それぞれの恋の話
動きやすいけれど可愛い服を着て、初めて作ってみた数種類のパンとジャムを入れた籠を抱えていざ女子会へ。
悩みはあれどやっぱり仲の良い女の子達で集まるのは楽しい。
店の外で待ってくれていたサーラに駆け寄っておはよう、と口にする。
「おはよ、セリスとミリティは先に案内して来たよ。ジェーンとは初対面だけどあの三人なら大丈夫そうだし、ちょっと話してるのを見た感じセリスと気が合いそうだった」
「ああ、あの二人どっちかっていうと真面目系だもんね。セリスは最近暴走しがちだけど」
「アヤネはお店で会う事が多いからじゃない? お店に行くと自動的にタケルさんの話になるし。まああたしが外で会ってもタケルさんの話ばっかりだけど」
「あの一直線の恋愛が本気で羨ましい……」
「あはは、まあ今日色々話聞くから。行こっか」
「うん! ジェーンに会うの楽しみ!」
「アヤネにはちょっとした驚きが待ってるかもね」
「え?」
面白そうに笑ったサーラが行けば分かるというので、結婚式以来のエルフの森へ足を踏み入れた。
結婚式の時の飾りは無いが相変わらず美しい森だ。
木漏れ日が差し込むレンガ道には以前とは違う花々が咲き誇っており、見るだけでも明るい気分にさせてくれる。
「結婚式がもうずっと前みたいに感じるよ」
「確かに、時間の流れって早いよねー」
そんな事を話しながらエルフの住む場所への道を歩く。
時折すれ違うエルフたちは私を見て少し驚いた後、笑顔で見送ってくれた。
人によってはゆっくりして行ってくださいね、とまで言ってくれる。
結婚式の時の居心地の悪さは無く、なんだか嬉しくなった。
サーラが案内してくれたのは辺りの家と比べてもかなり大きな家だった。
ジェーンの夫となった男性はもう少ししたら正式にダークエルフの長として就任するらしい。
そうすればその妻としての仕事でジェーンも忙しくなるだろう。
その前に一度会っておきたかったし、お店が休みになったのは良いタイミングだったのかもしれない。
たどり着いた先の部屋のドアを一歩前に立っていたサーラが開けてくれる。
一歩踏み入れた先でいつもの様に綺麗な笑顔を浮かべたジェーンが迎えてくれた。
「アヤネ、久しぶり。来てくれて嬉しいわ」
「ジェーン! 元気そう、だ、ね……」
言葉が尻すぼみになってしまったのはもう仕方ないと思う。
私の反応を見たサーラが噴出したのが聞こえたが、私の視線はジェーンのお腹に固定されている。
ニコニコと笑う彼女のお腹はかなり膨らんでおり、それがどうしてかだなんて同じ女の私には一つしか思い浮かばない。
「あの、ジェーン」
「なあに」
「えっと、とりあえず妊娠おめでとう」
「ありがとう」
嬉しそうにお腹を撫でるジェーンは相変わらず美人だ。
ジェーンの立つ横にあるテーブルにはミリティとセリスが座っており、私の反応を見て苦笑している。
「いや、あれ? 結婚式ってそんなに前だっけ?」
「私達とエルフとは妊娠期間も出産後の体調も全然違うからねえ」
私の問いに答えるようにミリティがそう口にする。
結婚式の時期にはまだジェーンは妊娠していなかったはずだ。
けれど今彼女のお腹は臨月並みに膨らんでいる。
「そんなに違うの?」
「あたしの一族もジェーンと似たような物だけど人間は違うの?」
「人間は一年くらいお腹で育てて生むし、産んだ後もしばらくは全然動けないよ。戦いなんて以ての外だね」
「あら、そうなの? それならアヤネの驚きも納得できるわ。なんだったらお腹触る?」
ジェーンの言葉に甘えてそっと膨らんだお腹に手を当てる。
なんだか不思議な感覚だ、ここに命が一つ入っているのか。
なんだかジンと来てお礼を言ってから手を離した。
笑顔のジェーンが椅子を勧めてくれたので混乱しながらも腰掛ける。
私が座らないとジェーンも座れないだろう。
私の隣にジェーンが座り、正面に座っていたセリスが紅茶をカップに注いで私の前に置いてくれた。
「あ、ありがとう。妊娠にはびっくりしたけどサーラが言ってたのってこの事?」
「ジェーンがサプライズにするって言ってたから黙ってたんだ。ごめんね」
「いや、確かに驚きはしたけど。妊娠そのものよりお腹の大きさにびっくりしたよ」
「私達の妊娠期間は三か月くらいだし、産んですぐに戦闘が出来る位には回復するからね。流石に出産前ほど戦えはしないけど」
「そうなんだ、それはちょっとうらやましいかも」
私の言葉に同意したセリスとミリティは、私が来るまでの間にかなり馴染んだ様でジェーンとも穏やかに会話を交わしている。
同じ様な妊娠期間だと言ったサーラは紅茶に口をつけながら笑っていた。
「人間の妊娠がそんなに大変だとは知らなかったなあ。まああたし達は基本的な身体能力は高めだからそういう部分で差が出ちゃうのかもね」
「ジェーンはいつが予定日なの?」
「あと数日ってところかしら」
「え? それでそんなに落ち着いていられるのは本気で羨ましいんだけど」
「確かに。私達はまず妊娠したら五、六か月で仕事も休まなきゃいけなくなるし、産んだ後も一年近くは体調戻らないなんて普通にあるからね」
「私達は妊娠したら自警団には確実に戻れないよね。戻ったとしても事務の方か簡単な任務くらいしかこなせないし」
「人間って大変なんだねー、あれ? っていう事はアヤネが妊娠したらお店しばらく休み?」
「働ける内は働く予定だけど、産む前何か月かと産んだ後しばらくは確実に出られないね」
「その時は間違ってもタケルさんの手料理はいらないって伝えておいてね。本当にお弁当で良いから」
「あ、それは確実に伝えておくわ」
「タケルさんの料理美味しかったけどなあ」
「えっ?」
ポッと頬を赤らめたセリスがそう口にしたことで全員の視線がセリスに集中した。
いつも穏やかに笑っているジェーンの顔すら驚きに染まっている。
「え、食べたの?」
「うん、この前のデートの時に」
その時の様子を思い出したのか更に笑顔になったセリスを見て引き攣った顔でサーラが呟く。
「アヤネ、タケルさんの結婚の心配が減ったって言ったけど取り消すよ。むしろタケルさんの奥さんが務まるのってセリスしかいないんじゃない?」
「ああ、うん。全面的に応援するよセリス」
「えっ、本当?」
「アヤネ、頼むから私達店の客には出さないように見張っててね。セリスが貰って来たタケルさんの料理を一口貰ったら三日間くらい自警団休む羽目になったんだ」
「そ、それは申し訳ない事を……ミリティは叔父さんの料理無理だったんだね。良かった、人間は食べても平気になったのかと思ったけどそうじゃないんだね」
「セリスって普通に料理できたよね? 毒物にはならないよね?」
「うん、そうだね」
「ならなんでタケルさんの料理食べて平気なんだろう?」
「愛の力じゃない?」
照れながらそう言ったセリスに生暖かい視線が集中する。
苦笑いしながらも焼いて来たパンとジャムをテーブルの上に出すと、みんなもそれぞれ作ってきたり買ってきたりした物を出し始めた。
「アヤネの焼いたパンを食べるのも久しぶりだわ。出産して少し落ち着いたら私もまたお店に通うからね」
「わ、楽しみ。今日は旦那さんは?」
「別の部屋で仕事中。後で挨拶に来るって言ってたけど」
「人間である私達も穏やかに迎えて頂いてありがたいです」
「ダークエルフは人間との共存を目指している方の一族だからね」
「そこはあたしの一族も同じだなあ。アヤネ、良かったら今度あたしの一族の集落にも遊びに来てね。セリスとミリティも」
「良いの? 是非! あ、その時は幼馴染君を紹介してね」
「ああ、うん」
「なんでそこでテンション下がるの?」
「まだ喧嘩する事があるんですって」
「ええ……両想いになったんじゃ」
「もう癖になってるみたいで」
「そこまでいくともうそれはそれで二人の付き合い方って事で諦めるしかないんじゃない?」
サーラも恋人とは相変わらずのようだ。
セリスはもう叔父さんに向かって一直線だし。
「そういえばミリティは恋人いないの?」
「え、うん。独り身だけど」
「はい、半分嘘。以前話した精霊の男の子と最近いい雰囲気になってるよ」
「……セリスさん、私の日常を暴露するのはやめていただけませんかね?」
新たな恋の話に皆がワクワクしているのに気が付いたミリティの顔が引きつる。
女子会という名の恋愛模様の暴露会になっているが、大体どこの女子会もこんなものだろう。
「良かったじゃない、ぎこちなくなった関係が悩みだったんでしょ」
「そうだけど、たまに一緒に出掛けてくれるようになっただけで別に恋人とかになった訳じゃないから! それより今日はアヤネでしょう!」
「げっ」
自分の話題をこれ以上膨らまされたくないらしいミリティがこちらに話を振ってくる。
相談したいとは思っていたが、いざ言おうと思うと嫌な気分になるのは何なんだろうか。
四人分の視線が自分の方に向いて今度は私の顔が引きつった。
「悩み相談したいって事はあたしが伝えておいたからねー。詳しい事知ってるのはあたしだけだし。まあ誰に告白されたのかとかは知らないけど」
「あら、告白されたの?」
パンにジャムを塗りながらサーラがそう口にする。
少し驚いた様子のジェーンにそう聞かれて頭を抱えた。
「すごかったよーあの日のアヤネ。何か考え込んでると思ったら変な事で思いっきり驚いたり返答がおかしかったり。最後は何も無い所ですっ転ぶし。タケルさんいわく朝も階段から落ちるわ風呂の蓋落とすわでおかしかったらしいけど」
「階段って、怪我は大丈夫だったの?」
「最後三段くらい滑っただけだから大丈夫……告白された次の日だったんだよ」
覚悟を決めてそう口にすれば全員の目がわかりやすくきらめいた。
しっかり相談にはのってくれるであろうメンバーだが、面白いと思っているのも確かだろう。
逆の立場なら私もきっとそうなるので文句はない。
「誰からか聞いてもいい?」
そう首を傾げたジェーンの顔をちらりと見て小さく口を開いた。
「ロイン」
ああ、と納得したような声を出したジェーンは何となく相手の予想はついていたらしい。
サーラはあの日にいた二人以外だとは思っていただろうし、ミリティとセリスもロインの事は知っている。
「あの吸血鬼さんかあ。自警団で処刑者が出た時とかに来るけど私達の事は冷たい目でしか見ないしなあ」
「戦争の時中心になって動いていた魔王軍をまとめているのは今はあの人だから、私達自警団にはあまり良い感情は持ってないでしょうね。それとは関係なしに人との距離は開けていそうな人だと思ってたけど、アヤネ相手には違うのね」
「で、今これだけ悩んでいるって事は返事はしていないんでしょう?」
「うん、待ってもらってる」
「前に一番仲の良い異性はロイン様だって言ってたじゃん? 試しにオーケーしても良かったんじゃない?」
「いや、その……ものすごく真剣に告白されたし中途半端に返すのは嫌だなって」
真面目だね、なんて言われたがこればっかりはどうしようもない。
あの心の中をすべて吐き出すような告白を受けて気軽に返せるほど前向きにはなれないのだ。
「でもとりあえず気軽に返事を返すってなった時には断るんじゃなくてオーケーする方向ではあるんだね」
「なるほど、その位にはあの人相手に好意は持ってると」
「……それは考えた事無かったなあ、確かに気軽に返事出来るなら断らないかも」
新しい発見だ。
やっぱり人に話すと自分では考えなかった視点から話が聞けるので助かる。
「あらら、これはうちの副団長には望みは無いかな」
「残念」
二人で顔を見合わせたミリティとセリスの言葉にうっ、と息が詰まる。
そうだこれも言わなくてはならないんだった。
この辺りはサーラも知らないが、複数の男性から告白された挙句に返事は保留中だなんて言いにくい事この上ない。
「あのー」
「どうかした?」
「いや、その……ちょっと追加というか告白関連ではあるんだけど相談が」
全員の不思議そうな視線を受けて重い口を開く。
「その、サーラがお店に来てくれた日からちょっと間が開いてるじゃない?」
「うん」
「あー……その間のお店が休みの日にルストとヴァイスとそれぞれ出掛けたんだけど」
「アヤネ、まさか」
「……二人からも告白されてます、はい」
うわあ、という顔をしたサーラとわかりやすく目が輝いたミリティとセリス。
そして優し気な笑みを浮かべたままのジェーン。
「それで? もしその二人からの告白に気軽に返事を返せるならどうするの?」
「……告白して来たのが一人だけだったら多分オーケーしてる」
「おお! 副団長にも望みが!」
「そういえばアヤネはルストとも結構気軽に遊びに行ってたもんね。そんなに仲良かったんだ」
「三人とも仲が良いから困ってるところはあるけどね」
「確かにそうかも」
はあ、と息を吐き出して誰かが持ってきてくれていたクッキーを口に放り込む。
これだけ悩んでいてもこういう甘いものは食べたくなるのだから、世の中からダイエットが無くならないのも納得できる。
そんなくだらない事を考えながらせっかく聞いてもらえるのだからと思っていた事を吐き出す。
「だってさ、皆と男友達として気軽に遊びまわれるのが楽しくて好きなのに、一人と恋人同士になったらもう他の二人とは遊べないじゃない?」
「遊べなくはないんじゃないの?」
「でも逆の立場で考えたら嫌じゃ無い? 好きな人に告白してオーケー貰ったのに、その人が前に告白してきた人と一緒に遊び歩いてたら私なら泣くわ」
「あ、それは嫌だね。絶対に嫌だ」
「……そう考えると誰かを選ぶって事は他の誰かを切り捨てる事になるじゃない? そもそもあの三人は私が誰か他の人を選んだ時点で絶対に私と二人で出かけたりはしないとは思うけど」
「まあその辺りは気を使いそうなメンバーではあるね」
「我がままなのはわかってるんだけどさあ、気軽に選べないのが結構きついんだよね。申し訳ない気分になるというか。三人とも待ってるって言ってくれてるんだけど」
「なら待たせておけばいいんじゃない?」
そうサラリと口にしたジェーンに他のメンバーの視線が集中する。
本人は涼しい顔でジャムを入れた紅茶に口をつけているが。
「だって待ってくれるんでしょう? そもそも告白して来たのはあっちなんだからアヤネがその三人に申し訳ないと思う必要は無いし、例えば待たせている間に他の人を好きになったとしてもそれはそれで問題無いと思うわ」
そう言ってにっこりとジェーンが笑う。
「申し訳ないっていう感情で答えを急いで実は違いました、なんて事になったらそれこそ不幸になるし。アヤネが納得いく答えを出せるまでは放置で良いのよ。強いて言うならその間に向こうが心変わりする可能性はあるけど、そうなったら今度はアヤネが仕方ないって諦めなくちゃならなくはなるわね」
「……そうだね、その時は仕方ないかな」
「まあ副団長もロインさんも、そのルストさんって人も無理して出した答えが欲しい訳じゃないだろうしそれでいいんじゃない?」
「この人好きだなあ、って思う瞬間が来るまでは待ちで良いのかもね」
「こればっかりは感覚だし、アヤネが納得できる答えが出るまで考えたら良いと思うよ」
「その時はまた相談にのるからね!」
それぞれがかけてくれた言葉を聞いてどこか心が軽くなる。
思っていた事を口に出したせいもあるが、自分の悩みを真剣に聞いてくれる友達がいるって嬉しい事なんだなあと実感した事が一番大きいかもしれない。
「ありがとう、また煮詰まったら相談するよ」
「待ってるよ、あとは答えが出たら結果も絶対教えてね!」
そう言って笑ったサーラに苦笑して了承の返事を出す。
心が軽くなったらなんだかお腹もすいて来たので目の前のお菓子に手を伸ばした。
楽しい女子会はあっという間に終わってしまった。
夕方過ぎに解散して、移動魔法陣の前でみんなと別れて家へと向かう。
沈みだした夕日に照らされた家を見上げてから玄関のドアを開ける。
……帰る前に挨拶に来てくれたジェーンの旦那さんは結婚式の時と変わらずに穏やかに微笑んでいたし、また遊びに来てやってくれ、なんて言葉までもらってしまった。
その旦那さんに嬉しそうに寄り添ったジェーンに見送られて帰って来たのだが、ああいう夫婦の形はすごく素敵に思える。
ヴァイスの両親も仲が良かったし、もし結婚したとしたら私も相手とは仲良くしていたい。
自分が結婚した時の事を少し想像してみる。
ああやって自分から腕を絡める相手、ジェーンの様に大きくなったお腹を撫でる相手。
いくら想像してみてもその相手の顔は思い浮かんでは来なかった。