お店、開店
ここに来て三日目の朝、目を開ければ頭上から覗き込んできているせいで反転したモモの顔が視界いっぱいに広がっている。
ああ、腹をくくる瞬間が来たなと心が確信する。
三日経った、現実を直視するには十分な時間だ。
私が二十年以上生きてきた世界はもう失われたのだと。
「おはようモモ、今日も……ううん、これからもよろしくね」
「キュー!」
元気の良い鳴き声を聞きながら昨日用意した服とエプロンに着替え、店の方へ向かう。
叔父と少し話して、食堂の運営についてある程度は決めた。
一食ごとにバラバラなお金を取るのも面倒なので、値段は固定。
会計は施設の利用費と共に叔父がやってくれる事になった。
私は食事を作って提供し、もし手が空くようなら叔父のアイテム販売を手伝う事に。
提供する食事の内容も軽くだが決めてしまう事にした。
朝はサンドイッチの日とおにぎりの日を交互に。
サンドイッチは定番のハム、卵、日替わりに何か一つとスープ。
おにぎりは梅、鮭に日替わりを一種類と卵焼きとみそ汁をそれぞれつけて出す。
昼と夜は定食スタイルで日替わりメニューで出す事に。
彼ら魔物は肉が好きな人が多いらしいのでなるべく一品は肉を入れてほしいと叔父に言われ、その辺りも考える事にしてとりあえずお試しの一日目が始まった。
店は家の外にある階段を下りた先にある。
ちょうど家の地下部分にある感じだろうか。
崖をくり抜く形で建っており、ちょうど渓谷の中腹にある辺りに大きな窓があり、小さなバルコニーが付いている。
中腹とはいえ渓谷が巨大すぎてかなり高い位置だ。
遠くまで見渡せて景色がいいので落ち着いてきたらここのバルコニーで絵でも描きたいと思っている。
もうお店にいた叔父さんは開店準備をしていた。
私もキッチンスペースに入り今日のサンドイッチの準備を始める。
今日の日替わりは照り焼きチキンのサンドだ。
朝っぱらから大量の鶏肉を焼く日が来るとは思わなかった。
料理が出来ないというのに叔父がこだわって作ったキッチンは設備が充実している。
原理はよくわからないが、元の世界では考えられないくらい便利な機能が魔法の力で使えるようになっている機械が多い。
昨日調味料に漬け込んでおいた鶏肉を鉄板に並べて大型のオーブンに入れて焼き始める。
スープは市販の素を使ったコーンスープだ。
それにも火を入れて温めておかなければ。
パン焼きに特化したオーブンがもう一台あったので、そちらにも火を入れておき、お客さんが来たらすぐ焼けるように食パンをスタンバイしておく。
肉が焼けるまでの間にせっせと食パンにバターとマヨネーズを塗り、ハムサンドと卵サンドを完成させ、それぞれかごの中に入れてラップをしてセッティング。
ちょうど焼けた肉を取り出せば醤油の焦げた独特のにおいが店中に広がった。
「(う、美味しそうだけど朝一はちょっときつい!)」
叔父も朝食はまだだろうし、試しに一つ作ってみるかと食パンを二枚焼き、軽く焦げ目がついた所で取り出す。
一枚のパンの上に水切りしたレタスを乗せ、マヨネーズをかける。
焼きたての肉を食べやすいサイズに切ろうと包丁を入れれば、カリッと焼けた皮の下から醤油とみりんベースのタレがしっかりしみ込んだ茶色の断面が見えた。
肉汁がじゅわっとあふれ出してきたのを閉じ込めるように断面をくっつけてレタスの上へ。
その上に更にマヨネーズをかけ、もう一枚のパンで挟み込み軽く上から押してなじませてから半分にカットする。
温まったパンの間から湯気の立つ照り焼きチキンが覗いて、きついと思いつつも食べたくなってしまった。味見も兼ねて、端の方を少し切り口の中へ放り込む。
パリッと焼けた皮の触感。続いてしみ出してくる肉汁と、砂糖を加えて少し甘めに仕上げたタレの味が熱で溶けたマヨネーズと絡み合って口の中に広がる。
うん、自己判断だけどこれなら大丈夫だよね。
もう一口切り取り、カウンターの上のカゴの中でよだれを垂らして見ていたモモにも与える。
両手でさっと持って行ったモモがあぐあぐと齧りつくのを見ながらチキンを保温庫に入れる。
保温庫には入れたが時間がたつとパリパリ感が無くなってしまうし、フライパンとタレを準備してお客さんが来たら二度焼きして出す事に決め、作ったサンドの残りを皿に乗せる。
「叔父さん、チキンサンド食べる?私が味見で端っこ貰ったやつだけど」
「待ってました!いやあ、匂いだけで腹が減って堪らなくてな」
そう言った叔父が二つに切られたサンドの一つを口に放り込みあっという間に平らげてしまう。
「どう、出しても問題なさそう?」
「全然オーケーだ。これパンも良いけど米にのせてかっこんでみてえなあ」
「その内作るよ」
「お、ラッキー!じゃあそろそろ店あけるぜ。大体開店と同時に来る奴が一人いるから頼むぜ」
「はーい」
そう言いながら残り半分のサンドを齧りつつ、叔父が入り口の方へ出ていく。
ああ、ちょっと緊張してきた。小さく息を吐いた私を不思議そうな顔でモモが見つめてくる。
指先で頭を撫でてやれば嬉しそうに擦り寄って来た。
いつも通りのモモの態度に少し緊張がほぐれる。
しばらくモモを撫でまわしていると、叔父が出ていったドアの方からドカドカと足音が聞こえてくる。
叔父も結構足音が大きいが、これは二人分の足音だ。
さっき言っていたお客さんの分だろうか。
バタン!と大きな音を立ててドアが開く。
叔父と、もう一人大きな人影が入ってきて、大きな声で静寂が打ち破られた。
「大丈夫だから飯食って行けって言ってんだろ!」
「タケル、俺は毒を好んで食う趣味はねえ!」
「誰の飯が毒だ!」
「お前のだよ!お前が初めて料理出した日に食った十人、全員が気絶したんだぞ!なんで飯食っただけなのに毒消しの薬飲まなきゃならねえんだよ?!」
まじかよ、と頭の中をこの世界に来てもう何度目かの言葉がよぎる。
毒消し、毒消しが必要って……って言うか十人も気絶させてるのか。
私は後何人に謝ればいいんだろうか。
叔父と言い合いしてる男性はそれなりに身長が高い叔父と比べても大きい。
身長二メートルは越えてるんじゃないだろうか。
がっちりした体はパンク系の服に覆われており、口元からは犬歯が覗き、長い爪は凶器の様に尖っている。
何より目立つのは黒と白のメッシュの髪の間から生える大きな犬の様な耳。
そして身長と同じ位あるのではないかという髪と同じ色合いの大きな尻尾。
狼人間とかだろうか。
叔父と言い合いを続けているからこちらへは視線が向かないが、横顔を見るにワイルド系のイケメンという感じだ。
……この見るからに頑丈そうな人すら叔父の料理には耐えられないのか。
またしてもしょっぱい気持ちになりながらため息を一つつく。
ちょうど彼らの言い合いが途切れた瞬間に当たってしまったらしく、私の溜息に気が付いたらしい彼がパッとこちらを振りいた。
怖そうな雰囲気が一転して少し丸くなった瞳と視線がぶつかる。
そのままじっと見られて視線を外すタイミングを失ったが、叔父が声を出してくれたのでそちらへと向き直る。
「おい、彩音。初の客だぞ。溜息は無いだろ溜息は」
「これ叔父さんへの溜息だから。何で昨日から会う人会う人に自分が料理作る前提で勧めてるの?みんなすごい拒否して逃げてるじゃない」
「面白いのが半分、俺の料理への回避行動への腹だたしさが半分だな」
「やっぱり面白半分なのね……すみません、料理を作るのは叔父でなくて私ですのでもしよろしければ食べて行って下さいね。毒物にはなりませんので」
後半の言葉を男性に向かって掛ければ、ハッとしたような顔をした後不思議そうに口を開く。
「見ない顔だな」
「ああ、すみません。そこの猛の姪です。今日から食堂担当で働くことになりましたのでよろしくお願いします」
「姪?」
そう呟いた彼の肩をガシッと組み、叔父が声をかける。
「姪の彩音だ。料理は上手いから安心しろ!ロインが認めるくらいだしな」
「あいつが?」
「おう!ああ、彩音、こいつはルスト。見ての通り狼男ってやつだな。戦うのが好きだから朝一で来てダンジョンに潜ってる」
「よろしくお願いします」
「おう、よろしくな!……ロインが来たのか?」
「ああ、おとといの夜にな。彩音が来たのも夜だったから俺らの飯に同席させたんだ。おかわりまでしていったぜ」
「あいつがか?!料理に血でも混ぜ込んだのか?」
「ええっ?そんな怖い事してませんけど……私も来たばかりで食材が無くて品数が少なかったからじゃないですか?」
「そう、なのか?」
「どうだろうな、まあとりあえず血は入ってなかったぞ」
「だから入れないって。えっと、ルストさんはご飯食べていきます?今日はサンドイッチ三種類とスープですけど」
「おう、タケルの飯じゃないなら喜んで食っていくぜ。頼む」
彼が叔父に支払いを済ませている間に保温庫から肉を取り出し、温めたフライパンの上に滑らせてからパンを焼く。
肉が少しカリッとするまで焼きながら盛り付け用の皿にハムと卵のサンドイッチを乗せ、温めておいたスープ皿にコーンスープを注ぐ。
皮がカリッとした所でタレを流し込み、フライパンを振って絡めた後まな板の上へ。
さっきと同じようにレタスやマヨネーズを挟みながら顔を上げれば、至近距離に整った顔があってビクッとしてしまった。
「美味そうだな!」
「あはは、ありがとうございます。後は切るだけなので少々お待ちくださいね」
「おう、普通に美味い飯が食えるのは久しぶりだからな。楽しみだ」
「弁当は毎日出してたんだぞ、お前が持って行かなかったんじゃねえか」
「ただでさえ味気ない弁当が冷めたやつ食ってもなあ……町に行っても視線が鬱陶しいし。ダンジョンの中で取れる果物でもかじってりゃ腹の足しにはなるし。夜はそれこそ自分で狩りして食ってるしな」
見た目通りのワイルドな生活だな、なんて思いながら叔父の言っていた通り魔物と人間の間には色々ある事を悟る。
「あ、もしかして買い物行った時すごく見られてたのってモモを肩に乗せてたからかな?」
「ああやっぱ見られてたのか。小さくてもドラゴンは魔物だからな。王室から魔王が悪い訳じゃないからまた共生していこう、なんて言われたのもあるし、過去には上手く共生してた事もあるから堂々とした差別は無いがまだまだぎこちないんだよな」
「へえ。見た目的にモモなんてあんまり怖くないと思うんだけどなあ、ねえ」
視線だけカウンターのカゴに向ければいつも通りキュー、と返事が返って来る。
そちらをちらりと見たルストさんが私の手元のサンドイッチを見ながら口を開いた。
「あんたは怖がらないんだな、その竜はともかく俺なんてかなり怖い見た目のはずだぜ。普通に視線向けただけで逃げて行ったり子供隠されたりするし」
「お前は顔も強面だが体もでかいからなあ」
しみじみと呟いた叔父も結構見た目が怖い部類なのだが。
向こうの世界では身長も大きい方だし。
叔父で慣れたのもあるが、その魔王討伐もそれ以前の共生していた時代も知らない身としては恐怖感は感じない。むしろここに来てから出会った魔物はロインとこのルストさんの二人。
イケメン過ぎて眼福感しかない。
ちょうど完成したサンドイッチを切って皿に乗せ、スープと共に目の前のカウンター席に座るルストさんに差し出す。
「私の前には怖い魔物じゃなくて、ワイルド系のイケメンしかいないですよ。はい、サンドイッチお待たせしました」
「うおっ、美味そうだ!いただきます!」
勢い良く手を体の前で合わせた彼がまだ湯気の立つチキンサンドにかぶりつく。
勢いがすごくて少し驚いたが、自分の作った物をここまで美味しそうに食べてもらえるならこれほど嬉しい事は無い。
すごい勢いでサンドイッチが口の中に消えていく。
かといって音を立てて食べるわけでも無く食べ方が綺麗だ。食べっぷりと相まって見ていて気持ちがいい。
「いいなあ。彩音、もしチキン余ったら昼に俺に丼にして出してくれ」
「はいはい、余ったらね」
「キュー!」
「モモも食べたいの?二人とも食い意地張りすぎじゃない?」
そんな会話をしてるうちに、ルストさんが最後のスープまで飲み終わり、ハアーと大きなため息をつく。
「美味かった!ごっそーさん、久しぶりにこんな美味いもん食ったぜ」
「ありがとうございます、最初のお客さんにそう言ってもらえるとホッとしますよ」
「これ弁当とかにならねえの?そしたらダンジョン内にも持ち込めんのに。これなら冷めても美味そうだし。後大盛りとか」
「あーお弁当は今はやってないですね。大盛りは検討しても良いかもしれません」
「まあ、彩音が慣れてくればやっても良いんじゃね。俺は儲かるしこいつらの腹も満たされるし」
「そうだね、慣れてきたらそれもありかも」
「楽しみにしてるぜ、あんたがもっと早く来てくれてればなあ、タケルの毒物を食わされることも無かったのに」
「おいルストいい加減にしろ。俺の親切を何だと思ってるんだ」
「お前の親切だと思ったからあの場にいた全員口にしたんだろうが。お前こそ久しぶりに温かい美味い飯が食えると思ったのに食った瞬間気絶した俺達の気持ちはどう思ってるんだ」
「くそ、彩音はこんなに料理上手いってのに……まあいいさ、そのおかげで俺も美味い飯が食えるようになるし。チキンが昼まで余るといいんだが」
「まだ言ってるの?」
「さっきパンで食ってから、米の上に乗せて食いたい欲求が止まらなくなったんだ」
「米かあ、良いなあ!」
「良いだろう、メニューに無い飯を食えるのは家族の特権だぜ!」
「くっ……ん?」
何かを思いついたらしいルストさんが一瞬で私の目の前へと移動してくる。
カウンターを挟んでいるとはいえ向こうが身を乗り出しているので距離が近い。おまけに至近距離でがっつり顔をのぞき込まれているので、整った顔が目の前にあって心臓に悪い。
「おいルスト、何やってんだ?」
「家族なら食わしてもらえるんだろ?アヤネっていったか?俺と結婚しねえ?」
「……は?!」
「おい!お前は何言ってんだ?どっからそんな話に飛び火した?」
「結婚したら家族だろ?この飯なら毎日食いてえ」
「いや、食堂来てもらえれば普通に毎日出すんで」
「でも、お前は俺を怖がらないだろ?こんなに普通に人間と会話が成立したのは久しぶりだし、あんた俺の好みだしな」
「おい!俺だってお前を怖がらずに会話成立させてただろ!」
「俺の中でお前は人外扱いだ」
「どういう意味だ?!」
「いや、あの……」
いつの間にやらがっしり両手を握りこまれている。
って言うか手が大きい。
向こうの片手に私の両手が収まっているレベルだ。
至近距離にある整った顔、自信ありげな笑みを浮かべる口から尖った犬歯が見える。
「ええと、まあ、食事はここで出すし、何だったらレパートリー増やすためにもリクエストとかあったら聞くので」
「マジで?!よし!」
「なので結婚とかはちょっと……」
「そうだぞルスト、俺の前で可愛い姪を口説くんじゃねえ」
「ええ…まあ仕方ねえか。何か飯のリクエスト考えておくわ。でも、あんたを気に入ったのは本当だからな!」
「あ、ありがとうございます?」
スッと手が離れる。
びっくりした、でも離された手はあれだけ大きさや力に差があったのに全然痛みは無い。
さっきの綺麗な食べ方といい、力の入れ方といいそういう気づかいは上手い人なのかもしれない。
流石にこのレベルのイケメンに口説かれた事なんてないので、ものすごくドキドキしてる。
「まったく、いくら飯が美味かったからっていきなり口説いてんじゃねえよ」
「仕方ないだろ、最近食うもんと言えば拾った木の実やら狩って焼いただけの肉だったんだから。
町に行けばじろじろ見られるわ小さく悲鳴上げられるわで。常に回りがビクビクしてて居心地悪くて嫌な気分になるしな。買い物も食事も落ち着いて出来ねえ。だからあんたが俺を怖がらずに普通に接してくれるのが嬉しかったのは本当だぜ」
そう言って今までとはちょっと違った静かな笑みを浮かべる彼。
確かに自分の身で置き換えてみるとその状況はちょっと嫌かもしれない。
食事って生きるのに必須だから、その時間が周りの空気が悪いか同じ物ばかりかのどちらかとなると結構きつい。
その辺りは叔父もわかるのか、少し気まずい顔をしている。
「さ、俺はそろそろダンジョンに潜るぜ。早く戦いたいんでな」
そう言ってさっきの笑みとは一転した獰猛な笑みを浮かべた彼が席を立つ。
「じゃあな、明日も来るからよろしく頼む。リクエスト考えておくから可能なら叶えてくれ!」
ヒラヒラと手を振った彼がダンジョンの入り口に向かい歩き出すのを見て慌てて口を開く。
「あ、行ってらっしゃい。気を付けて下さいねルストさん」
背を向けて歩いていた彼が驚いたようにパッと振り返ったのを見て、なんとなく昨日のロインを思いだした。
驚いた顔が何とも言えない笑みに変わる。嬉しそうな、少し寂しそうな顔。
「サンキュー、やっぱ俺あんた好きだわ。また明日来るから次から呼び捨てで良いぜ。その敬語も無しな。タケル相手みたいに話してくれ。敬語はあいつ思い出すしな」
そう言った彼が今度こそダンジョンの方向へ消えて行ったのを見送る。
「お前初日から口説かれるなよ」
「いや、私に言われても……本気じゃないでしょう?」
「どうだろうな、あいつ本能で生きてる所あるし。まあ、あいつが仲のいい相手に敬語で話されるのが苦手なのは確かだし明日からは普通に話してやれ」
「お客さん相手なのに?」
「ロインにも敬語無しで話してるんだから今更だろうが」
「ああ、そういえばそうだね。それにしても二人が言ってる苦手な敬語の人って同じ人なのかな。ロインとルストさ、ルストは知り合いなんだよね?」
「ああ、まああの二人の関係もちょっと複雑だからあんまり話題振らない方が良いかもな。俺は話題に出すけど」
「そこは叔父さんも出さないようにしなよ」
「俺は良いんだよ、あ、後あいつらが言ってる苦手な敬語の奴はお前も知ってるやつだぞ」
「え?」
この世界で出会ったのなんて今の所後一人しかいない。
頭に浮かぶ王子様のような彼。確かに敬語だった。
「ヴァイスさん?」
「ああ、別に憎みあってるわけじゃねえぞ。単純にロインとルストが魔王側、ヴァイスが勇者側にいて戦ってただけだ」
「……それって結構大きな事だと思うんだけど」
「あいつらも会えば普通に会話してるから大丈夫さ。お前は気にせずに平等に接客してれば良い。それ言ったらルストなんて最終決戦の時裏切って勇者側に付いたらしいし」
「ええ?!」
あの気持ちのいい笑顔を思い出してまさか、という気分になる。
色々言動は豪快だったが、裏切るようなタイプには見えない。
まあ色々あったんだろうな、なんて言う叔父を見ながら三人の顔を思い出す。
せっかく知り合えたのだから仲良くしたい。
人間関係によく知りもしないで顔を突っ込むのは嫌いだし、叔父の言う通り意識しないようにそれぞれと仲良くしていくのが一番なのかもしれない。
そんな事を思っていれば、扉が開く音が響く。
そうだ、お客さんは彼で最後じゃない。
むしろ今日から始まる食堂の仕事を真面目にする事が私の仕事だ。
人と人の間にある事情を気にするより、私のやるべき事をやらなくては。そう気持ちを切り替えて扉の向こうに向かって声を上げた。
「いらっしゃいませ」
私の異世界での生活が本格的に始まるんだと、もう一度気を引き締めた。