ちょっとした日常の一幕
今日はお店の開店日だったので、叔父さんも旅から帰ってきており一日バタバタと忙しかった。
とはいえ明日からはまた休むのでロインが来て夕食を食べだした辺りで叔父は旅に行こうとしているのだが。
なんとなく叔父さんに聞いてみたい事があったので、外に繋がる扉を開けた叔父に向かって声をかける。
「あ、ねえ叔父さん」
「ん、なんだ?」
出ようとした所に話しかけたので一歩扉から足を出した状態で叔父が振り返る。
私の前に座るロインはこちらを気にしながらも食後のお茶を飲んでいた。
「叔父さんはどうして帰って来なかったの?」
「ん、いつの話だ?」
「あ、そうじゃなくて、元の世界にって事」
私の話を聞いた叔父の挙動がピタリと止まり、少し驚いたような目がジッと私を見据えた。
ロインも気になったのかお茶を飲むのをやめてこちらへ視線を送ってくる。
少しの間をおいて頭を掻きながら叔父があー、と声を出した。
「そう聞いて来るって事はお前の前にも道が示されたわけだ、元の世界に帰るための道が」
「そうだね、何日か前に。なんの前触れもなく突然出て来たから驚いたよ」
ガシャン、という音がロインの方から響いたのでそちらを見れば驚いた様子のロインがお茶の入ったコップを落としていた。
慌ててそばにあった布巾で拭きながら、ロインに大丈夫かと声を掛けるが呆然とこちらを見て来るだけだ。
「とりあえず落ち着けロイン。あの道は一度だけしか目の前に現れねえよ。こいつが今ここにいるって事はその道を選ばなかったって事だ」
「そ、うなのか」
「感覚的なものだけどね。ここでこの道に行かなかったらもう二度と現れないだろうな、っていうのはわかったよね」
「そうだな。まああれだ。俺の前に道が出て来た時はもうすでにこの店を始めていたからな。お前や会社の連中がいる前の世界と、今の世界。天秤にかけてこっちを選んだ。お前には申し訳なかったけどな」
「そこは私も同じだけどね。向こうにも友達はいるし、お父さんとお母さんのお墓もあるし。それでもこっちの世界を選んだんだし叔父さんの気持ちも理解できるから責めるつもりで言ったんじゃないんだ。純粋に気になっただけ」
「そうか。まあ一番の気がかりだったお前はもう自立して一人で生活出来てたし、会社の連中にも万が一俺が旅から帰らなかった時の手続きなんかは教えてあったから大丈夫だと思ったんだ。その時のこの世界は今よりもっと魔物と人間の間の壁が分厚くてな。この店が出来て少し交流が始まってた頃だったから放っておけねえと思っちまったんだよ」
「ありがと、ちょっと気になっててさ。同じ立場なのって叔父さんしかいないし」
「まあな、こんな経験する奴なんてそうそういないだろうぜ」
そう笑い飛ばした叔父を今度こそ見送り、店内にロインと二人きりになる。
はあと息を吐き出したロインにもう一度お茶を入れたコップを差し出した。
「驚かしてごめんね」
「まったくだ。君が元の世界に帰ってしまったらその世界に行く方法を探すのは骨が折れる」
サラリとそう言ったロインに今度は私が驚く事になった。
「……探してくれるんだ」
「当たり前だろう? そんな事で君を諦めるつもりはない」
その言葉に赤くなった私を見てロインが笑う。
揶揄うような嬉しいようなそんな笑み。
「……私の前で笑ってる誰かさんも私が此処に残った理由の一つなんですけどね」
「それは光栄だな」
せめてもの抵抗のつもりでそう呟いた私の言葉に、ロインは更に笑みを深めた。
そんな会話をした次の日、未だ寝たままのモモがいないのを寂しく思いつつ町を散策していると見知った顔を見かけた。
少し先に大きな尻尾が見えたので近付いてみるとルストが町の子供たちに囲まれているようだった。
若干ぎこちなくは見えるが楽しそうに笑っている。
子供たちの中に果物屋さんの所の双子が混ざっているので、あの子たちの友達の集まりだろうか。
遠慮なくルストの肩に這い上がって肩車状態になって喜んでいる子もいて、思わず吹き出してしまった。
私の吹きだした声が聞こえたのか振り返ったルストが苦笑いを浮かべる。
「お前なあ……」
「ごめんごめん、懐かれてるねー」
まあな、と返したルストを見て更に笑う。
この光景を見ていると戦争が起こりそうだなんて信じられないくらい平和だ。
「お姉ちゃん、今日モモは?」
「今日は留守番。大きくなっちゃった反動で眠ってるんだよね」
「え、モモ大きくなったの?」
「見たい!」
「起きたら連れて来るねー」
大喜びの双子に周りの子供たちがモモって何、なんて聞き始める。
ドラゴンだという事を話すと見たい見たいと言う声が大きくなった。
「私見た事あるよ! 桃色の可愛いドラゴンちゃん。大きくなっちゃったの?」
「顔は変わって無いんだけどねえ」
「まあお前らくらいなら乗っても平気なサイズにはなったな」
「本当っ?」
「乗せて飛んでくれるかな?」
「あーどうなんだ、睡眠に入る前に飛べるようになったのか?」
「まだ無理だね。フラフラしてる。でも飛べるようになったら乗せてくれると思うよ」
「やったー!」
男女入り混じりで大騒ぎする子供たちをルストが優しい目で見つめている。
優しい光景に私も微笑ましい気分になっているとスカートを引っ張られる感覚。
振り向くと子供が私のスカートを引っ張っている。
私の後ろに隠れるようにいた子供はお店に来てくれる人魚さんの子供だった。
「あれ、どうしたの? 遊びに来たの?」
「う、うん。さそってもらったから。でも人間の子たちのところに一人で行くの初めてで」
思わず見知った私の方に来たという所だろうか。
遊びたそうにはしているので緊張しているだけだろう、騒いでいる双子の方に呼びかける。
「二人とも、友達来てるよ」
「え? ああ、待ってたんだ!」
「こっちこっち、みんなに紹介するよ!」
びくっとして私の後ろに隠れた女の子の背中をそっと押して前に出す。
わっと寄ってきた双子に注目が集まり、その視線が女の子の方に向くが子供たちに嫌悪感などひとかけらも無かった。
「すげー! 足かっこいいな」
「かわいい! 名前はなんて言うの?」
集まって来た子供たちに嬉しそうに笑いかける女の子。
男の子にとってはこの子の竜人の足はかっこいい物で、女の子にとっては人魚さん譲りの可愛らしさが素敵に見えるようだ。
適応力は流石子供といった所だろうか、あっという間に子供たちの輪に入った女の子は楽しそうに話し始めた。
群がる子供たちから解放されたルストが隣に来てため息を吐く。
「やれやれ、やっと解放されたぜ」
「お疲れ様。楽しそうだったよ」
「まあ新鮮な気分ではあるけどな。ここまで子供に群がられたのは初めてだ」
そう言いながらも微笑ましそうに子供たちを見守るルスト。
魔物も人間も気にせずに楽しそうに遊びだした子供たち。
周りで買い物をしている大人たちの目もどこか優しいように思う。
私がこの世界に来た時に遠巻きにモモを見つめていた視線の事を考えるとかなり変わった気がする。
買い物をしていた家族から子供が一人遊びの輪に走り寄って行ったのを見て笑い声が零れた。
「……いいな、こういうのも」
「そうだね」
温かい気持ちを感じたまま、買い物を続けるというルストと別れて町の奥へ向かう。
一緒に行っても良かったのだが私の買い物は服だったのだ。
流石に男性のルストを婦人服専門店に連れて行くのは気まずい。
向かった先は初めて町に来た時にヴァイスに聞いた服屋だ。
ここに来てから一年以上経っているので他の服屋の場所も知っているのだが、なんやかんやこのお店がお気に入りになっている。
いつも通り自分好みの服の中から気に入った物を購入してから外に出た所で後ろから声を掛けられた。
「おや、アヤネ。買いものですか?」
なんだか連続して会うなあ、なんて思いながら声の方向を振り返る。
いつもの様に穏やかに笑うヴァイスが、服屋の横の路地から出てくるところだった。
「こんにちは。服を買いに来たんだ。ヴァイスが教えてくれたお店のは私の好みの服が多いから」
「ああ、そういえば初めてお会いした日にこの辺りの店を紹介いたしましたね。あれからもう一年以上も経つんですか」
「そう考えると早いよね。ヴァイスは見回り?」
「はい、とはいえこれから休憩なのですが。もし時間があるなら少し話しませんか?」
そう言ってくれたヴァイスの誘いにのる事にして彼と一緒に少し移動する。
あまり人通りのない静かな小川の橋の上で欄干に寄り掛かった彼の隣に同じく寄り掛かった。
「どうぞ」
「ありがとう」
来る途中でヴァイスが買ってくれたジュースを手渡されたのでお礼を言って受け取る。
自分で買うと言ったのだが、結局おごってもらってしまった。
「ダンジョンの調査は順調?」
「ええ、予定通りの日数で終わりそうです」
「そっか、良かった……あのさ、戦争ってやっぱり起こりそうなの?」
休憩中に申し訳ないが、私の知り合いの中で一番詳しそうなのは彼だ。
正直な話、一番の悩みは彼らへの返事なのだが戦争の事はやはり気になる。
「そうですね、今の状態では何とも言えませんが。このまま王の体調が回復しないのであれば十分考えられます」
「今日、お店に来てくれる竜人さんのお子さんが町の子たちと一緒に遊んでてさ。周りで見てる大人たちの目も優しくて、あんな光景があるのにそれでも戦争になっちゃうのかなって」
「その光景は私も見たかったですね……おそらくですが戦争と言っても以前のように人間と魔物の全面戦争にはならないかと思います。前王に賛同する共生を快く思っていない人間と魔物との戦いになるでしょう」
「まあそうだよね、全員が全員共生を目指してるなんてありえないし。もし戦争になったら勇者は帰ってくるのかな?」
「あの方のことをご存じなのですか?」
「ちょっと聞いた事があるだけ」
「あの方は最後は前王に対して怒り狂っていましたから、もし参戦するとしたら反対勢力としてでしょうね」
「あ、そうなんだ」
「私達は魔王と姫様の事など何一つ知らされていませんでしたから」
そう言って一度目を閉じたヴァイスが沈みだした夕日をどこか遠い目で見つめる。
「私は以前の戦争で自警団の代表として人間側で勇者殿と共に戦いました。魔王にさらわれた姫様を取り戻し、正式な婚約者である他国の王子との婚姻を成功させるという任務の元で」
「でも違った?」
「……私は最後まで悩んでいました。魔物の血が半分流れる私が人間側で戦って良いのかという事もですが、戦争の最中に何も知らないくせにと魔王軍の幹部によく言われておりましたから。その答えがわかったのは最後の瞬間でしたけれど」
ふう、と息を吐き出したヴァイスが続けて口を開くのをじっと見つめる。
「違和感は覚えていましたが私はどこかで諦めていたのです。ハーフという立場の私が何か魔物側に理由があるのではないかと言った所で、きっと敵扱いされてしまうと。今にして思えば勇者殿にだけでも言っておくべきでした」
「聞いてくれそうな人だったんだ」
「ええ。さっぱりして付き合いやすい方でしたがそう言った話は聞いて下さる方でしたので。とはいえ私は自分の行動が全て間違っていたとは思っておりません。発端がどうであれ魔物からの被害は確かに発生していましたから。けれど最後の姫様の、魔王と姫様が微笑みあった瞬間がずっと頭から離れないのです。だからあれ以来常に自分に問いかけています、本当に良かったのかと。ハーフだから出来ないのではなく、ハーフだからこそ出来る事があったのではないかと」
「ヴァイス……」
「思考を止める事は簡単です。けれどそれをすれば何か、自分の大切な何かを捨てる事になる気がするのです」
ヴァイスがこちらを見て微笑む。
細められた目が優しくこちらを見て来てなんだか照れくさくなってしまった。
「アヤネには感謝しています。あなたが来る前の町で人の子と魔物の子が共に遊ぶ等という光景は見る事が出来ませんでしたから。最近商店街で買い物をする魔物の方々も増えて来ていて自警団でも喜んでいた所ですが、子供たちがそうならきっと私達の次世代で共生は成功している事でしょう」
「私は特に何か動いたりしたわけじゃないけど。でもそうなったら良いね、出来るなら次世代に行く前に成功するのが一番だけど」
「ええ、まだまだ私も努力できる時間がありそうです」
そんな会話をしている内にヴァイスの休憩時間が終わってしまい、彼とは別れて家へと向かう。
お店の本格的な再開までは後少しだが、戦争が起こったらまた色々と変わってしまうのだろうか。
少なくとも今親しくしている人達と敵同士になるのは嫌だな、そう思いながら家路への道をゆっくりと歩く。
遊んでいた子供たちはもう解散してそれぞれ帰った様だったし、暗くなり始めたためか買い物をしているお客さんも少ない。
私も買い物は終えていたので、まっすぐ移動魔法陣に向かった。
家に何故か旅に出たばかりだったはずの叔父がおり、パーティしようぜ、なんて言われたのは完全に想定外だったけれど。




