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あっさりと変わった一つの日常

 いつもよりも動きやすい服に着替えて、肩に乗るモモを撫でる。

 何かあるかもしれない、何もないかもしれない今日を少し不安交じりで迎えた。

 玄関で動きやすい靴を履いてから、そっと耳元で揺れる三日月のイヤリングに触れる。


「……よし、行こうかモモ」

「キュー」


 玄関を一歩出れば前と同じように壁に寄り掛かったルストがよう、と手を上げてくれた。


「おはよう、ルスト。今日はよろしく」

「キューッ!」


 元気に鳴いたモモが私の肩からルストの肩の上に移動する。

 グリグリと撫でられて嬉しそうだ。


「んじゃ、行くか」


 歩き出したルストに続いて足を進める。

 今日の目的地の傍には移動魔法陣があるらしく、この間よりは歩かないらしい。

 店の前の魔法陣の行き先をルストが設定して潜れば着いた先は小さな木製の小屋の中だった。

 扉を開けると森の中の街道の分かれ道の前に出る。

 片方の道は道幅が狭く森の奥に続いている様で、もう片方の道は道幅も広く森の外へ向かって伸びていた。

 てっきり狭い方の道を使って森の奥に行くのかと思いきや、ルストが指し示したのは森の外へ続く道の方だった。


「こっちなんだ。てっきり森の奥に行くのかと思った」

「あっちは俺ん家しかねえな。遺跡は街道沿いにあるんだ」

「あ、ここルストの家の近くなんだ……え、街道沿いに敵意のある魔物がいる遺跡があって大丈夫なの?」

「基本遺跡の中から出て来ねえしな、ここは旧街道だから一般の人間は使わねえし」


 ポツポツと話しながら街道を歩く。

 ルストは周りを警戒しつつではあるのだろうが、のんびりとした会話は途切れない。

 ルストとの会話は楽だ。

 ロインやヴァイスとの会話ももちろん楽しいのだが、性格やイメージの問題なのか、それとも返ってくる言葉がストレートなせいなのか気を使わなくていい気がする。

 遠回しにものを言わないから言葉の裏を読む必要は無いし、友人として凄く付き合いやすい人だと思っていた。

 ……だからこそ一番変わって欲しくない関係ではある。


「あそこだ。一応あの入り口から入れば安全な筈だが見通しが良い場所につくまではあんまり俺から離れんなよ」

「わかった」


 街道沿いにある大きな建物、そこにあるいくつかの入り口の一つを指し示すルストに頷いて彼の後に続く。

 流石にここでルストから離れるほど楽観的ではない。

 この建物はどうやらドーム状になっているらしい。

 外観の窓の数的に五階建てくらいだろうか、石のレンガが積み上げられて出来ている。

 入り口に入り、そこにあった階段を上ると一気に視界が開けた。

 目前に空が広がり、見下ろした先にあるグラウンドの様な場所の中央に円形のステージがある。


「……闘技場的なやつ?」

「ああ、使ってたのはもうかなり前の話らしいけどな。俺が生まれた時にはもうこんな感じでボロボロだったぜ、お!」


 ルストが驚いたような声を出したのでステージから目を離して隣を見れば、モモが飛び立っていく所だった。

 前の時と同じだ。


「このまま待ってればいいのかな?」

「だろうな、ここの魔物は地下に出る。ステージの所は基本出てこないはずだからあそこに行って弁当食おうぜ」

「そうしようか」


 所々ヒビが入り、欠けた階段を下りて行く。

 途中で三段ほど崩れていた所はルストがそうするのが当然の様に手を引いてくれた。

 ……あの騒動の日以降も変わらずルストは優しい。

 このまま変わらないでほしい、なんて今まで何度も考えた事が往生際悪く頭の中をよぎった。


「良い天気で良かったぜ、雨だとジメジメした建物の中で飯食うようになっちまうし」

「ここは屋根が無いもんね」

「せっかく外で弁当が食えるなら晴れてた方が絶対美味いぜ、おおっ!」


 パカッと蓋を開けたお弁当を見てルストの目がきらめく。

 相変わらずわかりやすく喜んでくれる人だ。

 単純な事だけれど作ったご飯を毎回べた褒めしながら笑顔で食べてくれる人を見るのはすごく幸せな気分になれる事だと思う。


「ひたすら肉料理にしてみたんだけど」


 前の時にも入れた唐揚げ、そしてハンバーグに焼き肉、ウインナー、チキンカツとメンチカツ、そして店で出した時べた褒めだった角煮。

 作っている最中に肉の匂いに負けて気持ち悪くなったのはルストには秘密にしておく事にして、箸とコップを出してお茶を注ぐ。

 因みにデザートという名目で持ってきた果物の盛り合わせはほとんど私の胃袋の為だったりする。


「モモの分は別に詰めて来たから、好きなだけ食べてね」

「よっしゃ! 遠慮はしねえぞ、いただきます!」


 上機嫌でお弁当に箸をつけ始めたルストを見て自分も箸を手に取った。

 私が一口食べる間に五口は食べているであろうルストの食べっぷりに気持ちの良さを感じながら、雑談を交わし食べ進めていく。

 大きめな弁当箱にぎゅうぎゅうに詰めて来ていたお弁当はあっという間に空っぽになった。

 はあ、と満足げなため息を吐いたルストにお茶を差し出す。

 コップに口をつけながら空を見上げるルストを見ながら私もゆっくりとお茶を喉に流し込んだ。


「あー美味かった。まさかここで弁当食う日が来るとは思わなかったな」

「ルストはいつも美味しそうに食べてくれるから私も作りがいがあるよ。前にもここに来たことあるの?」

「まあな」


 空を見上げたままのルストがどこか懐かしそうな表情で目を細める。

 ルストの家からも近いし家族絡みなんだろうか。


「ここは、俺が初めて勇者と戦った場所なんだよ」

「えっ?」


 思い掛けない言葉に間抜けな声が零れた。

 この間ロインに魔王サイドの話は聞いたが、そういえばルストはどちら側の話も知っているのではないだろうか。

 ルストは空から視線を逸らさないので私の聞いてみたいという気持ちに気が付いた訳では無いだろうが、思い出を辿る様にゆっくりと話しだしてくれた。


「前の戦争が始まった時、俺はどっちの事情も気にしちゃいなかった。ただ何となく魔物側で戦ってただけだ。んで、戦争が始まってしばらく経ってから勇者って名乗る男を筆頭に数人の集団がどんどんこっちに攻め込み始めた。それまでは魔物側が優勢だったんだがな」

「その人達が戦い始めてから戦局が変わりだしたって事?」

「おう。なんだ、お前知らないのか?」

「あ、あーその、遠い所に住んでたから戦争の事あんまり気にしてなくて」


 苦し紛れに出た言い訳にルストが納得してくれたのを見てホッと息を吐き出す。

 違う世界から来た事を知らない相手と話すとこういう部分でヒヤッとしてしまう。


「俺は戦うのが好きだったから、勇者なんて呼ばれてる奴がどれくらい強いか気になってな。上手く誘導してこの場所で一対一で戦ったんだ」

「どっちが勝ったの?」

「引き分けだったな。あいつの仲間が合流した所で俺は引いたし、決着はつかなかった」


 勇者の事を語るルストの顔はどこか楽しそうに見える。

 強い相手と戦うのが好きなルストの性格を考えると、勇者はかなり強い人なんだろうか。


「勇者ってどんな人だったの?」

「変な奴だったぜ、俺と同じで戦う事が好きでたまらないって感じだったな。名前も名乗らないんだぜあいつ、俺の事は勇者って呼んでくれって自分で言ってたんだ」

「え、本当に?」

「ああ、だから俺や大半の奴はあいつの名前を知らないままだ。変わってるだろ?」


 それはかなり変わっている部類に入るんじゃないだろうか。

 色々思い出しているのか面白そうに笑うルストに勇者に対する負の感情は見当たらない。

 先にロインの話を聞いている身としてはどこか複雑な気分だ。


「一度は引き分けたがあいつとの戦いが面白くて俺はあいつを追いかけまわした。大体一対一で戦う事が多かったな。俺が最終決戦って呼ばれてる戦いで勇者の方についたのは聞いてるか?」

「うん、叔父さんが言ってたけど」

「俺はな、シュテル……魔王の事も結構好きだったんだぜ。強くて、タケルに似てて付き合いやすくて。でもあいつが姫を守るために怪我してるのを見た時、あの時の俺にはそれが弱い奴のやる事に見えちまったんだ」


 いつものルストとは結び付かない発言に目を見開く。

 なんやかんや優しい彼が誰かを守る人を弱いと言う事に驚いてしまう。

 私の驚きに気が付いたルストが苦笑いを浮かべた。


「あの時は俺は俺の為だけに戦ってた。誰かを守って自分の実力が出せないなんてダサい事だと思ってたし、守る奴の気が知れなかった。それが正しいと疑ってなかったんだ」

「そうなの……」

「あ、今は違うぜ。ただあの時は姫を守るために防御気味の戦いをするシュテルより、殺気全開の笑顔で俺と全力で戦う勇者の方が好きだったんだ。だから土壇場で勇者の方についた。この先も俺と楽しく戦ってくれそうだったからな」


 どこかギラギラした目でそう語るルストを見て、私の中の勇者のイメージが崩れていく。

 きっとルストと似たようなタイプなんだろうな、特に戦いについて語る時のこの目の感じとかきっとそっくりなんだろう。


「勇者はシュテルと姫の関係について知らなかった。俺も態々説明しなかったしする必要も無いと思ってた。勇者についた事も後悔してるわけじゃねえ。楽しいから戦う、理由なんて無くて戦いたいと思ったから戦う。そういう面では勇者と俺は同意見だった」


 ただ、と一瞬言いよどんだルストの表情が少し曇る。


「最後に姫と笑い合って海に落ちていったあいつの、シュテルの見せた顔が忘れられないのも事実だ。負けたはずなのに、もうその先には死しか待っていないはずだったのに。悔しさも恐怖も無く、ただ幸せそうに笑ってたシュテルの顔が、それだけがずっと喉に魚の骨が刺さってるみてえに残って落ち着かねえ」


 そこまで言ったルストの視線が空から離れて私の方を向いた。

 いつもの様に明るい笑みでルストが笑う。


「でも今はちょっとわかるぜ。誰かを守って戦うって事がどんな気持ちになる事なのか」

「こういう場所で私を守るの、面倒じゃない?」

「んなわけねえだろ、俺はやりたくねえ事を自分からやったりはしねえよ」


 そう言って笑うルストはどこか楽しそうだ。


「ねえ、勇者って今はどうしてるの?」

「さあな。あの最後の戦いの後、シュテルと姫の事を知ったあいつが動いた事は知ってるが。他国とのコネを使いまくって前王を退位に追い込んで戦争を終結させた後、旅に出ちまった。まああいつの事だからどこかで戦いを楽しんでるとは思うが。その内あのダンジョンにも来るかもな」


 来たらロインと修羅場になるのではないだろうか。

 心情的に見た事の無い勇者よりもロインの方に味方したいので、勇者には是非お店には来ないでおいてもらいたい。

 そんな事を考えながらお弁当を片付けていると遠くからキュルキュルという鳴き声が聞こえて来た。

 まさか魔物か、と思って辺りをキョロキョロすると見覚えのあるシルエットがヨロヨロと飛んでくるのが見える。

 桃色の体と翼、モモが帰って来た、と喜んだのは一瞬で思わずその場で固まった。

 隣のルストの顔が引きつったのが視界の端に映る。

 飛んできたモモが瓦礫に腰掛ける私とルストの前にドスンと着地した。

 そう、ドスンと。


「……ルスト」

「……食った分、全部体にいったらしいな」

「キュルー?」


 首をかしげるモモの仕草はいつも通りなのだが、鳴き声はいつもより少し低く、何より大きさがさっきまでと段違いだ。

 翼の部分を引いたとしてもハスキーとかレトリバーとかの大型犬サイズだ、確実にもう私の肩には乗せて歩けない。


「……寝床の籠、買い替えないと」

「今何に入ってるんだ?」

「リンゴが五個入るくらいの果物籠、もしくは私のベッドで一緒に寝てる」

「無理だな、ベッドもシングルだとお前の寝るスペース無くなるぞ」

「確実に無いね」


 私達の視線を集めている本人は自分用に広げられていたお弁当を見つけて嬉しそうに口をつけている。

 大目には持ってきたが帰ったら夕飯も大量に準備する様だろう。

 あっという間に食べ終わったモモが未だに衝撃から抜けきれない私とルストの顔を見比べる。

 今度は自分の体の変化を実感しているのか、私の肩に止まろうとしてこなかったのは救いだった。

 確実に私が潰れる未来しか見えない。

 一先ずモモの食べ終わった器を片付けると、立ち上がったモモがその場で飛ぼうとしたのか羽ばたき始める。

 巻き起こった風で髪の毛が乱れるのを手で押さえて見守るが、少し浮き上がったモモはフラフラと飛んですぐに着地してしまった。

 そう言えばここに飛んでくる時もヨロヨロしてたな。


「もしかして上手く飛べてない?」

「まだ体が付いていかないんじゃないか? 一時間も飛べば慣れるだろ。帰って練習……お前の家の周り崖だったな」

「落ちたら助けに行けないんだけど」

「あー、じゃあ俺の家に行こうぜ。周りが森だから枝に着地しながら練習してればすぐに飛べるようになるだろ」


 上手く飛べずにしょぼんとしながら歩き出したモモの横をルストと歩く。

 大きくなったモモは歩幅も広く、私達と並んで歩いても同じくらいのペースだ。

 成長したモモに喜べばいいのか、戸惑えば良いのか。

 とりあえず肩の重みが戻る事が無くなった事に少し寂しさを覚えた事だけは確かだ。



 歩いてきた街道を辿り、移動魔法陣のあった小屋を通り越した細い道の先にルストの住む家はあった。

 こじんまりとした家が一軒、どこか寂しげな雰囲気で建っている。

 少し離れた所に崩れた家屋が数件見えた。


「ほら、ちょっと周り飛んで来い。ちょっと飛べば慣れるさ」

「ここで待ってるから、頑張ってね」


 私とルストの顔を見比べたモモが軽く頷いてフラフラと近くの枝の上に飛び上がる。

 そのままジャンプするように次の枝に飛び移りバサバサと羽ばたきながら森の奥へと姿を消した。

 少し心配になったがルストが家の扉を開けてくれたので、お邪魔しますと言いながら家へと入る。

 通されたリビングのような場所のカーペットの上に座れば、ルストが飲み物を差し出してくれた。

 お礼を言って受け取り口をつければ甘い味と香りが口の中に広がる。


「美味しい!」

「そうか? その辺で取れた果物絞っただけだぞ」


 この世界の採れたての果物ってどうしてこう美味しいんだろう。

 ジェーンやサーラが差し入れてくれるものもかなり美味しいし、自分でも取りに行きたいくらいだ。

 まあ、魔物が出る可能性がある場所の区別がつかないので、そういう森の中はあまりで歩けないのだけれど。

 私の反応を見て面白そうに笑ったルストがそういえば、と何か思いついたように話し出したので彼の方を見る。


「この間俺に町で絡んできた幼馴染が家に来たんだが」

「えっ?」


 思わず声を上げた私を見てルストがにやりと笑う。

 その顔を見て、ルストが絡まれていた後に話しかけに行った時あの人達には気が付いていないふりをしていた事を思い出した。


「やっぱり俺が絡まれてた時から見てたな」

「あー、うん。ごめん」

「なんで謝んだよ、俺は嬉しかったぜ」


 目の前の机に頬杖をついて笑みを浮かべるルストの尻尾がユラユラと揺れる。


「もう吹っ切ったつもりなんだがあいつらに会うとどうも駄目だ。普段はもし会ったらこう言ってやる、なんて思ってたりもするんだが結局黙っちまう。後に残るのは不快感だけだ」


 だから、と言葉を切って更に嬉しそうにルストが笑った。


「嬉しかったんだぜ。アヤネが話しかけて来てくれて、いつもと変わらず俺に触る事も怖がらないでいてくれて。そういえば俺はもう大丈夫だったな、って思えたからな」


 そこまで言ったルストがふう、と彼らしからぬため息を吐きだした。

 面倒そうに頭を掻いて少ししかめられた顔で言葉を続ける。


「お前も気が付いてるとは思うが、あの時俺の前にいたのは俺の両親と幼馴染だ。幼馴染が家に来たって言っただろ。あいつ何しに来たと思う?」

「え、なんだろう?」


 あの態度でルストに謝罪するとは到底思えないし、私と接していた所を見たとしても到底和解出来るようなタイプには見えなかったけれど。

 答えの出ない問いに悩む私を見て、ルストがもう一度溜息を吐いた。


「あいつ、俺が好きなんだと」

「…………は?」


 全く予想していなかった答えにそれしか返せない。

 あの時の俺と全く同じ反応だな、とルストが苦笑いする。


「ええと、誰が誰を好きだって?」

「あいつが、俺を、だと」

「ええ……」


 私が見たのはあの町での出来事だけだが、それでもあの時の彼女の態度が好きな人相手に向ける物ではない事くらいはわかる。

 それともあれがツンデレとかいう奴なんだろうか、だとすれば高度過ぎてとても私には真似できない。


「まあ俺も正直小さい頃は好きだったかもしれねえ、初恋の相手ってやつだな。でも今は何も感じない……いや、苦手だな。会うたびあの調子の奴を好きになれるほど俺は人間出来てねえし」

「いや、それはどれだけ人間出来てても無理だと思うけど」


 だよな、と笑うルストにもう一度頷いておく。


「俺も意味が分からないし速攻で断ったんだが、あいつが引かなくてな。どうして私じゃダメなのかと言われた。もう力加減が身についているのなら何の問題も無いじゃないかと。正直鬱陶しかったな、何を今更と。俺の感情はお前の都合に合わせなきゃいけないのかって腹が立ったぜ。俺の力加減が出来ているのは俺が一人で必死に努力したからだ。今までそれを見る事もなく否定してたやつが他の女に優しく触ってたからってだけで、じゃあ好きになってあげても良い、問題ないよねだと。何だそりゃと思ったよ。」


 思ったよりも告白の言葉がかなり酷い、むしろ告白と呼んで良い物なんだろうか。

 引き攣った表情しか浮かべられない私を見たルストの顔が少し陰った。


「あいつ、自分なら両親と和解させてあげられるって言うんだぜ。俺の記憶が飛んでいた部分、つまりどうして俺が母親に怪我を負わせたのかを知ってるからそれを説明すれば和解出来るってな」

「何それ……つまり怪我をさせちゃった理由に正当性があったって事? なのにその子はそれを伝えないでああやってルストの事を責めてたの?」

「そうなるな。阿保らしいったらないぜ。俺は母親を毒のある魔物から庇ってたんだと」

「魔物から?」

「おう、小さい蜘蛛型の魔物がいるんだがそいつが毒持ちなんだよ。俺はそいつから母親を庇うために咄嗟に突き飛ばしたらしい。まあ、力加減なんて出来て無かったから思いっきり母親を弾き飛ばしたらしいが」

「それでお母さんは魔物には気が付かなくて、いきなり突き飛ばされたと思ったって事? それにしてもその一回でそんなに怖がるのかな?」

「まあ、俺の力は日々強くなってたからなあ。持て余し気味だったのは確かだし、そのせいで群れの連中ともぎこちなくなってたからある意味それがきっかけではあったんだろうな」


 とはいえ、と肩をすくめるルスト。


「もう両親の件も今更感が強い。俺ももういい大人だぜ? もっと小さな頃だったらあいつの提案に飛びついたかもしれねえが……長年離れて暮らしてて、会うたびにあいつの後ろで俺を責めるような目で見てくる奴相手に今更和解したいとはどうしても思えねえ。今はもう一人きりってわけでもねえしな」


 そう言ってさっきよりも明るい笑顔を浮かべるルストがこちらをまっすぐに見つめて来る。

 何か緊張をほぐすように大きく深呼吸したルストがいつもと同じように笑う。


「俺はもちろんあいつの告白は断った訳だが、まさかあの女の人と付き合ってるんじゃないでしょうね、と言われてな」

「え、もしかして私?」

「そうだな。で、そこで気が付いた。俺はあんたが良い」

「…………へ?」


 いつも通り、いつも通りだ。

 ルストの明るい笑顔も、気楽に交わせる会話も、二人の間にある空気も。

 私が願っていたいつも通りの空気、その中で発せられたいつもと違うセリフに頭が付いていかずただポカンとルストの顔を見つめる。


「前にされたって言う告白にはまだ返事をしてないんだろ? なら俺も選択肢に入れてくれ。これからあんたに触る時、どんな状況でも傷つけたりしないから。俺をあんたの事が好きな一人の男として意識してくれ。今迄みたいに当然の様に俺に触れて、声を掛けてほしい」

「え、ちょっ、ええ?」


 大混乱の私を見て面白そうに笑いだしたルストが、追撃の様にポンポンと言葉を発してくる。


「俺は感覚を頼りに生きてるからな。お前が美味そうだって言ったのも、最初にお前にしたプロポーズも俺の本能から出た言葉だったわけだ。ま、今にして思えばお前に一目惚れしてたんだろうな」


 ついに言葉が出なくなってパクパクと口を動かすだけの私に向かって笑うルストの笑顔は、本当にいつも通りで店で見せてくれる笑顔と同じ物だ。

 頭上の犬耳は堂々と立っているし、大きな尻尾は機嫌よさげに左右に揺れている。


「まあそういうわけだから俺の事も考えてくれよ? つってもお前と気まずくなって話せないのは勘弁してくれ。お前がどんな答えを出したとしても俺に罪悪感なんて覚えなくて良い。だから答えが出るまでも今迄みたいに仲良くしてくれよ」


 明るく、悲壮感なんて全然無いルストからの告白。

 驚きはしたもののその明るい空気のせいか戸惑いが晴れれば、気が重たくなることも無かった。

 悩みが増えたのは確かなのに、思っていたよりも心がずっと楽だ。


「……真剣に考える時間を貰っても良い?」

「おう、お前が気軽に返事をくれないタイプなのはわかってたから問題ないぜ」


 本当に変わらず、ルストは優しい。

 朝考えた事をもう一度実感しながら、ありがとうとだけ口にした。



 結局それからすぐにモモが戻ってきて、いつもの様にルストが家まで送ってくれた。

 どうも、モモは上手く飛べるようにはならなかったらしい。

 どんよりと落ち込むモモのお腹をつつき、太ってるからじゃね、と言ったルストにモモが抗議の鳴き声を上げたのを見てルストと二人で笑う。

 まあ練習次第だな、と言ったルストの言葉通りならそのうち飛べるようになるだろう。

 モモに飛ぶ練習の時は崖の方には近寄らない様にだけ言い聞かせる。

 告白なんてまるで無かったかのようにいつも通り手を振って帰って行ったルストを見送り、モモと家への扉を潜った。

 夕飯を食べた後、とりあえずリビングの隅に使っていない布団を敷いて仮のモモの寝床を作る。

 絵や献立の計画書等が溢れる私の部屋はこのサイズのモモには狭いだろう。

 疲れていたのかすぐに眠ってしまったモモを見つめながら、もし叔父さんが帰ってきたら腰を抜かすんじゃないだろうか、なんて思った。

 寝る準備を終えてベッドに仰向けに寝転がり天井を見上げる。


 なんだか不思議な気分だ。


 ロインから告白された後はとてもじゃないけど冷静でいられなかったのに。

 ああでも、もしも元の世界で男友達に告白されたとしたらこんな感じなんだろうか。

 ……ルストの気持ちを疑っているわけじゃない。

 真剣に思いを伝えてくれたことはわかっているし、私の中でしっかりと考えなければいけない事が増えた感覚はある。


「……どうしよう」


 自分の気持ちが見えない事がもどかしい。

 ただ次にお店を開けてルストと会ったとしても変に落ち込んだり気まずくなったりは無さそうだ。

 ……早くジェーンに会う日にならないだろうか。

 ジェーンと会って、サーラ達に色々聞いてもらえばこの霧がかかったような気持ちから抜け出せる気がしてカレンダーを見つめる。

 カレンダーの印を見て、彼女たちと会う前にヴァイスと出掛ける日が来るのを思い出して一つため息を吐いた。

 もう色々と覚悟を決めなくてはいけないんだろう。

 少なくとも外れてはいないであろう予感を胸に抱えたまま布団に潜り込んだ。



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