表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/44

騒動の終わり

 

「シュテル? お前、何故……」


 そう呟いたロインに笑みを濃くした男性が口を開く。


「俺の悪運が強いのは知ってるだろう? まあ自分でもあの状況で生き残ったのは奇跡だと思うがな」


 そう言いながらも彼、おそらく前にロインが話してくれたシュテルという名の魔王が軽く腕を振るう。

 先ほど落ちてきた黒い柱が再度集まりだしていた魔物に突き刺さり、辺りの魔物を消し去っていく。

 衝撃で発生した風に思わず目を閉じると、ロインが翼で庇ってくれる。


「あ、ありがとう」

「ああ」


 返事を返してはくれるが呆然とした雰囲気が抜けないロイン。

 そのロインの怪我をした翼を水流が包み込む。

 え、と思った次の瞬間には翼の怪我が治っていた。


「女の子を庇うのは良いけれど、怪我は治してからの方が良いんじゃない?」


 いつの間にかそばに浮いていた妖艶な女性がそう言って笑ってから空中の魔物に向かって行く。


「回復魔法は効かないって言ってなかった?」

「効かないのは光属性の魔法だけだ。あいつの魔法は水属性だからな」

「水……」


 そう会話しながらも彼女の手から放たれる水流が複数の魔物を打ち落としていくのを見つめていると、今度は近くで火柱が上がる。

 火炎に包まれて消えていく魔物、その煙の向こうには腕に炎を纏う男性が浮かんでいた。

 店に来るお客さんにもいた為、その見た目で精霊と呼ばれる種族の人だと気づく。


「傷が治ったなら呆けていないでさっさと動いたらどうですか?」


 身に纏う燃え盛る炎とは対極の冷静な声でその男性がロインに向けて声を掛ける。

 彼も周りの魔物の方に行こうとしたのか一度別の場所へ視線をやってから不意に私の方を見た。

 しばらく私の顔を見た後、戸惑いがちに男性が口を開く。


「……その、貴方のおかげでミリティとすれ違ったままにならずに済みました。ありがとうございます」

「えっ?」


 それだけ言ってあっという間に目の前から去って行ってしまった男性を目だけで追いかける。

 ミリティ、精霊の男性……まさか彼がミリティの言っていたずっと仲良くしていた精霊の男の子なんだろうか。


「ロイン、あの人達って……」

「幹部共だ。戦争後に行方不明になっていた連中だな。どういうことか、もちろん説明してくれるんだろうなシュテル!」

「怪我が治った途端に元気になったなお前。いや、冷静になったという所か」


 上空にいたシュテルさんが同じ目線の所まで降りて来る。

 彼の目が私を捉えて、再度嬉しそうに細められた。


「まさかお前が人間の女の子を大切そうに抱えているとは思わなかったな。俺はシュテルという、お嬢さんのお名前は?」

「え、あ、彩音です」

「シュテルっ……!」

「わかった、わかったから落ち着けロイン」


 そう会話している私達の周りでは、さっきの二人以外にも幹部らしき人達がダンジョンから出て来る魔物達をどんどん撃退していっている。

 モモの事もしっかり保護してくれているようで、まだ周りに敵意のある魔物はいるが少し安心できた。


「俺が無事だったのは本気で運が良かったからだ。気が付いたらエレンを抱えたまま海中神殿に流れ着いていたんでな。ただ俺はもう身動きがとれる状態じゃなかったし、エレンの回復魔法でほんの僅かずつ回復してもらっていた。流石にあの大怪我じゃ一気に治るなんて無理だったからな」


 エレンと言うのは確かこの人の恋人のお姫様だったはずだ。

 シュテルさんの口振り的に彼女も無事らしい。


「幸い周りは海で魚だらけだったからな。肉が無いのはいただけないが食うものには困らなかったし、怪我をした状態じゃ地上にも戻れん。ともかく体を治すことに専念していた」

「……お前が生き残った理由はわかった。今このタイミングでここに来れた理由は?」

「半年くらい経って、ある程度体が治ったあたりで海中神殿に勇者の奴が来たんでな」

「は?」

「俺も追い打ちをかけに来たのかと思ったが、開口一番謝罪されて違うと気が付いた。勇者と一緒に神殿を出る事も考えたんだが、その時の人間と魔物の関係を考えると俺が生き残っていたとバレるのはまずいだろうと判断したんでな。勇者にも口止めして完治するまで神殿で過ごしたんだ。必要な物は勇者連中が運んでくれたしな。お前には知らせようか悩んだが、勇者の奴が目の前に行ったらお前が暴走しそうだったからな。俺が傷を治してから直接会いに行った方が良いと判断した」


 ぐっと押し黙ったロインはどうやら図星だったらしい。

 ただ無言のままシュテルさんを睨みつつ、そばまで来た魔物へ魔法を当てて撃ち落とした。


「で、勇者が魔物と人間の共生が上手く行ってきたという情報をこの店の情報と一緒に持って来てくれてな。ならそろそろ会いに行っても平気かと思っていた所に前王が色々企んでいる情報が入った」

「やはりこの騒動の原因はあの男か」

「色々前王に都合のいい事が起こったからな。このダンジョンに調査が入っただろう?」

「えっ?」


 二人の会話に口を挟まない様に黙っていたのだが、思わず声が漏れる。

 少し前にミリティと一緒に調査用の札を張りに行ったことを思い出した。

 私を見たシュテルさんが説明するように続けてくれる。


「調査は町の方のダンジョンにも入った。ダンジョン内の調査のためという前提でな。調査に使う札は国直属の騎士団から各町の自警団へと渡されてそれぞれの町にあるダンジョンに張られる事になった。札自体はそれこそ国の中でも強い力を持つ人間が作ったものだし問題ない。だが前王はこっそりと札に調査をしつつも結界を弱らせる効果を追加したんだ。調査は通常通りに進むが時間が来れば結界は破られる」

「そんな……」

「ああ、前王はもう身柄を拘束されているぞ。勇者の仲間だった賢者の奴が俺達が動いた少し前に城へ向かった。現王の体を蝕んでいた毒は取り除かれ、その毒の件と結界の件の証拠もきっちり揃えて行ったからな。前王の拘束の話が来てすぐに俺達も動いたってわけだ」

「じゃあもう大丈夫なんですか?」

「ああ、後はもう出てきちまった魔物を片付ければ終わりだ。流石に目に入った奴を人間も魔物も関係なく襲う連中を野放しにするわけにもいかねえからな」


 そう言って肩をすくめたシュテルさんが、ああ、と思い出したように続ける。


「前の戦争で散らばっていた幹部連中にも何とか連絡が取れたんでな。ここには俺達魔王軍が来たってわけだ。ついでに言うと勇者はこのダンジョンの奥の最深部に向かったぞ。前線を止めて来ると意気揚々と向かった」

「ルストと合流してるかな?」

「おそらくな」

「おお、ルストも奥にいるのか。なら制圧は問題なさそうだな。町の方には勇者と賢者以外の奴らとうちの幹部連中の半分が行ってるしそっちも問題ない」

「ヴァイスが混乱してそうだなあ」


 とりあえず町の方も問題無いと聞いてほっとする。

 戦えるとはいえ皆に何かあったらどうしようと思っていたのだが、どうやら大丈夫そうだ。


「さて、とりあえず話はここまでだ。詳しい事はまた後で話そうぜロイン。今はさっさとこの辺りを片付けるとしよう」

「後でしっかり話してもらうからな。アヤネ、あそこにうちの幹部が張った結界がある。あそこなら問題無いから少し待っていろ」

「うん、守ってくれてありがとう」

「……ああ」


 今までよりもずっと穏やかに笑ったロインに地上の結界の中に降ろしてもらい、飛び上がっていくその背を見送る。

 同じ様に結界の中にいたモモが飛びついて来たのを受け止めて抱きしめながら大きく息を吐き出した。


「モモ、助けてくれてありがとう」

「キュルルル」


 いつも通り擦り寄ってくれるモモを抱えて空を見上げる。

 黒い翼を持つ二人が背中合わせに戦っているのを見ながら、ようやく終わるのだと安堵した。


「ロイン、嬉しそうだね」

「キュー」


 あの悲壮感にあふれた告白を思い出す。

 あの時の様にゆがんだ笑顔でもない、涙を流しながらの笑顔でもない。

 怒ったような顔でシュテルさんを見ながら、それでもどこか嬉しそうに何かを言い合っているロインを見て私まで嬉しくなった。




 それからすぐにダンジョンから出て来る魔物の流れは止まり、魔王軍の幹部たちの圧倒的な力で辺りの魔物達も一掃された。

 移動魔法陣が直り慌てて飛び込んできた叔父さんやサーラ達には泣かれてしまうし、セリスは足を引きずった状態でミリティに肩を借りてまで私の様子を見に来てくれた。

 何とも言えない顔をしたルストが勇者らしき男性に肩を組まれてダンジョンから現れ、町から戻ってきたヴァイスは二人並んで会話するシュテルさんと勇者さんにポカンとしていた。


 お店は無くなってしまったがお客さん達や町の人達も怪我はしたが死者は出なかったと聞いて、やっと心から安心出来てその場に座り込む。

 結局私は何も出来ずにただ守られていただけだ。

 生き残れた以上はまたこういう状況になった時の為に何か自分にも出来る事を探さなければ、そう思いながら未だに煙を上げる自宅を見上げる。

 しばらくは店を開けられないどころか住む場所さえも無くなってしまった。

 まあ命さえあればなんとかなるだろう、そう思ったと同時に同じ事を叔父が言ったので笑ってしまう。


 国の方で家を失った人たちの為に泊まれる場所を確保してくれるらしいので今日はそこに行く事にして、長い一日の終わりをようやく実感できた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ