救いの手
最悪の場合ロインと心中する事になる覚悟は決めたが、出来れば生き残りたいのは二人とも同じだ。
ロインが私を落とす気がない以上、せめて彼の邪魔にならないようにじっと縮こまっておく。
幸いなのは店の周りの地形の関係で足場になる地面が少ない為、地上から攻撃して来る魔物の数が増えない事だろうか。
それでも飛んでくる攻撃の量は多いので、ロインが躱したり迎撃したりする度に不安定なジェットコースターに乗っている気分になる。
家から上がる黒煙も増えて来て、心の中でひたすらモモの無事を祈った。
まだモモがいた辺りからは煙は出ていないが時間の問題だろう。
早く、早く、誰か……自分にこの状況をひっくり返す力が無いのが苦しくて情けない。
ぐっと唇をかみしめた瞬間、家から今までで一番大きな爆発音が上がった。
凄まじい爆風で何も見えず、風に煽られたロインがバランスを崩しかけたのか体が四方八方に揺れる。
必死に目を見開いた先で家が半分吹き飛んでいるのが見えた。
残った部分の壁に炎が舐めるように揺れている。
口から息が数回漏れてから、ようやく声が飛び出した。
「モモっ……! モモがっ」
ロインが霧で隠してくれたモモが眠っていた場所は分厚い瓦礫で埋まっており、煙が上がっていた。
近くにモモの姿は見えない、最悪の想像で頭の中がいっぱいになる。
初めてこの世界に来た日、私の手の平に収まる大きさだった小さな桃色のドラゴン。
毎日一緒に過ごして来たあの子の姿がどこにもない。
モモがいた辺りの瓦礫の上を魔物が走り回っているのが見えてジワリと視界が滲む。
「アヤネ……ちッ!」
ロインの舌打ちが聞こえたと同時に体にぐんと負荷がかかり、小さく悲鳴が漏れた。
一気に上昇したらしいロインが止まり、周りをまた魔物に囲まれている事に気が付く。
ロインが構えるより先に魔物達の口から炎の玉が吐き出された。
滲んだ視界の向こうから燃え盛る火の玉が目前に迫り、頭の中が真っ白になる。
ロインの翼が私を庇う様に包み込んだのが見えた。
死……その言葉が頭の中を埋めた一瞬後、目の前まで来た火の玉が吹き飛ばされていった。
火の玉だけでなく周りを囲んでいた魔物の一角もいなくなっている。
魔物が消えた部分の空中にはひらひらと桃色の花びらが舞っていた。
「えっ?」
「……アヤネ、あそこだ」
思わず飛びだした疑問の声にロインがそう答えてくれて、彼に示された場所へ視線を向ける。
あ、と声が漏れてまた視界がジワリと滲んだ。
さっきまで必死に探していた桃色の体が瓦礫と化した家の上にポツンと立っているのが見える。
こちらをまっすぐ見据えるモモの体には怪我らしい怪我は見えない。
その顔は今まで見た事が無いくらいに怒りに満ちており、鼻に皺をよせ牙をむき出しにしたモモが唸っているのが分かった。
周りの魔物もモモの周りを囲んではいるが、一定の距離を保ったまま近づいていない。
こちらを見据えたままのモモが大きく口を開けた瞬間、体と同じ桃色の花びらと共にすさまじい強風がこちらへ向かって発射された。
モモが吐き出した風は私達の周りを囲む魔物に当たり、さらに別の一角から魔物がいなくなる。
「モモっ……」
「成長途中とはいえ流石ライゼドラゴンと言った所か。君は本当に魔物に好かれるな」
「……どうせなら周りを囲んでる魔物達にも好かれたかったよ」
「違いない」
モモの無事を確認して安心したせいかそんな軽口をこぼすくらいの余裕は出来た。
けれどすぐにダンジョンから溢れ出してくる魔物にまた包囲されてしまう。
「チッ、しつこい連中だ」
モモの方にも魔物がにじり寄って行っているのが見える。
あの子も口から先ほどの花びら交じりの風を吐き出しているが、倒した先からどんどん新しい魔物が加わってしまう。
家が壊れたせいで地上に魔物が走り回れるスペースが増え、さっきよりも状況は悪くなっている気がした。
「あいつらの内のどちらでも良い、さっさとなんとかしてもらいたいものだ」
襲ってきた魔物を魔法で弾き飛ばしながら皮肉交じりの声でロインが笑う。
いつの間にか私達を囲む魔物の数がどんどん増えていっているのに気が付いて再度唇を噛み締めた。
魔物の数とは反対にロインの顔色はどんどん悪くなってくるし、地上で囲まれているモモはやはりまだ飛べないようだ。
空中にいる私達を気にしながらゆっくりと渓谷の方へ後退して行っている。
私達を気にしなくて良くなればモモなら助かるかもしれない。
飛べないとはいえ多少浮く事は出来るはずだし、落下して地面ギリギリで浮上すれば渓谷の底に覆い茂る森がモモの姿を隠してくれるだろう。
また頭の中を死、という単語がまわり始め、思わずロインの服を握りしめる。
それに気が付いたらしいロインが私を見下ろして優しく笑った。
「守れるだけは守る。守れなかったらさっき言った通り俺と一緒に死んでくれ」
「……うん」
前に突き出したロインの腕に闇がまとわりつき、それを見た周りの魔物達が口を開けて火の玉を発射しようと力を籠めだす。
覚悟を決めなければならないのだろうか、強くロインの服を握り締めた時だった。
空中に浮かぶ私達よりも更に高い場所から真っ黒の柱のような物が大量に落下してきて、周りを包囲していた魔物全てに突き刺さった。
「……え?」
貫かれた魔物の姿がサラサラと空中に溶けて消えたのを合図にするように、様々な場所から炎や氷が次々飛んできては周りの魔物に命中し消し去っていく。
私以上に混乱している様子のロインが辺りを見回しているのが分かる。
「よお、ロイン。久しぶりだな」
上空からそう声が降ってきて、ロインと二人で空を見上げる。
見上げた先には一人の男性が浮かんでいた。
ロインと同じように真っ黒な翼、黒いマントがバサバサと風に煽られている。
まるで楽しくて仕方ないと言わんばかりの笑みは、叔父がいつも浮かべている物とよく似ていた。
「……シュテル?」
呆然とそう呟いたロインの声に、空中に浮かぶ男性が更に笑みを深めた。
その視線がロインと彼の腕の中の私の間を数度行き来し、にやり笑った男性が口を開く。
「お前のそんな顔が見られるのなら、復活した甲斐があるってものだ」
愉快そうに笑い続ける男性を呆然と見つめるロイン。
救いの手は誰も予測していなかった所から伸ばされたようだ。




