が無いらしくてなぁ」
「あー…種目かぁ…」
「今年には五輪の新種目になるんだぞ?あっても良いとは思ったんだけどな」
マイナーな競技でも無いんだから枠なんて作ってあげればいいのに、とも思いつつ、
推薦のシステムを別に理解していない私が何か口を挟むべきではない、とも思うわ。
まぁ、そんな事、私にどうこうできる物じゃない、と思って思考を切り替えようとしたとき、
「ん、なんだあれ?」
「っ!!」
ふとパソコンの方を見た霜月さんが、その下にある、例の紙を見つけてしまったように見える。
っていうか明らかに見つけてるわね…
気が付いた霜月さんはもう席を立ってそれを拾いに行ってるし、もう私には止められない。
ここで止めたら逆に不自然だものね。
「これは…採点?」
それをこっちに持ってこられるのはあまりよろしくない事が分かっている私は、過度に反応する事無く、
あくまでそんなに興味がない風を装う。
「…こ、この点数は…」
「あっ!?それぇ!?」
しかも、それを夏輝が発見する始末。
隠してあげようとしてたアレコレが全部吹っ飛んだわ。
「もしかして…お前のか…?」
「う、うん…」
さっきまでのコスプレでの気分転換が一気に消え失せたローテンションに戻る。
声量は相変わらずだけど。
「あー…いや、すまんな」
同じテストを受けた身として点数から状況を察したのか、霜月さんもだいぶ気まずそうになってるわね。
そして、そんな気まずい空気が他のメンバーにも伝播してる。
ほら、こういうのを避けたかったのよ私は。
…とはいっても、隠しきれなかったのは私だし、あれを出してしまった三条君や、見つけた霜月さんを恨む意味もない。
今はこの暗くなった空気をどうにかするだけ。
紅葉とか本当に一切無関係なのに暗くなってるし。
「…ん?」
その自己採点の紙を夏輝に返そうとした霜月さんが、何かに気が付いたよう。
一旦返すのを辞めて、紙をまじまじと見つめてるわ。
「…これ、自己採点の回答ズレてないか?」
「えっ、嘘ぉ!?」
「ほら、問3の部分。3.4ってA~Dの4択の筈なのに回答Fになってる。これ3.3の回答じゃねぇかな?」
「えぇぇ!?」
夏輝は霜月さんから紙をふんだくるように受け取って、それとにらめっこをし始めた。
比喩的表現だけど、実際にその時の夏輝の顔は相当面白い顔をしていたわよ。
当然、噴き出せる空気感じゃなかったけれど。
「1…2…、あ、ホントだ」
「っていう事は…どうなるんです?」
「…点数が上がるかも!」
グッと眩しいサムズアップを掲げる夏輝の顔には笑顔が戻っていた。
「いやー、この部分だけやけに点数酷いと思ってたんだよねー」
「…他も結構、」
「ボーダー越えられればいいんだよ!」
採点ミスで沈んでたなんて、心配しては私がバカみたいじゃない。
…と思う反面、
「それ、実際の回答もずれてたりしない?」
と言いそうになったけれど、そんなこと言うとまた空気が凍りそうだからやめておくことにしたわ。
「それ、実際の回答もずれたりしてないか?」
言った!
三条の野郎、私がとっさに飲み込んだ一言をあっさりと言ったわね!
「あ、え?、ど、どうかな…?」
ほら、一気に不安ムードになったじゃない!
鞄に飛びついて、元々の回答を漁ってる。
「あった!!」
夏輝は鞄から引っ張り出したそれを、私たちが囲むテーブルに勢いよく叩きつけた。
私達も思いっきり見られる位置だけどいいのかしら?
「えーっと、えーっと…あった、…うん、大丈夫!回答の方はミスしてない…ハズ!はぁー、良かったー」
スピーディーな確認作業と同時の深いため息を吐いた。
それにつられて、私達も自然と安堵のため息がでる。
勿論、無駄に精神をスリ切らした私もね。
「はぁー、全く、驚かせないでよね」
「?何でユキちゃんが驚いてんの?」
「いろいろあんのよ、色々」
「ふーん」
私が裏でやってきたことや、思っていたことは知らない夏輝が、不思議そうな顔をしながら、
テストの鞄に戻すために席を立つ。
そして私はその裏でまた大きくため息を吐いた。
疲れた。
なんなら試験の本番位疲れた…は、言い過ぎだけど、
今日くらいは何か美味しいものでも食って帰ろうかしら。
「そうそう、パーティは今日でいいよね?皆ヒマでしょ?」
「ま、まぁ、予定は無いですけど…」
「あたしも」
「当日予約できたっけな……あ、出来るわ」
「じゃあ今日で決定!!」
「え、ちょっと持って?」
今日!?
「ユキちゃん用事あるの?」
「よ、用事は無いけど…」
「じゃあ今日行っちゃおう!皆予定無いっぽいしね」
「え…えぇ…」
どうやらまだまだ心労は溜まるっぽいし、
美味しいものを食べに行く事も出来ないみたいね…