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吸血鬼

 

 この世界の人の中で初めて出会った事になるロイン。

 なんとなく特別に感じてしまうのは仕方ない事だと思う。

 初めて見る魔物と呼ばれる彼らに妙な偏見を持たなかったのは、一番初めに関わった彼が普通の人間と変わらないような空気を纏っていたからだ。

 だからだろうか、なんとなくだがもう一度会う日を楽しみにしていた自分がいる。

 初日と同じ様に彼は扉をくぐってやってきた。怪我をしている様子もない。

 少しほっとして彼に声をかける。


「いらっしゃいませ、ロイン」


 一瞬止まった彼が少し笑って静かな声で返してくれる。


「ああ、また馳走になる」

「うん、今日はちゃんと品数そろえてるからね」

「そうか、楽しみだ」


 うん、やっぱり私この人の纏う空気が好きだな、なんて思う。

 落ち着いているというか、静かというか。

 吸血鬼だからだろうか、夜をイメージさせる人だと思う。


「タケルは?」

「明日朝一で仕入れに行きたい物があるから先に寝るって。お店は私が閉められるし、ロインが最後のお客さんだから平気だろってさ。お金は今度一緒によろしく頼むって言ってたよ」

「わかった……いつもこの時間なんだ。遅くてすまないな」

「私もまだ明日の仕込みがあるから全然大丈夫だよ」


 お店に来るお客さんとは敬語で話すので、ロインとこうして気楽に話せるのは楽しい。

 まあルストも普通に話して欲しいと言ってくれたので、なんだか友人が増えていくみたいで少し嬉しい気がした。


「そう言ってもらえると助かる、君はもう食べたのか?」

「私は最後で良いかと思って、まだ食べてないけど」

「なら、良ければ共にどうだ?」

「それはありがたいけど、ロインは良いの?」

「ああ、たまにタケルと食べる事もあったからな。まああいつの手料理は無理だから弁当が残っていた時だけだが。以前はよく複数人で食卓を囲んでいたからな。誰かと食べるのは嫌いでは無いし、タケルの賑やかさはありがたくもある。」

「……そっか、じゃあお言葉に甘えて」


 どこか寂しそうなロインに気が付かなかったふりをして、二人分のチキンや小鉢などのおかずを準備し、テーブルに着いた彼の前に運ぶ。

 今日は一人でご飯かと思っていたから結構嬉しい。


「お待たせしました、お邪魔します」

「ああ、ありがとう。いただこう」


 お互いポツリポツリと話しながら食事を進めていく。

 元の世界では友達と御飯に行く事も結構あったし、職場でも仲のいい同僚とお弁当を食べていた。

 この世界に来てもう三日。

 以前の交友関係が失われた今、叔父と食事をする事はあっても友人と食卓を囲む事はもう無い。

 ワイワイと騒ぎながらくだらない話で馬鹿みたいに笑ったり、真剣に悩み相談をしてみたり。

 もう味わえない食卓の空気を思い出して苦しくなる。

 叔父という前例を考えれば、私は旅行先で行方不明という扱いになっているんだろう。

 友人達は心配してくれているだろうな、すごく申し訳ない。

 三日たって少し落ち着いたせいか、もう帰れない実感が湧いてきて余計に寂しさが増している今、こうして新しく出会った人と食卓を囲めるのは結構救いになっている。

 無くなってしまった今まで築いてきた交友関係、無いものは無いとわかっている。

 だからこそ新しく出会った人達との関係をこれから進めて行きたいと思う。


「……美味いな」


 どこか噛み締める様にロインが呟く。

 少し悲しそうな、何か懐かしがっているような、そんな声で。


「……そう言って貰えると作った甲斐があるよ。今日一日お客さんに出したけど、もし不味かったらどうしようとかやっぱり考えちゃうから」

「俺は好きな味だ。この肉のソースもあっさりしていて美味しいと思う」


 見た目はあまり人を寄せ付けないようなオーラがあるロインだが、結構話してくれる。

 返答も穏やかで、少し細められた目に好意的な感情が乗っている様に感じた。


「よかった、私もこのソース好きなんだよね。甘酸っぱくて、玉ねぎとも合うし。ロインはさっぱりしてる方が好きなの?」

「そうだな……基本的に魔力回復は血液からだし、それ以外で口に入れる食事はさっぱりした方が好きだ」


 どこか意地の悪そうな笑みを浮かべて彼が言う。

 なるほど、優しいだけの人じゃないって事か。


「へえ、やっぱり吸血鬼にとって血液って濃厚なの?怪我した時とかに舐めても鉄みたいな味しかしないけど」


 私の返答に一瞬面くらったような顔をしたロイン。

 私があまりにも普通に接しているせいか、吸血鬼を思い起こさせるような話題を出したようだ。

 それがなんらかの警告なのか、ただのからかいなのかはわからないけれど。

 一つ溜息をついたロインが口を開く。


「人間が舐めるならそうだろうが吸血鬼にはごちそうだ。他の吸血鬼連中がどう感じるかは知らないが俺は濃厚に感じる」

「へえ……でも今って一応人と共生してるよね? どうやって血を手に入れてるの?」

「輸血用の血液を貰っている。そもそも三口も飲めば魔力は十分回復するからな。食事はそれこそ人間と同じもので問題ない。」

「そうなんだ、良く物語とかで見るけど噛まれたら痛そうだもんね。共生前提だとそうやってもらうのは難しそう」

「まあ、基本的に俺たち吸血鬼に噛まれても痛みは無いがな。噛んだ瞬間にその部分が麻痺するからチクっと位はするかもしれないが」

「そうなの? じゃあ噛まれたら同じように吸血鬼になるとかいう話はどうなの?」

「魔力がかなり強い吸血鬼であれば可能かもな。よっぽど吸血鬼にしてやろう、と強く思っていればの話だが。普通に飲む程度では無理だな。それと飲まれる側の魔力の扱いが下手でなければ難しい」

「へえ、飲まれる側にも条件があるんだ」

「魔法が使えない人間がいるだろう?誰しも魔力自体は持っているが、それでも魔法が使えない人間は魔力の扱いが上手くないんだ。だから吸血鬼にさせるための魔力を自力で弾き出せない」


 へえ、と何度目かの感心したような声を出す私を、ロインが呆れ交じりの顔で見つめて来る。


「まったく、君は俺を怖いとは思わないのか?」

「それ今日お店で何回か聞かれたなあ……直接何らかの被害にあったわけじゃないし、ロインと話してるのは楽しいよ」


 何とも言えないような複雑な顔をしたロインが口を開く前にさらに続ける。


「それに、ロインは私がこの店に来て初めて会った叔父以外の人だから。どうせなら仲良くなりたいと思ってるんだけど」


 驚きで目を見開いたロインが、何かを言おうとしたのか口をわずかに震わせ、結局何も言わずに笑う。


「変わってるな、君は」

「そうかな?」

「ああ、タケルにも言える事だが、なかなかいないタイプだと思うぞ……ごちそうさま」


 いつの間にか空になっている食器を見てもうそんなに時間が経ったのか、なんて思う。


「もうダンジョンに行くの?」

「ああ、日中も動けはするが基本的に俺は夜の方が動けるんでな」


 そう言って立ち上がったロインを見送ろうと、私も椅子から立ち上がる。


「また明日来る……俺も久しぶりに気楽に話せる相手の君とは良い関係を築ければと思う。今日も美味かった、ありがとう」


 初めて見るリラックスしたような笑顔に思わず顔に熱が集まった気がする。

 何よりも、この世界で初めて親しく出来そうな相手が出来た事が嬉しい。


「ありがとう、また明日も待ってるね。何かリクエストがあったら聞くから」

「ならそれも考えておく。君さえよければまた共に食べよう。また明日」

「うん、いってらっしゃい。気を付けてね。また明日」


 赤い瞳を細め、軽く笑ったロインがダンジョンへ向かうのを見送って、明日の約束を思う。

 大丈夫、世界は変わったけれどまた仲良く出来そうな人が出来た。

 きっとこの世界でもやっていける。

 温かくなった胸の奥に幸福感を感じながら、明日の準備をしようとキッチンへ向かった。




 ______


 明日の仕込みも終え、寝る支度を済ませてベッドに腰かければ、窓から月明かりが差し込んでくる。

 世界が違う事を嫌でも意識させる三つの月をじっと見つめる。


 今日は先に部屋へ戻っていたモモは完全に熟睡して起きる気配が無い。

 ぷうぷうと漫画のような鼻提灯が出来ているのに吹き出しそうになる。

 ……この三日間、元の世界の事が頭をよぎる度にどこか寂しい気分になって、独りぼっちなような気分になっていた。

 叔父はいたけれど、もう一年もこの世界で暮らしている叔父は店に来る魔物達とすごく親しいし、町でも色々な交友関係を築いていた。

 あの性格だからあまり感じさせないだけで、私と違って何もわからない状態で、何もない所から始めた叔父がすごく苦労した事はわかっている。

 だから尚更叔父にお世話になって生活の面倒を見てもらっている以上、弱音を吐くのは悪い気がして心の中にため込んでいた。


 今日ロインと話して少し余裕が出来たからだろうか。

 今までいっぱいいっぱいで考えられなかった事が落ち着いて考えられるようになった。

 最初に出会ったこの世界の人はロインだが、私がこの世界に来て最初に出会った生き物はモモだ。

 小さな桃色のドラゴン。

 知らない場所で目覚めた不安を一瞬消すくらいの可愛い子。

 この子こそ最初から私に懐いてくれた一番初めの友達、になるのだろう。

 こんな単純な事にも気が付かなかった。

 ……この世界に来た瞬間から、私は一人なんかじゃなかったんだ。


 微かにキューキュー寝言を言っているモモを見て笑う。

 私はもう大丈夫。


 次の日の朝、目が覚めた時にはもう心の中はすっきりしていた。

 また目を開けてすぐ、視界に入ってきたモモの顔を見て笑う。


「おはよう、モモ」

「キュー!」


 起き上がって、背筋を伸ばして、窓の外に広がる朝日に照らされた渓谷を見つめる。

 ……私がこれから生きていく世界。


「モモ、今日の夜もロインが来てくれるんだって。朝一でルストも来るだろうし、夕方にはヴァイスさんも来るよね。昨日来なかった魔物の人達にも会えるかな。楽しみだね」

「キュー!」


 いつも通りモモを肩に乗せてお店に向かう。

 昨日まで感じていた暗い思いはきれいさっぱり無くなっていた。





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