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襲撃3【ロインの選択と答え】

 ガタガタと揺れる家に血の気が引いて来るのがわかる。

 あの男達が襲撃した時とは比べ物にならないくらい怖い。

 これでロインがこの場におらず一人きりだったら発狂している自信がある。


「アヤネ、こっちに寄っておけ。いざという時は君を抱えてここから飛ぶ」


 そう言ったロインに手招きされて人が出られるサイズの大きな窓の方に身を寄せた。

 隣に立つロインはいつもより冷たい印象を受ける瞳でじっと窓の外、店の入り口がある方を見下ろしている。

 時折来る振動に魔物の声が混ざり始めたと同時にロインに引き寄せられた。

 完全に密着した体は普段なら私が照れてロインがからかってくる所なのだろうが、今は緊張感でそれどころでは無い。

 怪我をした彼の体の負担を少しでも減らすためにも、じっとその腕の中に納まっておく。

 モモは相変わらず眠っているのか、ロインの魔法が掛かった今私には見る事は出来ない。


「まだ結界の振動や声を遮断する部分が無くなっただけだ。重要な防御部分は無事だし壊れにくい」


 私を安心させるようにそう言ってくれたロインだが、彼がそう言い終わった途端に家へ伝わる振動が大きくなった。

 息をつめた私の体を更に強くロインが引き寄せる。

 ガタン、と一層大きな揺れを感じた瞬間、窓からロインが飛び出した。


「……っ」


 顔に当たる風が痛い位で目が開けられない。

 ロインが急上昇したらしく、絶叫マシンに乗った時みたいにお腹にゾワリとした感覚が走る。

 飛び上がったロインが止まった所でそっと目を開けた。

 周りの現状を把握した瞬間、口から悲鳴のような息が漏れる。

 腰に回されたロインの腕の力がさらに強まった。

 上空にいるにもかかわらず、周りを空飛ぶ魔物に包囲されている。

 いつも店に来てくれるお客さん達とは違う、ギラギラと嫌な光をたたえた瞳が私達を睨むように見つめている。

 地上の足場がある部分にも飛ぶ手段を持たない魔物がうろついており、さっきまで私達が居た窓の辺りは破壊され黒煙が上がっていた。


「モモっ……」

「入り口だけだ、あのドラゴンの所までは行っていない」


 油断なく辺りの魔物を見返しているロインがそう言った後、家の方を一度だけ見る。


「おかしい、いくらなんでも破られるのが早すぎる。いや、破られたというよりは結界ごと消失したような感じだ」

「えっ」

「そもそもダンジョンの結界もいくら強い敵が出て来ようともそうそう壊れる物じゃない。もしかしたらダンジョンの方も……」

「結界が無くなったって事?」

「そう考えた方が自然だ、俺にはそれが出来そうなやつは一人しか思い浮かばないが」

「……前王って結界術に秀でてたんだっけ? この国に魔物が入れない結界を張ったって言ってたよね」

「それどころか、こういったダンジョンに張られている結界も前王が考案した物が元になっているはずだ。改良はされているだろうが元になる部分を理解していれば結界の操作は自在だろうな」

「なんでそんな事……」

「今のまま魔物相手に戦争を起こしても前の時の様に全面戦争にはならないからな。むしろ個人で親交のある人間と魔物が急激に増えてきた今、反発が起こる可能性の方が強い。だがダンジョンからあふれ出して来た魔物が人間を襲ったとすれば魔物への感情を悪化させる人間は増えるだろう」

「そんなっ」

「まあ前王がやったという証拠は何も無いが。ただ俺の予測が正しくても前王の思い通りにはならないだろう。ここから避難して行った店の客達が町の人間を守っていると言っていたし、ヴァイスが張り切っていたからな。何とかするだろう。それよりも今はここをどう切り抜けるか……っ」


 急に旋回したロインの体に思わずしがみつく。

 彼が止まり、さっきまでいた場所を見れば黒い闇に体を貫かれた魔物が数匹渓谷に落下していく所だった。

 以前抱えて飛んでもらった時とは違い今の支えはロインの腕一本だ、空中で揺れる足の先にも支えは何も無い。


「悪いが揺れや安定感に関しては気は使えないぞ」

「わかってる、抱えて飛んでもらってるだけでもありがたいよ……何かあったら渓谷に落っことして良いからね」


 流石に覚悟を決めなければとそう言ったが、ロインからは呆れたような声が返って来ただけだった。


「どうしてここでそんな発言が出て来るんだ。離す気はないから逆に励ますようなことを言ってくれた方がありがたい」

「励ますような事?」


 そんな会話をしながらもロインは私を支えていない方の腕から闇や氷を出して魔物をどんどん渓谷へ落としていっている。

 それでも数が減らないのはダンジョンから続々と沸いて来ているからだ。

 空中を素早く飛び回るロインの体に必死にしがみつきながら、彼と会話を進める。


「ここを乗り切ったら君が首から吸血させてくれるというなら、もっと張り切れるが?」

「そんな事っ? ここまで怪我して守ってくれてるのにお礼がそんなので良いの? 助かったら首でもどこでも吸って良いよ!」

「言ったな? この件が解決したら夜に会いに行くから覚悟しておけ」

「なんで夜っ?」


 近くまで一気に迫ってきた魔物にロインが作り出した真っ赤な剣が突き刺さる。

 突き刺した勢いのまま降下したロインがさっきまでいた場所を、地上の魔物から放たれたであろう魔法が通過していくのが見えてぞっとする。

 私を庇いつつ空中の魔物を片付け、地上の魔物の攻撃にも対応するロインは本当に強い人なんだろう。

 戦いを間近で見たのは初めてだが、ロインが強いおかげかそれとも麻痺しているのか今の所恐怖は感じていない。

 さっきまで家で警戒していた時の方が怖かったくらいだ。

 まるでいつもの軽口の様な会話にも助けられているが、ロインの顔色が魔法を使うたびにどんどん悪くなってくるのに気が付いて恐怖では無く不安が湧き上がって来た。


「白昼堂々人目のある所で噛みついて良いなら俺は構わないぞ」

「夜でお願いします! 今は大丈夫なの? 魔力が足りないなら腕からでも吸う?」

「……気づかいは出来ないぞ。今の状況で噛んだ痛みを抑えるだけの魔力を君に注入できない」

「それくらい良いよ!」


 そう言ったとほぼ同時に腕に痛みが走る。

 普段麻酔を効かせてくれているのはやはりロインの気遣いだったらしい。

 いつもと違って痛みがあるし三口どころかガッツリ持って行かれた気がするが、これで彼が回復するならば安い物だ。

 一気に顔色が良くなったのを見て彼が吸血鬼で良かったと安堵した。

 とはいえ現状は変わらず、魔物の数は減らないままだ。


「本当に追い詰められたら落としてね」

「君だけ落として俺一人で助かるくらいならば俺も一緒に落下する。その時は一緒に死んでくれ」


 ロインが私を見て笑うのを見て、何を言っても彼は私だけを落とす事は無いのだと気が付いた。

 場違いなくらいの彼の笑顔に思わず私も苦笑して、その時は死んだ後にまたすぐに会えるねと呟く。

 私の言葉に何か返そうとしたのか一度口を開いたロインが、少し驚いた表情に変わった後可笑しそうに笑った。


「ロイン?」

「いや、前に言っただろう。君への感情を愛と呼ぶのなら俺はあの時のシュテルの気持ちを心から理解できると。今あいつと姫と同じ状況になってこういう事かと実感しただけだ」


 魔物に囲まれた空中で、支えは負傷したロインの腕一本。

 追い詰められたこの状況で、私かロインが生を諦めれば待っているのは渓谷への落下だけだ。

 ロインに聞いたシュテルさんと姫様が崖の上で勇者に追い詰められた時とほぼ同じ状況。


「この先に待ち受けるのが生でも死でも俺はこの腕から君を離さない。落ちる時も助かる時も君と共にある。きっとこれはあの時のシュテルと同じ答えなんだろう」


 この場に似つかわしくない穏やかな笑顔でロインが笑う。

 腰に回った手に力が入ったのを感じて、私も彼に笑い返した。


 


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