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一歩近づく(ヴァイス編)

 朝日と共にやって来るのがルストなら、彼はいつも夕日を背負ってやって来る。


 お昼時の一番忙しい時間が終わりほっと息を吐く。

 忙しいので溜めっぱなしにしていた食器を洗い終え夜の準備を整えたあたりで、扉が開く音が私以外誰もいない店内に響いた。

 入り口の方を見れば、開いた隙間から金色の髪が夕陽を反射するのが見える。

 結構好きな光景なので毎回見逃したくなくて、この時間に扉の音が鳴るとつい視線を向けてしまう癖が出来てしまった。


「いらっしゃいませ、ヴァイスさん」


 声をかければ、これもいつも通り、優しい笑みを浮かべる彼が立っている。

 今日もピシッと自警団の制服を着こなし、大きな槍を背負って姿勢よく歩いて来る彼。

 マントが翻るのが彼にすごく似合っていて、かっこいいな、なんていつも思う。


「こんにちは、アヤネさん。今日もお食事を楽しみに来ました」

「そう言って貰えると嬉しいです。今準備しますね」

「お願いします」

「今日は牛肉なんですけど、カルビ丼と肉巻き定食どっちにします?」

「丼の方でお願いします」

「はい、かしこまりました」


 にこにこと笑いながらカウンター前の椅子に腰かけるヴァイスさん。

 どちらかと言えば細身で品のある彼だが、魔物と比べても変わらないくらいには肉食だ。

 おまけに丼物が好きという、色々な意味で見た目を裏切って来る人である。

 大体昼と夜で丼物か定食でローテーションしているのだが、ヴァイスさんが来る時間は大体どちらも対応可能だ。

 この時間帯は昼に用意した残りと、夜用に準備した物がどちらもある事が多いので彼は大体二択の中から好きな方を選んで食べていく。

 まあ、ほとんどの場合丼物を選ぶんだけど。


「ふふ、今日は好きなメニューなので嬉しいです」

「ヴァイスさんこってり系のお肉好きですよね」


 フライパンで両面焼いた牛肉に朝使ったタレと同じものを回しかければ、ジュージューと煙を立てるフライパン。

 それを正面の席から嬉しそうに見つめるヴァイスさん。

 印象は違うが朝のルストと同じ行動だなあ、なんて思いながら炊き立てのご飯を丼ぶりに盛り、湯気の立つお肉をタレごと滑らせるように上にのせて胡麻を振りかける。

 朝の肉巻きおにぎりよりも多めのタレが絡んだ、特製の丼の完成だ。

 出来上がったカルビ丼を白菜の浅漬け、あさりの味噌汁と共にお盆に乗せて彼に差し出す。


「はい、お待たせしました」

「ありがとうございます。今日も美味しそうですね」


 言うが早いか、箸を取り食べ始める彼。

 勢いよく食べているのだが、それでもどこか品があるのがちょっと不思議だ。

 これが漫画の光景だったら周りにキラキラした星が飛んでいるだろう。

 それにしてもちょっと失礼な感想なのかもしれないが、こんな王子様みたいな人が丼物を掻っ込んでいる光景が不思議で仕方ない。

 別にご飯粒を飛ばしてくるわけでも無いし、食べ終わった食器が汚い事も無いので嫌ではないのだが。

 正直見た目の印象で言えばフランス料理とか、クロワッサンと紅茶のセットとかが似合う人なのだ。

 まあ、美味しそうに食べてくれるので嬉しいのは確かだけれど。


「ごちそうさまでした。いつも美味しいのでありがたいです」

「こちらこそありがとうございます。正直料理の修行をしたわけでも無いのでそう言って貰えるとホッとします」

「とても美味しいですよ、すごく好みの味付けなので私の外食先はもう常にここです」

「あはは、嬉しいです」


 これはルストもヴァイスさんも同じなのだが、最近は食べ終わると少し私と話してからダンジョンへ向かっていくようになった。

 話し相手が出来るのは嬉しいし、私も手が空く時間なので喜んで話をする事にしている。

 話している最中、ふと彼の背中の槍に目が行った。

 持ち手の部分や鞘がすごく綺麗な装飾で覆われている、素人目で見ても高そうな槍だ。

 最近なんとなく人の武器が気になってる気がする。


「ヴァイスさんは槍で戦うんでしょう?」

「ええ、幼い頃からずっと鍛錬をしてきている武器ですから」

「ヴァイスさんがその槍を振るう所ってすごく絵になりそうです」

「そうですか?愛用の武器なのでそう言っていただけると嬉しいです。少々照れくさいですが」


 うん、何度イメージしても似合うし素敵だ。


「槍を振るう所を見てみたい気もしますけど、そうなると私がかなりピンチな状況にいるという事になってしまいますね」

「そうですね、もちろんその時はお守り致しますが、危険な事とはなるべく離れているのが一番ですからね」


 当然のようにサラッと守ると口にしてくれるヴァイスさんにちょっと照れ臭くなりながら、もう一つ気になっていた事を聞く。


「ヴァイスさんも魔法を使えるんですか?」

「ええ、光系の魔法でしたら」

「……すごく似合いますね」

「そうですか?光の魔法は治癒にも特化しておりますので、もしお怪我をされた時はお治し致しますよ」


 回復魔法という事だろうか。こちらも彼のイメージにぴったり合っている気がする。


「ありがとうございます。私は魔法が使えないので羨ましいです」

「おや?魔力はしっかりあるように見えますが」

「あはは、色々な人に言われますけど使えないんです。ダークエルフの友人に見てもらったんですけど、魔力はあるけど放出する事が出来ないらしくて」

「それは初めて聞くパターンですね」


 意外そうな顔でこちらを見るヴァイスさんにそんなにこの体質はレアなのか、なんて思う。

 そういえば叔父さんは魔法を使えるんだろうか?

 今度聞いてみようと思いつつ、ヴァイスさんとの会話を続けようとした時だった。

 ガチャリとドアが開く音。

 あまり人は来ないが、以前のジェーンの様にたまたま時間を変えてくる人もいるにはいるので扉の方へ向かって声をあげた。


「いらっしゃいませ」


 入って来たのは見た事のない男性二人組だった。

 ヴァイスさんと同じ服、マントはしていないが自警団の人達だろうか。


「ああ、すみません。客ではないのです。副隊長、ご歓談中すみません。隊長からこの書類のサインが急ぎで欲しいとの事でお持ちしました」


 一歩前に立っていた優しげな風貌の人がそうヴァイスさんに声をかける。

 叔父よりも年上だろうか、品の良い紳士のような印象の人だ。


「ああ、わざわざすまない。これか……今するから少し待て」


 そう言って部下らしき人から書類を受け取るヴァイスさん。

 部下相手にずっと敬語というわけにもいかないんだろうし、偉そうな感じや不快感のない話し方だと思う。

 とはいえ敬語じゃないレアなヴァイスさんだ。

 珍しい光景を見れてちょっと得した気分になる。


「これで大丈夫だ、ご苦労だったな。隊長によろしく頼む」

「はい、ありがとうございます」


 そう言って受け取った男性が、もう一人の人に行くぞ、と声をかける。

 もう一人の男性は多分私よりも若い人だ。

 ずっと黙っているが、この紳士的な人の部下だろうか。

 先に踵を返した男性の後に続くように扉の方を向いたその人が、ちらりとヴァイスさんに視線を向ける。

 視線に含まれる嫌悪感に気が付いて、疑問に思ったのと同時に彼の口が小さく動いた。


「混ざり者のくせに偉そうに……」


 小さな声だったが、静かな店内でしっかり響いた声は嫌悪感に溢れていた。

 先を歩いていた男性が驚いたように振り返る。


「おい!」


 怒りの表情を浮かべる男性に、その男が言い返すように口を大きく開ける。


「だってみんな言ってます! 隊長のお気に入りだか何だか知りませんが、人間の為の自警団に混ざり者がいるなんておかしい、どうせその顔で取り入ったんだろうって!」


 嫌悪感を大量に含んだ視線や声を隠そうともせず大声をあげる男と、怒りからか顔が赤くなっていくもう一人の男性。

 混ざり者、というのが何の事だかはわからないがヴァイスさんへ向けた悪口だという事はわかる。

 ヴァイスさんの方へ視線を向けると、初めて町で会った時と同じような笑顔を浮かべていた。

 いや、あの時とは比べ物にならないくらい冷たい印象を受ける笑顔だ。


「どうやら、君は自警団について勘違いをしているらしいな」


 ぞわり、と背筋に冷たいものが走る。

 今まで聞いた事のないような冷たい声がヴァイスさんの口から発せられたのだと気が付くまで少し時間が掛かった。

 冷たい笑顔を崩さず、声も冷たいままヴァイスさんが続ける。


「自警団は困っている人々を助けるための物だ。そこに魔物や人間などという隔たりは無い。そう教わってきているはずだが、君は自分の感情で自警団の在り方を変えるつもりか?」

「……っ」


 図星だったのか、グッと唇を引き結んだ男がヴァイスさんを睨みつける。

 事情はよく分からないけど、なんだか腹立つ人だな。

 そんな事を思いながら、口を出すわけにもいかず成り行きを見守るしかないのがもどかしい。


「すみません、副隊長。すぐに連れて帰ります。来い!」


 男性に腕を引かれた男はそれでもこちらを睨みつけている。

 その視線がふと私の方を捉え、歪んだ笑みを浮かべ口を開く。


「貴方もその混ざり者に騙されてはいけませんよ! 所詮上辺だけ人間の真似事をした魔物、見た目で人間を誘惑して不幸にするに決まってます!」


 カウンター越しだがヴァイスさんが固まったのがわかった。

 ニヤニヤといびつな笑みを浮かべる男が、私の方を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

 混ざり者、この男の言い方からして魔物の事だろう。

 人間の真似事ってことは、ヴァイスさんは魔物と人間のハーフかなんかなんだろうか。

 多分正解にたどり着いた気がするが、それはそれとしてこの男やっぱり腹が立つ。

 何で勝ち誇った顔してるのこの人、そんな感情が沸き上がって来るがとりあえず客商売の身、にっこり笑顔で返して口を開いた。


「確かに初めてヴァイスさんに会った時はこの人王子様なんじゃないかと思いましたねえ。すごく素敵な人だなあ、って思いましたから。」

「そうでしょう、でも!」

「あ、もちろん今も素敵な人だと思ってますよ。」


 歪んだ笑みのまま、私へ何か言おうとした男から視線をそらしてヴァイスさんの方を見る。

 少しポカンとした顔もレアだな、なんて思いながら続けて口を開く。


「食事のマナーはすごく良いですし、毎回私の作ったご飯を誉めてくださいますし。細かい事に気が付いて、困っている時そっと手を貸してくださる所なんてすごく素敵だと思います。」


 思っていた反応と違ったのか、呆然とこちらを見てくる男の方へは視線を向けずヴァイスさんの方だけを見て笑う。


「歩く姿もすごく姿勢が良くてかっこいいなあと思ってますし、自警団の制服もいつも素敵に着こなされていて好感が持てますし。」


 暴言を吐いてきた男と同じぐらい呆然とした顔でこちらを見てくるヴァイスさんに更に笑いかけて続ける。


「仲良くしてくださるのがすごく嬉しいので、例えば私が何か騙されていたとしてもヴァイスさん相手ならしょうがないかなあって許せますね。ヴァイスさんの事は好きですし、これからも仲良くしてほしいって思ってます。」


 そこまで話して、ようやく男の方へ視線を向ける。


「貴方の言う混ざり者という言葉が私の考えている物と同じかはわかりませんけど、ご存知の通りここは魔物の方々向けの入り口ですので。私はそういった事は全く気にならないんです。ご期待に応えられず申し訳ありません。」


 ずっと笑顔でしゃべっていたから、いい加減に頬が痛くなってきた気がする。

 言葉を無くして、腕を引っ張られたままの体勢で固まる男と、少し口を開けて驚いたような表情でこちらを見るヴァイスさんの視線が痛い。

 膠着状態のようなこの空気は、男の腕を引いていた男性が剣の柄の部分を男の首に叩きつけた事で終わった。

 思わぬ展開に今度は私がポカンとしてしまう。

 気絶した男を肩に抱えた男性が、申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。この者と、同期の者を一度調査し自警団に相応しくないものはそれなりの対応を。一先ずこの者はここには来られない様に移動魔法陣に登録致します。」


 姿勢よく、九十度に腰を折り曲げて謝罪した男性を見てヴァイスさんが溜息を吐く。


「頼んだ。私の事は良いから自警団の在り方をしっかり把握しているかどうかの調査を頼む」

「はっ、かしこまりました。そちらの方も、うちの隊員が申し訳ありませんでした」

「え、いえ、私こそ口答えのような形になってしまいまして申し訳なかったです」


 深々と再度頭を下げた男性が店を出て行き、ようやく落ち着いた気分になった。

 あれ、よく考えたら私本人の前で大分恥ずかしい事をペラペラ話していたような気がする。

 ちらりとヴァイスさんの方を見れば、しっかりと視線がかち合った。


「…………」


 沈黙が痛い。

 けれど、フッとヴァイスさんの表情が緩む。

 すごくリラックスしたような、ホッとしたような笑みが零れた。


「ふふ、あそこまで褒めていただけるとは思いませんでした」

「あー、すみません、冷静になったらちょっと恥ずかしくなってきたので勘弁して下さい」

「私はすごく嬉しかったですよ……彼の言う通り私は混ざり者なので」

「混ざり者、っていうのは初めて聞きましたけど。要は魔物と人間のハーフって事で良いんですか?」

「はい、私は人間の父と魔物の母の間に生まれたので」


 だからあんな感じで肉食なんだろうか、なんてちょっとズレた事を考える。


「正直な話、私のようなハーフはどうしても浮いてしまうのです。人間からも魔物からも。どちらにも属していますが、どちらにも属していない。そんな立場ですので」

「ああ、それで」


 ヴァイスさんが初めて店に来た日、あの竜人の一家が微妙な顔をしていたのはそういう事なんだろうか。

 まだまだ人間と魔物の溝が深い中で、ハーフというのは更に微妙な立場なんだろう。


「あの男が私を混ざり者と呼んだ時、実は少しショックだったんです。貴方との心地良い関係も終わりか、と」

「え、何でそうなるんですか? 私が魔物に偏見が無いのはよくご存じでしょう?」

「ふふふ、そうですね。ですが差別的な考えが多いのは身に染みておりましたので。私の所属する自警団の隊長などは幼い頃から私を知っておりますから、偏見も少なく実力だけで判断していただいて副隊長を任せていただいてるんです。とはいえ世間にそれが通用しないこともわかっていましたが、まさか顔で取り入ったと思われるとは……」

「ヴァイスさん……」

「ですが、そういう偏見のない人もいる事もわかっています。隊長も、タケル殿も、そして貴方も。」


 いつの間にか夕日が沈み始め薄暗くなってきた室内で、暗闇に溶けてしまいそうな笑顔を浮かべる彼。


「私も貴方の事は好きですし、今まで通り仲良くしてくださると嬉しいのですが」


 蕩ける様な笑顔でそう言った彼に今度はこっちが固まる番だった。

 この美形に好き、なんて言われるとそう言った感情でないのがわかっていてもものすごく照れくさい。


「あ、あーはい。私も貴方と話すのは好きなので仲良くして下さい」

「ふふふ、嬉しいです」


 ニコニコ笑う彼を見ていると、まあ良いか、なんて気分になって来る。

 仲良くしたいのは本音だし、夕方のおしゃべりタイムが無くなるのは悲しい。


「そういえば、ヴァイスさんのお母さんってどんな種族の方なんですか?」


 これだけ美形が生まれるんだからやっぱりエルフとかだろうか。

 なんとなく気になって聞いてみると、ヴァイスさんが少し意地悪そうに笑った。


「今は秘密という事で」

「あら、教えていただけないんですか?」

「いえ、貴方と話す時間は楽しいので次の為の話題を取っておこうと思いまして」


 思いがけない返答に面食らっていると、静かにヴァイスさんが椅子から立ち上がる。


「色々あって遅くなってしまいましたが、ダンジョンへ行ってきます。また貴方と話せる時間を楽しみにしていますね」

「……はい、私も楽しみにしてますよ。いってらっしゃい、お気をつけて」


 私の言葉を聞いた彼が、ゆるゆると口角を上げ今日一番の蕩けそうな笑顔を浮かべてからダンジョンへの扉の先へ進んでいく。

 その後ろ姿を見送ってからカウンターに突っ伏す。

 ハーフとか予期せぬ訪問者とか色々あったが、それを打ち消すくらい最後の笑顔の破壊力がすごかった。

 頬が熱い、今日照れすぎで熱が出るんじゃないだろうか。


「……イケメンってずるい」


 本日二度目の言葉を口からこぼして、頬の熱が引くのを待った。





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