襲撃1【ルストの選択と答え】
こちらに向かって飛び掛かって来る魔物の口の中の牙が妙にくっきりと見える。
咄嗟に動く事も出来ず固まった私を庇おうとロインが動いた瞬間、魔物が空中で血を噴き出して吹き飛んでいった。
「おい、無事か!」
「大丈夫ですかっ……何やってるんですかロイン殿! あなたの闇属性は強すぎるから私の光属性の回復魔法は効かないどころか逆効果なんですよ!」
さっきの魔物はそれぞれ爪と槍を構えて走り寄って来たルストとヴァイスの手で倒されたようだ。
ロインの翼の怪我を見たヴァイスがそう叫ぶが、ロインは平気だと呟いただけだった。
「ロインは吹き飛んだ扉から私を庇ってくれて……ごめんね」
「あんたに当たってた方が大惨事だ。こいつは頑丈だからその内治るだろ」
そう笑い飛ばしたルストだが、その瞳はいつもと違って剣呑な光を灯したまま油断なく辺りを見回している。
私にもたれかかるように座っていたロインも若干ふらつきながら立ち上がった。
「ロイン、怪我が……」
「この程度問題ない。元々翼は痛覚が鈍い場所だ」
「戦える方々が武器を持ってたのが幸いでしたね。ここに集まっていた方々もケガ人は出ましたが重症者はいません。扉に近かった方々から移動魔法陣へ向かっています」
「タケルが心配してたぜ、無事で良かった。って、呑気に話してる場合じゃねえな」
「そうです、ねっ!」
飛びかかってきた魔物をするりと交わしたヴァイスの槍が魔物の体を貫き弾き飛ばす。
未だにダンジョンの扉からは次々と見た事も無いような魔物が飛び出してきていた。
「チッ! 人の馴染みの店を好き勝手しやがって」
「まったくだ」
吐き捨てる様にそう言ったルストとロインが鋭く周りを睨みつける。
三人が私を庇うように立ってくれているので今の所身の危険はそれほど感じないがいつまでもここで座り込んでいるわけにもいかない。
周りを気にしながらも立ち上がると、さっき壁に打ち付けた背中にズキリと痛みが走る。
庇ってもらったおかげで怪我はしておらず、ぶつかった衝撃で痛いだけのようだ。
立ち上がった事で店の入り口付近の方まで見えるようになり、ようやく現状を把握できた。
かなりの数の魔物が雪崩れ込んで来ているが店内に残っているお客さん達がそれぞれ相手をしてくれているようで、倒れていたり大怪我をしている人は見えない。
入り口のドア周辺はポッカリと大穴が開き、外の渓谷と青空が鮮明に見える。
あの男達の襲撃では無事だったキッチンもぐちゃぐちゃに破壊され、コンロやオーブンは煙を吹き作業台は潰れていた。
その奥の壁も削れるような形で大きく無くなっており、そばにあった食糧庫の中で肉を齧っている魔物が見える。
素人目で見てもわかってしまった、もう修理は不可能だろう。
私のこの世界に来てからの一年、皆との出会いの場……幸せな思い出が溢れるこの場所が無くなってしまった。
「……っ」
そんな場合じゃないのはわかっている。
それでもどうしようもない喪失感に襲われて、ぼやけた視界の中で下唇を噛んだ。
ここで悲しんでいる場合じゃない、私が此処にいたらきっとみんな私を守ろうとする。
そうなったら足手まといでしかない、ロインだって私と一緒でなければ怪我なんてせずに扉をかわせたはずだ。
どうして私は戦えないんだろう。
使える武器も無く、魔力はあってもこの状況で使える魔法も持っていない。
……いや、今は無い物ねだりをしている場合ではない。
ぎゅっと手を握り締めてから、皆に声を掛けるために顔を上げようとした時だった。
ポスッと頭に軽い衝撃が走り、一拍置いて大きな手が私の頭に乗っている事に気が付いた。
視線を上げるといつもの様に明るく笑うルストと目が合う。
「んな顔すんなって。魔物連中はすぐに何とかしてくるからよ」
笑顔からも頭上でピンと立った耳からも自信をのぞかせてルストが笑う。
私の頭をグリグリと撫でたルストが周りで戦っていたお店のお客さん達に向かって声を掛ける。
「おいお前ら、ここで戦ってても前線の方を何とかしなきゃ意味がねえ! 最深部で戦ってた奴は俺とダンジョンに潜るぞ!」
「……おう、そうだな! ここで戦ってると店が更地になっちまう」
「私達は最前線に行くにはまだ力不足だから避難指示ともう入ってきちゃった魔物の相手をするわ!」
日々戦い続けている彼らは自分や周りの実力を一瞬で判断して自分の役目を見つけているようだ。
あっという間に役割分担が完了し、店内で暴れる魔物を倒しながらも自分が行くべき方向に集まりだした。
「ル、ルスト……」
思わず彼の服の裾を引くと、変わらない笑顔を浮かべたままのルストが視線を合わせてくれた。
「心配すんな、俺が強いのは知ってるだろ? いつも潜ってるダンジョンだしここに残ってる連中も最深部を攻略してるやつらだ」
ルストが顎で示した先にいた彼らが私に向かっていつも店で浮かべている笑顔を作ってくれる。
まかせろ、とか心配しないで、なんて言葉が色々な所から飛んできた。
その様子を見ていたルストの笑みに優しさが混ざる。
「……前の戦争の時、俺はきっと少し悩んでた。シュテルの事も勇者の事も気に入ってたからな。だから自分が死んだとしても姫と一緒にいるって選択を迷いなく決めたシュテルをどこかで羨ましく思ってたんだ。俺もやりたい事をやっていた筈なのにシュテルと比べて中途半端な事をやってる気分になってたんだな。でも今回は違う、今俺が一番やりたいことをする……守るための戦いなんてよくわからなかった筈なんだがなあ、いつもより力が出る気がする。良いもんだな」
しみじみとした様子でそう言ったルストがロインとヴァイスの方に向き直る。
「こっちはお前らに任せたからな。ある程度は倒しながら潜るが討ち残しは出る。俺達が潜ったら一時的にでも良いから扉を塞げ。アヤネに怪我させるんじゃねえぞ」
「言われなくても」
「代わりにそちらはお任せしますよ」
二人の返事を聞いたルストが、最後にこちらを見てまたいつもの様に笑った。
「店はぐちゃぐちゃだけどよ、この件が片付いて落ち着いたらまた飯作ってくれよ? 俺の人生の一番の楽しみなんだ。変な心配もしないでいいし、俺達をいつもの様に見送ってくれ」
そこまで言って周りに集まってきたメンバーと頷き合ってダンジョンの方へ向かうルスト。
いつもの様に……ここに来てからずっと彼らを送り出してきたように。
「……っ、行ってらっしゃい、気を付けて!」
絞り出すように発した言葉に振り返った彼らが嬉しそうに、そして自信たっぷりの顔で笑ってくれたから、ほんの少しだけ心が軽くなる。
彼らを見送る時いつもかけてきた言葉には、初めは戸惑いが返って来た。
でも最近は皆笑顔で行ってきますと返してくれる。
今も同じだ、いつもの日常と何も変わらない見送りの時間。
そんな優しい錯覚を感じて、沈んでいた気持ちが少し浮上した気がした。




