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魔物の見た目

 

  ようやく始まった食堂で働く生活。


  異世界で魔物相手とはいえ、初めに知り合った二人は普通にベースが人間だったのでちょっと甘く見ていた。


「いやあ、まさかこの食堂で普通のご飯が食べられる日が来るとはねえ」

「タケルの飯はもう威力が兵器並みだったからなあ」

「俺は自分が毒持ちで毒状態になった事なんてなかったから、毒消し飲む日が来るのは完全に想定外だったな」

「お前らなあ……なんだかここ最近貶されまくりだぜ」


  にこやかに会話する魔物三人と叔父。

 入って来た時思わず驚いた私を笑顔で許してくれたくらい良い人達だ。

  見た目が木で幹に開いた穴から話す人、そして岩に顔が付いた人、そして最後の一人はスライム。

  ゲームや漫画でよく見るデフォルメされた姿ではない。声は女性でも木は普通に木だし、浮いているとはいえ岩は岩。スライムは元の世界でおもちゃで売っていたようなドロッとした粘着質の液体だ。

  ところでスライムの彼は目を閉じるとすさまじいイケメンが浮かぶ位に良い声をしているのだが、どこから声を発しているんだろうか? 


 ここに来る魔物は皆フレンドリーだ。

 おかげで見た目で驚く事はあっても恐怖感は感じない。


「気に入ってもらえて嬉しいです。また食べに来てくださいね」

「こんな店なら喜んで食べに来るよ。タケルが弁当を用意してくれたのももちろん嬉しかったけど出来立てのご飯が食べられるのも嬉しいしねえ」

「アヤネちゃんも優しいし、ダンジョンに潜る前は寄らせてもらうよ」

「そんな、私最初驚いてしまって申し訳ないです」

「やだ、驚きと嫌悪感の差ぐらいわかるわよ。美味しいごはんと笑顔があるなら全然居心地がいいし私もまた来るわ」

「ありがとうございます、お待ちしてますね。いってらっしゃい、お気をつけて」


 叔父に言われたこともあるが、自分でも言いたくて毎回見送る時はいってらっしゃい、気を付けて、と口にしている。

 みんながみんな、驚いた後嬉しそうにしてくれるので私の対応は間違っていないんだろう。


 因みに昼食は叔父の猛烈な推しによって朝のチキンサンドのチキンを使った照り焼きチキン丼になった。

 ドロッとしたタレがご飯に絡むのはパンと合わせるのとは違う美味しさがあると思う。

 ちょっと思ったんだがこの手はいけるんじゃないだろうか。

 サンドイッチ等で朝出した具材がおかずになる物ならそのまま昼や夜に使った方が調理計画も立てやすい。

 ここでご飯を食べる人たちは食べてからダンジョンへ潜り、そのままアイテムを使って直に帰宅するらしいので食べるのは一日一回だ。

 つまり、朝昼夜と食材が同じでも問題は無い。

 毎食、肉を入れてくれと言われているし、魚だってメニューによっては応用が利く。

 何だったら煮物とかに肉を入れても良いし。

 色々と考えながら初めて出会う魔物たちに驚いたり談笑したりしながらあわただしく過ごしていると、あっという間に時間が過ぎていく。

 もう夕方だ。気が付くと大きな窓からオレンジ色の夕日が差し込んでいる。


「もう夕方かあ」

「ふふ、お疲れ様。今日が初めてだって言ってたものね」

「ああ、俺達は助かるがこれだけたくさんの食事を出すのは大変だろう」

「おつかれさまー」


 そんな声をかけてくれるのは、カウンター前に立つ魔物夫婦とその子供だ。

 父親は竜人……普通に二足歩行のドラゴンと言った所だろうか。

 母親はちょっと別の意味でびっくりしたのだが人魚だった。

 水が無くて大丈夫なのかと思ったがふよふよと宙に浮かんでいる……すごく美人だ。

 そしてその子供、人間で言うとまだ幼稚園児位の身長なのだがちゃんと戦えるらしい。

 母親似の上半身と父親似の下半身、つまり人間ベースの顔に恐竜のような足でポテポテと歩いている。

 母親に似て将来美人になるであろう顔には無邪気な笑顔が浮かんでいた。


「ありがとうございます、お口に合えばいいんですけど」

「おいしかったよ」

「ああ、久しぶりにこの子に凝ったものを食べさせてあげられた」

「私も色々作りたいのだけれど町には少し行き辛くて。結局自力で調達出来る物ばかりになってしまうから」

「潜る時は寄らせてもらうよ。久しぶりに充実した食事だった。ああ、もちろんお前が作った物も美味いぞ」

「やだ、あなたったら」


 照れたように笑う奥さんに、街中でいちゃつくカップルを見ている時のような感覚を覚えつつ笑う。

 こうやって見ると見た目以外人間と変わらない。

 朝から驚いてばかりだが、だんだん順応してきた気がする。


 扉の音がしたのは彼ら親子がダンジョンに向かおうと席を立った時だった。

 そちらを見ると、開かれた扉の隙間から夕陽に反射した髪がキラキラと輝くのが見える。

 夕陽の中だとさらに王子様に見えるなあ、なんて思いながら口を開く。


「いらっしゃいませ、ヴァイスさん」


 静かに入って来た彼が少し驚いたようにこちらを見て笑った。


「こんにちはアヤネさん。お食事いただきに参りました」


 少し視線を動かした彼の笑顔がカウンターに寄り掛かるようにして私と会話していた親子を見て少し強張る。

 不思議に思って私も親子の方を見るとこちらも少し固まってるようだった。

 一拍おいて親子の方が私を見て口を開く。


「じゃあね、アヤネ。また来るわ」

「またおいしいものたべさせてね!」

「じゃあな、俺達はもうダンジョンに潜るから。また来る」

「あ、ありがとうございました。いってらっしゃい、お気をつけて」


 そう言った私の顔を他の魔物たちと同じように驚いた顔で見た彼らが、また同じように笑ってダンジョンへ向かって行くのを見送る。

 ヴァイスの方を見るとこちらも少し驚いた顔をしていたが、すぐに叔父の所で受付を済ませてこちらへと歩いて来る。

 そのまま私の前のカウンターへと腰かけた。


「昨日ぶりですね、お食事の方お願いします」

「はい、少々お待ちください。今なら鶏肉の味付けを照り焼きかさっぱりめのネギソースか選べますけど、どちらにします?」

「ではネギの方で」


 もう三食チキンでいこうと決めたのは良いが、お客さんは一回しか食べなくても私たちは三回食べる。

 せめて味は変えようと思い、ちょっと時間が空いた時にネギソースを作っておいたのだ。

 温めておいたチキンをフライパンで焼き直しながら、あらかじめ作って温めてある味噌汁やら小鉢やらをお盆に乗せていく。

 カリカリに焼いた鶏肉を切って、上に甘酸っぱいネギソースをかければ完成だ。


「はい、お待たせしました」

「ありがとうございます。美味しそうですね、いただきます」


 そう言って食べだしたヴァイスさんは姿勢も良いし食べ方もすごく品がある。

 あまりジロジロ見るわけにはいかないがこの人本当に王子様じゃないんだよね?

 自警団の副団長だって言ってたけど、王族の人だって言われても納得出来る。


「おい彩音、ちょっと釣銭無くなったから町で両替して来る。二十分くらいで戻るしヴァイスしかいねえから良いだろ?客が来たら支払いは俺が来てからって言っとけばいいから」

「わかった、ご飯食べるっていう人だったら出してて良い?」

「おう」

「それではタケル殿が戻るまでは私が居ましょう。今日が初めてという事はまだ初対面の方がいらっしゃるでしょうし。私でも不安を和らげる事くらいは出来るでしょう?」


 思いがけない提案にぎょっとする。

 確かに昨日知り合ったばかりとはいえ居てもらえればありがたい。

 けれど彼もダンジョンが目的で来ているのだ。しかも仕事が終わった後に。


「え、でもダンジョンに潜るのが遅れてしまいますけど」

「タケル殿が戻って来るのを待つくらいなら問題ありませんよ。両替が出来る店は魔法陣の側ですし」

「悪いなヴァイス、ちょっと頼むわ。今日に限って皆でかい札で出すもんだから足りなくなっちまって」

「いえいえ、お気をつけて」


 急ぎ足で出て言った叔父を見送り、改めてヴァイスさんにお礼を言う。


「すみません、ありがとうございます」

「いえ、美味しいお食事のお礼です。正直いつもは冷えた弁当等で済ませているので、久しぶりに美味しいと思える食事でした。ごちそうさまです。」


 そう言って空になった器の乗ったお盆を差し出してくる彼から受け取り、今まで貯めていた分と一緒に洗い出す。

 なんだかお弁当率高いな。


「ヴァイスさんは自警団の方なんですよね。そちらではお食事出ないんですか?」

「いえ、食堂はあるのですが時間が決まっておりまして。私がここのダンジョンに来る前はちょうど開いていないのです」

「そうなんですね、ならまたよろしければ食べに来てくださいね」

「ええ、もちろん。ダンジョンが開いている時はほぼ毎日来ますのでよろしくお願いしますね。中途半端な時間で申し訳ありませんが」

「ここでは時間は気にしてませんから。お好きな時に来てください」

「助かります」


 そう言ってふわりと笑う彼はやはり素敵な人だと思う。

 普通にご飯を作ってくれる恋人くらい居そうなのだが。

 その彼の笑みがふと少し曇り、どこか言い辛そうに口を開く。


「その、このような事を聞くのは失礼なのかもしれませんが、アヤネさんは魔物が怖くは無いのですか?」


 ちょっと意外な質問だった。

 まあ、彼も自警団として町を見て回っている身だろうし町の人たちが怖がっているのを見て疑問に思うのかもしれない。


「あまり怖いとかは思いませんね。ここに来られる方々は皆さん良い方ばかりでしたし。まあ私もあの叔父と同じ血縁上にいますからね。変な度胸があるのは血筋かもしれません」


 最初は真剣に聞いていた彼も、後半の言葉に納得したらしい。

 少し笑いながらさらに口を開く。


「確かにタケル殿は少し例外かもしれませんね。先程見た目が人間とは違う方々と和やかに話されていたので少し驚いたのです。町の人達はあまり魔物と関わろうとしませんから」

「見た目ですか。正直に言うとここに来て初めに出会った二人が人型だったので今日色々な方を見てびっくりはしましたね。話してみれば皆さんフレンドリーでしたので今はもう気になりませんけど」

「そうですか……以前は町の人々もそうだったのですが。やはり先の魔王討伐の時に一度敵対していますし以前のような気やすい関係になるのは難しいのでしょう」


 複雑そうな顔をしたヴァイスさんが目を伏せる。


「ヴァイスさんは、その以前の様に仲良く共存していきたいんですか?」

「そうですね、色々と複雑な思いはありますが……そうなれば嬉しいですね」


 伏せていた顔を上げてヴァイスさんが笑う。


「あなたが先程彼らを気を付けて、と送り出していたのを見て少し希望が湧いたのです。一人でも差別がない人間が居れば少しは変わるきっかけになるのではないかと」

「どうでしょうね、私はこの店の中で活動していることが多いですし。ただ、見た目で怖がったりはしませんし、まあ……普通に接客する事にしますよ。こういう事に特効薬は無いでしょうから」

「ふふ、そうですね。ですが貴方は買い物に行く時その子を肩に乗せていたでしょう?」


 彼の視線の先にはかごの中でスヤスヤ眠るモモがいる。


「町の人々はあの大きさの竜ですら怖いものなのです。ですが昨日貴方が肩に乗せて歩いていたのを目撃した方がちょっと可愛かった、なんて言っているのも見かけましたよ」

「それは、ちょっと嬉しいですね。」

「はい。特効薬は無くとも小さなことの積み重ねはきっと出来るでしょう。私も何か考えてみようと思います。もっとも私の立場も色々複雑なのですが」

「え?」


 疑問に思った私に、ふふっ、と意味ありげな笑みを向けて彼が笑う。

 聞かれたくない事なのだろうか。

 そんな事を思った時、入り口からバタバタと大きな足音が響いて来る。

 叔父が帰って来たようだ。大きな音を立ててドアが開く。


「おう、約束通り二十分程度で帰って来たぜ。ヴァイス、悪かったな」

「いえいえ、アヤネさんと色々と話せて楽しかったですよ。それでは私もダンジョンへ向かう事に致します」

「あ、ありがとうございました。また来てくださいね。お待ちしてます」

「ええ、明日もダンジョンへ来る予定ですのでお料理楽しみにしておりますね」

「あはは、頑張ります。いってらっしゃい、お気をつけて」


 少し驚いた後、笑って手を振ってくれたのは魔物達と同じ反応だった。

 こういう光景を見るとあまり差は無いように思うんだけどなあ。

 もっともこれは戦争を経験してない私だから思う事なのかもしれないが。


「なんだ彩音、ルストに続いてヴァイスまで落としたのか?」

「何でそうなるの。ちょっと、ニヤニヤするのやめてくれない?」

「あいつが女相手にああいう好意的な対応するのって実は珍しいんだぜ」

「ええっ? 昨日町で会った時もああいう感じじゃなかった?」

「いや、町の時は俺がいたから若干緩和されてたがよそ向けの笑顔だったぞ。今日は心から笑ってた」

「そうなの?」

「いやあ、俺の姪はモテるなあ。俺はあいつらならおススメ出来るぜ。」

「アホな事言ってないで両替してきたお金早くレジに入れなよ。もうそろそろ夜に食べる人たちが来始めるんでしょ」

「ああ、そうだった!」


 慌ててレジの準備をする叔父に溜息を吐きながら、自分も夜の食事の準備を始める。

 とはいえ、夜来るのは二、三人らしいしそんなに慌てる事も無い。

 そして毎日最後……初日と同じくらいの時間にロインが来るらしいので彼が来れば今日の業務は終わりだ。


 一昨日見送った彼は、ダンジョンで怪我はしなかっただろうか。無事に今日も来てくれるだろうか。

 なんとなくロインが来るのを心待ちにしつつ、夜の準備と明日のための仕込みを始める事にした。



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