女子会
地に足が付いたような気がしたあの日から、休みの日以外は毎日お店でご飯を作っている。
朝、昼、夜と食事を作って出す事を繰り返しているとあっという間に時が流れていく。
気が付けばこの世界に来てもう半年は過ぎただろうか。
あの時羨ましく思っていた叔父と魔物の交友関係。
でも今はそれに負けない位に私も色々な魔物と仲良くなった。
女友達も出来た。まあ魔物なんだけど。
元々仲が良かった女性二人組に加わる形で仲良くなったのだが、たまの休みに女子会と称してワイワイ騒げるのは嬉しい。
二人との顔面偏差値の差は悲しくなるだけなので、もう考えないことにしている。
そんな訳で今日はお店が休みの日なのだが、食堂のテーブルに三人で集まってお茶会である。町に行くとやっぱり視線が飛んでくるのが落ち着かないらしい二人と会うにはどうしてもお店になってしまう。
今回はフォンデュの機械が手に入ったのでテーブルの真ん中にはチョコレートの滝が鎮座している。
周りには焼きたての一口サイズに切られたパン、艶やかでカラフルな様々な果物にマシュマロ。
口直し用にサンドイッチとパスタも少量だが用意してある。
今日は女子会。元の世界ではよく学生時代の友人とやっていたっけ。
「んーアヤネの焼いたパン美味しい! チョコにすごく合う!」
そう言って笑うのは、三本の尻尾を持つ狐耳の美少女である。ユラユラと揺れる大きな銀色の尻尾が、彼女が喜んでいる事を示していた。
彼女はサーラ。無邪気に笑いながらパンをチョコの滝に浸しては口に入れてを繰り返している。
「サーラ、貴方パンばかり食べすぎじゃない?」
ちょっと苦笑している落ち着いた雰囲気の女性、ジェーンはそう言いながら色々な具材を交互に口に運んでいる。
彼女はダークエルフと呼ばれる種族で、黒い肌に白く長い髪を持つ妖艶な感じの美女だ。
「喜んでもらえて嬉しいよ、でも二人が持ってきてくれた果物すごくおいしい。業者で買うのと全然違う」
「森で採りたてのを持ってきたからね。あたし達は中々人間の町には行けないから、こっちのパンとかの方が好き」
「森で採れない材料も使ってるしね。ここの食堂が機能してくれたおかげで色々な物が食べられて嬉しいわ」
「だよねー、タケルさんの料理の時は参ったなあ。あたし、状態異常無効の体質なのに一口食べた瞬間に倒れたもん。ジェーンが毒消しの魔法掛けてくれたけど、まさか自分が毒状態になる日が来るとは。」
「お、叔父さんがごめんね」
「サーラが食い意地張ってるからでしょう、出された瞬間に口に入れるんだから」
「ジェーンは口に入れなかったもんね」
「アヤネの前で言うのもなんだけど食べたら駄目な感じがして……」
「いや、いいよ。叔父さんの料理は私も食べた後一週間くらい病院のお世話になったから。目が覚めた時に看護婦さんがこの中で口に入れたものある?って聞いてきたんだけどさ、そこに書かれてた物を後で調べたら全部毒性の強い劇物だったよ」
「使ってる材料も、出来上がった料理も見た目は普通なのにね」
「人間って不思議だよね」
「あれは叔父さんだけだと思うよ」
色々な話題で盛り上がりながら、大量に用意された具材をチョコレートに浸しながら消費していく。
女子会とは別名カロリーを気にしない会なので躊躇なく食べたいものを食べていいのだ。良いんだよ、うん。
そして女子会と言えば、最終的にたどり着くであろう話題は決まっている。
「それで? サーラは幼馴染君と進展したの?」
「うっ……」
「全然よ、会えばなぜか喧嘩してるんだもの」
「あらら」
うめいたサーラがテーブルに突っ伏す。
そう、女が集まれば恋バナにたどり着く事が多いのは仕方ない。ちゃんとそういう話題を出しても大丈夫なメンバーだし。
突っ伏したまま、串に刺さったマシュマロだけを器用に上に向けてサーラが声を絞り出す。
「だって、向こうが喧嘩吹っ掛けてくるんだもん。」
「そうね、本当はデートに誘おうとしてたのに、結局それに乗っちゃって喧嘩別れになったのよね。」
「もう会って挨拶する前に好きですって言っちゃえば?」
「それが出来たら苦労しませんー。小さい頃から一緒だからちゃんと女の子として意識してくれてるのかも怪しいし」
顔を上げてマシュマロに齧りついたサーラは、同じ種族の幼馴染君に恋してる真っ最中だ。
ただどうしても羞恥心からか、会えば口論になるらしい。なんだか可愛らしい恋愛模様を見ているようで微笑ましい。
ジェーンからの情報によるとちゃんと両想いらしいので、幼馴染の方も照れから喧嘩を吹っかけているようだ。
因みにジェーンはダークエルフの長の一人息子との結婚が決まっているらしく、恋の話題を振ればすごく幸せそうに笑ってくれる。
「私はアヤネの恋愛状況も気になるのだけれど」
にこやかに笑いながらジェーンがこちらへ話題を振って来る。
「えー私に飛び火させるの?」
「あたしもそれは気になる! もうここで働きだしてから結構経つし、気になる人とかいないの?」
「サーラは自分の恋の心配をしておきなさいよ」
「あたしの話はもう良いんです! この中で決まった相手どころか恋愛の話題が無いの、アヤネだけじゃん。それとも実は恋人いるの?」
「残念ながらいないね」
「いいなーと思う人はいないの?」
頬杖をついてジェーンが笑う。そんなポーズも決まってる。美人だなあ、羨ましい。
「何? 今日のターゲットは私なの?」
「そうそう、アヤネがターゲットなの。アヤネが仲いいのって……ルストとか?ちょっと乱暴だけど。」
「この間いつもの時間とはずれて夕方に来たら、人間の騎士さんとも仲良さそうに話してたわよね。ヴァイスさんだったかしら。」
「まあ、その二人と話してる事は多いけど。よく見てるね二人とも」
基本的にお客さんは似通った時間に来るので、個人で話す相手はあまりいない。
ただ、朝一番に来るルスト、ちょうど昼食と夕食の間の半端な時間に来るヴァイスさんとは二人きりで話す時間が多い。
叔父さんは私が仕事に慣れて受付作業を覚えだした頃から、店を私に任せて大好きだった一人旅に出る事が増えて来た。
お店を始めてから一年以上、自由気ままに世界を放浪していた叔父にしては我慢していた方じゃないだろうか。
恩も感じているし、叔父が生き生きと出かけていく姿を見るのは好きなので、快く送り出すことにしている。
流石に前の世界とは違って長くても一週間ほどで帰って来るが。
まあ、そんなわけで尚更お客さんが一人しか来ない時間はその人と二人きりになる。
「じゃあ、その二人のどっちかと恋に落ちたりしないの?ルストなんてしょっぱなから結婚申し込んだらしいじゃん。」
「良く知ってるね……あれは食べ物につられただけだと思うよ」
「あの騎士さん以前町で見た事があるけれど、もっと冷たそうな印象だったのよね。貴方には心許しているように見えたけれど?」
「二人とも、何が何でも恋愛話に持って行こうとしてない?」
まあね、と言葉がそろうあたり仲がいいなと思う。
「あの二人はそんな気ないと思うけどなあ」
「二人から矢印は伸びなくてもアヤネから伸びてるかもしれないじゃん」
「それだと、私の片思いって事になるんだけど」
「片思いでも落とせば問題無いって!」
「サーラが言っていいセリフじゃないでしょう。でも仲がいいのは確かじゃないの?どっちが一番仲が良いって思う?」
「一番仲がいい人ねえ……」
ここでモモって言っても絶対に納得してくれなそうだ。私の立場でも絶対納得しない。
一番仲がいい異性って誰だろう、と少し考えてみる。頭に浮かんだのはルストでもヴァイスさんでもなかった。
「一番仲がいい……ロインかなあ」
ほぼ無意識に呟いた言葉に二人の肩が跳ねる。
「え、ええとロインって言った? もしかして吸血鬼の?」
「そう、知ってるの?」
「かなり強い人だし、魔王様の側近を務めていた方だからね。知り合いだったの?」
「あれ、言ってなかったっけ。って言うか側近だったのは初めて知ったや。あんまり前の戦争の話ってしないし」
「そうなんだ……って、一番仲が良いって言った?!」
「うん、まあ向こうがどう思ってるかは知らないけど一番話す時間が多いのはロインかなあ」
「ええ……お店に来てるのすら見た事無いんだけど」
「ロインは来るの遅いからね。基本的にロインが最終のお客さんだから来たらお店閉めちゃうし。夕飯一緒に食べてるから一番話す時間が長いんだよね」
「意外な情報だったわ。」
「そう? まあ、ここで働きだしてから一番最初に会った人だし特別感はあるかも」
最近は叔父がいない事も多いから、夕飯は大体ロインと二人で食べる事が多い。
異性で一番話している時間が長いのは断トツでロインだ。
「で、そのロイン様の事はどう思ってるの?」
「またそこに戻るのね」
「私も気になるわ、どうなの?」
なんだかニヤニヤしている二人に顔が引きつるが、逆の立場だった場合私もこの二人と同じ反応をするだろうから文句は言えない。
「どうって、素敵な人だとは思うよ。でもこれはルストにもヴァイスさんにも言えるけど。三人ともかっこいいと思ってるよ」
「人間目線だとそうなんだねー。まあ恋愛するなら自分と見た目が近い人の方が良いよね」
「良く来る異種族でのご夫婦も素敵だとは思うけどね」
「ああ、あのラブラブの竜人さん一家か」
「確かにあのご夫婦は素敵よね。ああいう夫婦関係って理想だわ」
「お子さんも可愛いよね。お母さん似だし将来ものすごくモテそう」
「それは同感」
全員が深く頷いた所で、話を変えるべく口を開く。
放っておくといつまでもこの話題が続くのが確定してるからだ。
「私は私の事より叔父さんの結婚相手が気になるよ」
「ああ……タケルさんかあ」
「そういえばもう適齢期よね」
「少し過ぎてるかもね」
「ちょっと思ったんだけど、タケルさんが結婚した場合の食事ってどうするんだろうね」
サーラの言葉に一瞬、場が静まり返る。
「確かに。まあ普通に考えれば奥さんが作るよね」
「でもタケルさんって今はアヤネが抑えてるけど、張り切って腕を振るいそうじゃない?」
「あー、叔父さん自分の料理の腕は自覚してるとは思うけど、納得はしてないからなあ」
「毒耐性ある人なら何とか……」
「サーラは駄目だったじゃない」
「お客さんのスライムの人も無理だったって言ってたよ」
「ええっ?毒耐性であの人の上に出る人なんていないよ?あの人自体が毒の集合体なのに」
「奥さんが料理上手なら問題はなさそうだけど」
「夫婦は似るって言うし、奥さんも下手だったりして」
「もうアヤネが作るしか……」
「流石に結婚したての夫婦に放り込まれるのは勘弁なんだけど」
話が色々な所に飛んで行くのも女子会の特徴だと思う。
結局ここから叔父さんの相手の予想をした後、理想の夫婦像について語る会、みたいになっちゃったし。
そうして時間が過ぎて、外が夕焼けで染まる。
窓から差し込むオレンジ色の光に、グーっと伸びをしたサーラが口を開く。
「あー今日ももう終わりかあ。明日もダンジョン攻略頑張らなきゃ」
「そうね、私も帰ったら弓の調子を確かめないと」
「二人ともお疲れ様、私は戦えない分美味しいご飯作っておくからね」
「楽しみにしてるわ」
「そういえば、ジェーンは弓で戦うんだよね。魔法も使えるんでしょう?」
「ええ、治癒魔法と植物系の魔法なら」
「サーラは?」
「私はコレ」
サーラが立てた人差し指にボッ、と青い火が現れる。
「狐火ってやつ?」
「そうそう、魔法は魔力の扱いが苦手だから下級の物しか使えないんだけど」
「下級のが使えるだけ羨ましいよ。私も魔法使ってみたいなあ」
少し考えたような顔をしたジェーンが私をじっと見つめてから首をかしげる。
「魔力は結構強い方だと思うんだけど、使えないの?」
「正直ちょっと真似した事あるけど何も出なかった」
「えー……ダークエルフって魔法特化の種族だからジェーンが言うなら魔力に問題無いってことだと思うんだけど」
「そうね、アヤネ。ちょっとさっきのサーヤみたいに指を立てて魔力を集めてみてくれる?」
「ごめん、魔力を集める感覚すらわからない」
「指先に水が絡むイメージをしながら力を集める感じ」
「火の魔法の方が簡単じゃない?」
「キッチンが近いから暴走したらまずいじゃないの」
「ああ、そっか」
言われた通りイメージしてみるが、何も起こらない。ちょっと悲しい。
魔法を使うのってちょっと憧れてた所があったのに。
難しい顔をしたジェーンが呟く。
「魔力は問題なく集まってるわね。結構多い方だと思うわよ。ただなんというか……放出するための穴が無い感じね」
「集まりはするけど、体の外に出せないって事?」
「そうみたい」
「うわーある意味特異体質だねアヤネ。」
「嬉しくない……」
自分が魔法を使えない事を知りつつ、この日の女子会は終わった。
それにしても恋愛か……正直自分の恋愛なんてこの世界に来てから考えた事も無かったな。
余裕が無かった事もあるし、日々仕事に追われて献立以外をあまり考えてなかった事もある。
帰っていく二人に手を振りながら見送って、部屋へと戻る。
今日は部屋で留守番してくれていたモモに残ったパンをあげて椅子に腰かければ、目の前の机には献立の計画表や発注の書類の山。
これは少しまずいのではないだろうか。
もう二十代も半ばだというのに、色気のある話題はゼロだ。結婚適齢期真っ最中にこれはまずい。
友人二人の恋愛真っ最中な姿を思い出す。
「……いいなあ、私も恋したい」
部屋に響いた私の呟きに答えてくれたのは首をかしげたモモだけだった。