一歩近づく(ルスト編)
楽しい女子会の次の日、本日も叔父は絶賛旅行中だ。
アイテム販売と受付をこなしつつ、ご飯を作る。
叔父がキッチンカウンターと受付を繋げてくれたので移動はしやすくなったが、忙しいものは忙しい。
まあお客さんはみんな急がなくていいから、と笑顔で待っていてくれるのだが。
とはいえ、今は開店したての朝なのでお客さんは例によってルスト一人だ。
今日はおにぎりの日、具は鮭と梅、そして肉巻き。
みんなよくこんな朝からお肉とか食べられるよなあ、サーラやジェーンも普通に肉中心の食事だし。
それであのプロポーションが保てるのがものすごく羨ましい。
鮭と梅はもう握り終わったし、味噌汁と卵焼きも作った。卵焼きは日替わりで味を変えている。
砂糖で甘くしたのも良いけど、シンプルに塩も良い。でも今日はだし巻きだ。甘めのだし巻きって美味しいよね。
なので後は肉巻きおにぎりを仕上げたら終わりだ。もう後は焼き直す所まで仕上げてあるのでカウンター前の鉄板で転がしている。
鉄板は叔父が調理が効率化できるように増設してくれた。今度お好み焼きとか焼きそばをここで作って出すのもいいかもしれない。
「アヤネー、まだか?」
鉄板の真ん前の席を陣取ったルストが、鉄板の上で転がるおにぎりから目を離さずに言う。
体よりも大きな尻尾が左右にブンブンと振られている。触り心地がものすごく良さそうな尻尾。いつか触らせてもらえないだろうかなんて思ってる。
因みに今回の肉巻きおにぎりは串に刺してみた。棒状にして、きりたんぽの様に串に刺し、豚バラ肉を巻き付けた後に何度もたれを絡めた自信作だ。
「もう出来るよ、ちょっと待ってね」
最後の仕上げにもう一度たれを入れたボウルにおにぎりを入れ鉄板で転がし、お皿に乗せてから胡麻を振りかける。
甘辛いたれと肉の焼ける匂いが食堂に広がり、目の前でよだれを垂らしそうな勢いで口を開けているルストのお腹から大きな音が聞こえた。
思わず吹き出しそうになりながら、他のおかずを乗せたお盆を差し出す。
「はい、お待たせしました」
「おう! あー、今日も美味そうだなあ、いただきます!」
いつも通り勢いよく手の平を合わせたルストが大きな口でバクバクと食べ進めて行く。
その正面ではモモが小さめの肉巻きおにぎりを小さな手で挟みながら齧っている。
半分程食べたルストが味噌汁を飲み、ふと前で食べるモモに爪を伸ばした。
尖った爪でモモを傷つけないように器用につつく。
「お前は毎日アヤネの飯が食えるんだなあ、羨ましいぜ」
「キュキューッ!」
「おお、悪い悪い」
食事中につつかれて怒ったらしいモモが抗議の声を上げる。
笑いながら謝ったルストがこちらを見て口を開く。
「アヤネ、そろそろ慣れて来たんだろ? タケルがいる時だけでもいいから弁当販売しねえ?」
「あー、そうだね。叔父さんがいる時なら受付とか販売の仕事はしなくていいしそれもありだね」
「売ってくれるならダンジョンの中で食べる用に毎日買うぜ」
「それは嬉しいけど、お弁当って本格的に作った事無いからなあ。とりあえず、叔父さんが帰って来ないと勝手には出せないし。叔父さんが戻って来たら相談してみるよ」
「おう、楽しみにしてるぜ!」
そう言って食事を再開したルストをちらりと見る。元の世界ではあまり関わり合いにならない、というか見た目で避けていた雰囲気の人種だ。
けれどこの世界で魔物と関わってると、見た目が苦手だ、なんて感覚がよくわからなくなってくる。
ルストは普通にいい人だし、ノリも良いので話していて楽しい。
昨日サーラがちょっと乱暴だけど、なんて言っていたけど言葉や動きは乱暴、というか賑やかなだけで実際に傷つけられた事は無い。
ただ体が大きいので、少しの動きでも他の人達と比べると迫力が出て怖いイメージになるのかもしれない。
美味しそうにご飯を掻き込むルストを見ていると、料理を作った身としては嬉しさで温かい気持ちになれるので、彼に関しては苦手意識はゼロだ。
「ごっそうさん、今日も美味かったぜ!」
「ありがとう、ルストの食べっぷり見てると自信が出てくるよ」
ニカッと笑うルストから差し出されるお盆を受け取って水の張った流しへと入れる。
ふと、お盆を持っていた彼の手、というか爪が目に入る。
「ルストはさ、爪で戦うの?」
「ん? おう、そうだぞ。俺らみたいな獣人は殆どの奴が体の一部を変化させて武器にしてる事が多いんだ。」
「あ、そのままじゃないんだ」
「流石に短すぎるだろ、ほら」
そう言ったルストが手の甲をこちらに向ける形で指を天井の方へ向けて力を籠める。
今までも長いなと思っていた爪が一気に伸びて、大きく太く伸びていく。
最終的に鉤爪のようになったのを見て、これは確かに武器になるなと思った。
「うわ、すごいね。自由に形変えられるんだ」
「おう、逆に短くも出来るぜ。」
そう言ってさっき変化させたのとは別の方の手を見せてくれる。
今度はさっきとは逆に、一瞬で爪が短くなった。料理をするので短く切っている私と変わらない長さだ。
「え、すごい! そんなに自由自在なんだね」
「ああ、つってもなんか短いのは落ち着かねえからあんまりしねえけど」
「へえ、普通の武器よりもなんだか強そう」
「……お前変な所で度胸あるよな。普通の人間は武器化した爪なんて見たら怖がるぞ」
少し呆れたような声を出すルストは、確かに雰囲気もワイルド系だし体も大きい。
それだけでも怖がられると前に言っていたし、その怖がった人たちにとっては巨大な爪は更に怖いものなのかもしれない。
「ルストから攻撃された事なんて無いしなあ、その爪だって今初めて見たくらいだし。一度だって向けられたことも無いし」
「へえ……」
ふと一瞬何かを考えたような表情になったルストを疑問に思った瞬間、ヒュンと音がしたと思ったら視界が鉤爪の先端でいっぱいになった。
一拍遅れて、目の前に爪の先端が来ている事に気づく。
「……っわ?! 何、どうしたの? びっくりしたなあ」
「…………は?」
驚いた私に爪を向けたまま、たっぷりと間を開けてルストのポカンとした声が響く。
驚いたように瞳を丸くしたルストが信じられないものを見るような目で私を見つめてくる。
「いや、おま、お前なあ、もう少しビビッて飛びのくとかさ、なんかあんだろ?」
「え、ああ。言われてみれば……まあ、ルストだし大丈夫かなって気はしてる」
意外と恐怖心は無い。尖端恐怖症って訳でもないが普通は至近距離に尖った物があれば警戒するくらいの事はする。
でもルストは無意味に私を傷つけたりはしないだろうという信頼もある。
自分でも意外なくらいに傷つけられる心配はしていなかった。
いまだに信じられないものを見るかのような目で見つめてくるルストにちょっといたずら心が湧いて、爪に当たらないギリギリの所までひょいっと顔を前に出す。
「はあっ?!」
慌てて爪を元に戻したルストが今まで以上に瞳を開いて見つめてくるのに笑顔で返す。
「ほら、ルストは意味もなく私を傷つけたりしないよ。そのくらい仲良くなってるつもりだったんだけど私の独りよがりだった?」
パクパクと口を動かしたルストが、唇をキュッと引き結ぶ。
一瞬遅れて絞り出すような声が彼の口からこぼれた。
「お前は本当に俺を怖がらねえよな」
呆れたような口調なのに、嬉しそうに口の端を上げたルストがしみじみとした声を出す。
「俺が弱いと思ってるわけじゃないんだろ?」
「朝一からウキウキとダンジョンに潜っていく人が弱いなんて全く思えないけど? ルストとの力の差は理解してるよ。私なんて多分ダンジョンで一番弱い敵の百分の一くらいの力も無いし」
「あー……」
全く否定されないどころか、確かにな、といった感じで頷かれてちょっと複雑な気分になった。
「どうせ私は魔法すら使えませんよ」
「ん? 使えないのか?普通に魔力あるだろ」
「友達のダークエルフの子に見てもらったけど、魔力はあっても魔法として放出できないみたいなんだよね。ちょっと魔法使うの憧れてたのに」
「そんな事あるのか? そんな体質の奴がいるなんて初めて聞いたぞ。レアだな」
「全然嬉しくないんだけど」
ふと気になって、食後のお茶を飲み始めたルストに聞いてみる。
「ルストは魔法使えるの?」
「身体強化と、中級の火系魔法なら使えるぜ。大体爪で戦うから火の方はあんまり使わねえけど」
脳筋っぽいのに使えるのか、なんて失礼な感想を抱きながら、ルストが差し出してきた空の湯飲みを受け取る。
「力も強くて魔法も使えるなんて羨ましいなあ。私なんて何かあっても自分の身を守れるかすら怪しいのに」
「そうだな、まあその時は俺が……」
何かを言おうとしたルストが口籠り、自分の口元を抑える。
見開かれた瞳が何かに驚いている事を示していた。
今日はルストのこんな表情ばかり見ている気がする。
「ルスト?」
「ああ、いや、そうだな……その時は俺がちゃんと守ってやるよ」
「え? あ、ありがとう。ルストにそう言って貰えると安心感あるよ」
私の答えを聞いたルストが、ひどく優し気な笑みを浮かべる。
……それはいつも不敵に笑っている彼が初めて見せたような優しい顔で。
一気に顔が熱くなる、頬が赤くなってるような気がする。
頭の中が、うわ、うわ、と軽くパニックになってくる。
私の混乱には気づいていないであろうルストがいつもの笑みに戻り、椅子から立ち上がった。
「じゃあ、俺はまたダンジョンに潜って来るぜ。」
「え? ああ、うん。気を付けてね、行ってらっしゃい。」
いつもの言葉で見送れば、彼もまたいつもの様にウキウキとした雰囲気でダンジョンへの扉へ向かって歩き出す。
扉の所でパッとこちらを振り返ったルストが、楽しそうに笑った。
「俺も、あんたと仲良くなったと思ってるぜ。弁当楽しみにしてる。」
そう言って今度こそダンジョンへ潜っていった彼を見送り、ポツリと呟く。
「イケメンってずるいなあ……」
とりあえず弁当の試作品でも考えようかな、なんて思いながら溜まっている食器を洗うために流しへ向かった。