例えば当たり前のように触れる手の温度に(ルスト)
結婚式も無事に終わって数日が経ったある日、今日はお店もお休みなのでモモと一緒に街へ買い出しに出る事にする。
本当はサーラ達と集まろうかという話があったのだが、ミリティとセリスに自警団の仕事が入ってしまったのだ。
おまけにサーラは幼馴染君にデートに誘われる始末。
仕事も休みで独り身の私だが、邪魔をするほど無粋ではない。
快くサーラを送り出すことにした。
玄関でモモを肩にのせたまま靴を履く。
叔父の靴が無いのでいつもの一人旅からはまだ帰って来ていないようだ。
珍しく夜までには帰って来るって言ってたけど。
「……それにしてもセリスには驚いたなあ」
思わず口から零れた言葉が静かな玄関にポツリと落ちる。
肩に乗るモモが首をかしげるのを横目に二日前の騒動を思い出した。
二日前、今日出かける予定が無理になったとそれぞれ伝えに来てくれた三人と食堂でお茶をしていた時だった。
時間帯的に私達以外にお客さんもおらず四人で雑談していたのだが、そこに旅に出ていた叔父が帰って来た。
いつも通り満面の笑みで食堂の扉を開けた叔父が私達を見てお、という声を上げる。
「なんだ、華やかな空間だな」
「叔父さんおかえり。あ、そうだ。この二人とはちゃんと会った事無かったよね」
店が襲撃された時にさっと顔は合わせているだろうが、私と仲良くなってからこの二人が店に来る時は叔父はちょうど出掛けていた為しっかり紹介出来ていなかった事を思い出す。
軽く紹介しておこうと椅子を立って二人を見た。
「自警団の騎士さんだよ。店が襲撃された時踏み込んで来てくれた人達の中にいたんだけど、あの後仲良くなったんだ。ミリティとセリス」
「初めまして、ミリティです! こっちが……セリス?」
いつものように明るく挨拶をしたミリティが隣に座っているセリスを見て不思議そうに声をかける。
真面目なセリスが続いて挨拶をしない事に違和感を感じて私とサーラの視線もセリスに向いた。
視線の集まる先で大きく目を見開いて叔父を見つめたまま固まるセリスと首をかしげる叔父。
盛大に疑問符が飛び交う中でセリスの隣に立つミリティが軽く彼女を小突く。
ハッと我に返ったらしいセリスが彼女らしからぬ大きな音を立てて立ち上がり、上擦った大きな声を出した。
「セ、セリスと申します!」
「おう、元気の良いお姉ちゃん達だな。彩音を助けてくれてありがとう、ゆっくりして行ってくれ。彩音、俺も明日は店出るから今日の夜まではちょっと頼むわ」
「え、あ、うん。わかった」
笑顔で家の方へ向かった叔父を見送ってから数秒、シンとした空気の中でセリスがポツリと呟く。
「……素敵」
食堂に響いたその言葉に頬杖をついていたサーラの顔が手からズルっと滑り落ち、隣のミリティがピシリと固まる。
私も自分が口を開けて固まっていた事にしばらくしてから気が付いた。
付き合いの長さからかいち早く回復したミリティがああ、とどこか納得したような声を出す。
「セリス、年上好みだもんね。前は団長の事好みだって言ってたし」
「……良かったねアヤネ。タケルさんの結婚の心配が少し減ったんじゃない? セリスは一応料理出来るし」
「思ってもみなかった所から候補が出て来てびっくり所の騒ぎじゃないんだけど」
ほう、と息を吐き出したセリスの横顔を見つめながらどこか呆然とした空気の残る三人で会話を続けた。
セリスはセリスで、独身なんだ、なんて呟いている。
「え、本気で?」
「アヤネ、多分本気だと思うよ」
「ええ……ほとんど家にいないし料理は毒物になるけどいいの?」
「え、それが何か問題なの?」
心底わからないといった顔でそう答えたセリスに全員顔が引きつる。
問題しかないと思うんだけど。
「ま、まあ私は別に叔父さんのお嫁さんがセリスでもいいけど」
「アヤネの結婚の方が早いと思ってたけど逆転の可能性が出てきたんじゃない?」
「タケルさんの意思は?」
「姪視点で言わせてもらうと叔父さんそういう事に対してはハッキリしてるから本気で好きにならないと付き合わないと思う。で、本気で好きになったらアプローチが半端ないタイプ」
「なら私の努力次第って事?」
「まあ、うん」
「じゃあ、頑張ってみようかな……」
何とも言えない視線を集めながら頬を赤らめるセリスに全員が色々言いたい事を飲み込んだ。
そんな事を思い出しながら玄関の扉を開ける。
今日は快晴、市場に出てる店舗も多そうで楽しみだ。
「叔父さん鈍くないし絶対セリスの視線には気が付いてたと思うんだけどなあ」
「キュー?」
「まあ叔父さんからもセリスからも何も言われてないから今の所何もする気は無いけど、どうなるんだろうね」
最近自分の恋愛に関しての悩み事も出てきそうな雰囲気でモヤモヤしていたのがセリスの一件で吹き飛んだ気がする。
ありがたいような、そうでないような微妙な気分だ。
「まあいいや、どっちかから何か言われたら考えよう。モモ、今日はモモの好きな果物も買って帰ろうね」
「キューッ!」
パアッと纏う雰囲気を明るくさせたモモにすり寄られながら町への移動魔法陣を潜った。
予想通り太陽の反射する道には所狭しと色々な店が出ている。
大きな呼び込みの声が至る所から飛んできて、道で買い物中の人数もいつもより心なしか多いようだ。
混雑する道を人を避けつつ店を覗きながら歩く。
「お、ようアヤネちゃん! 良いリンゴ入ってるぜ! ドラゴンちゃんにどうだい?」
「おじさん私の事見つけるの早くない? 買うけどさー」
「毎度あり! いやあ、アヤネちゃんはなんやかんや言いながら毎回買ってくれるからおじさん目を皿のようにして探すことにしてるんだ」
「うわあ、いやおじさんのお店の果物美味しいから良いけどね」
「ありがとうよ。ほらドラゴンちゃん、おまけにイチゴもつけといてやらあ」
「キュー!」
「ありがとうございまーす」
果物屋さんのおじさんが直に手渡ししてくれたイチゴに齧り付くモモが、そのままグリグリとおじさんに撫でられて嬉しそうに目を細める。
最初は遠くからチラチラ視線を集めているだけだったが、流石に一年以上モモを肩に乗せて買い物に来ていると皆慣れて来るらしい。
こうやってモモに平気で触ってくる人はまだ少ないが、声をかけてくれる人は増えてきた。
以前ヴァイスと話した、魔物との共生の道に特効薬は無くとも小さなことの積み重ねは出来るというのはきっとこういう事なんだろう。
そんな感じで何件かお店を回り、抱えた紙袋がどんどん重くなってくる。
流石に買いすぎたかと思い一度家に帰ろうか悩み始めた時、少し先の道の真ん中がポッカリと空いている事に気が付いた。
人でごった返しているのに、何かを遠巻きにするように人々がそこを避けていく。
大体こういう時は見た目が怖い魔物の人が買い物をしてたりしたのだが、最近は減ってきていたのに珍しい。
知っている人なら声をかけようかとその場所を目指して歩き始めると、そこから甲高い声が響いてくる事に気が付いた。
聞いた事の無い声だ、お店のお客さんじゃなさそうだしそもそもなんだか嫌な感じの印象を受ける声。
周りを避けていく人達も顔をしかめているようだ。
この町の人達は普通に魔物が居るくらいなら、避けて歩いたとしてもここまで嫌な顔はされない事の方が多い。
目を逸らしたりじろじろ見たり、後は怯えたりはあるが嫌悪感たっぷりの表情は珍しく思った。
そんな事を考えながらたどり着いたその場所を人の影からヒョイッと覗き込む。
知らない魔物の人でもいるのかと思っていたが、見えたのは見知った背中だった。
大きな背中、頭の上から生える犬のような耳と大きな尻尾、ルストだ。
彼が町にいる事にも一瞬驚いたが、周りの人達の嫌な視線の先は彼では無い様で少しホッとする。
視線の先はルストの前方、前に立つ三人の男女に向けられていた。
ルストと同じような、けれど小柄な犬耳の三人組だ。
中年の男女が一人ずつと若い女の子が一人。
甲高い声の持ち主はその若い女の子のようだ。
その子がルストに向かって何かを言っていて、中年の男女はおどおどしながらも女の子の後ろでその発言に賛同しているようだった。
ルストは彼にしては珍しく何の反応も返していない。
女の子は何を言っているんだろうと疑問に思って耳をすませた瞬間、ものすごくイラっとする事になった。
「わからないの? 貴方が町中なんて歩いてたら周りの人の迷惑じゃない! どうせ触った物を次から次へと破壊していくんだから!」
「…………」
「何か言ったらどうなの? どうせまだ力加減なんて出来ないんでしょう。誰かが怪我をする前に森の家に帰ってよ、あそこなら森深くて誰も寄り付かないんだから!」
何あれ、と腹の底から怒りがわいてくる感覚と同時に以前ルストが遺跡で話してくれた話を思い出す。
小柄な両親と幼馴染、同じ犬耳だし彼らで間違いなさそうだ。
ルストが何も言わないのを良い事にキャンキャン言っているあの女の子にも腹が立つが、その後ろでビクビクしながら頷いている両親らしき二人にも腹が立つ。
自分の子供の方を庇えよ、なんて言葉が思い浮かんだ。
何とか近づけないかと少し移動しながら人の隙間を縫ってルストの方に向かう。
場所が変わったおかげでルストの横顔が見える位置まで来た。
いつも明るく笑ってくれるその顔に表情は無く、ただじっと目の前の三人を見つめているだけだ。
けれど三人に見えない所でルストがぐっと手を握り締めたのと何かを耐える表情に変わったのが見えて余計に腹が立った。
その一瞬後、スッとルストの目が細められ正面に立っていた三人がびくりと怯えた表情になる。
絞り出すような声で女の子が叫んだ。
「なによ、親切で言ってあげてたのに! 力加減のやり方くらい教えてあげようかと思ってたけど……そうやって町の人達に迷惑でもかけてればいいんだわ!」
行きましょうとルストの両親らしき二人とともに背を向けて歩き出す女の子。
うつむいたルストがぐっと唇を引き結んだのが見える。
……彼らに何があったのかなんて知らない。
私が知っているのはルストが少しだけ話してくれた程度の事で、家族やあの子の視点から見たらまた違った印象を受けるのかもしれない。
けれど私が知っているルストは力加減はちゃんと出来てるし、遺跡でモンスターに襲われた時もちゃんと守ってくれた。
いつも明るく笑ってて、私の作った料理を美味しい美味しいと食べてくれる優しい人だ。
彼に貰ったイヤリングが耳元で揺れる感覚。
これだって彼が優しさからくれた物だ。
あの子たちがルストに対して恐怖を感じてああいう行動を取るというなら、私は私の感情のままの態度を取るだけ。
あの女の子の発言が効いたのかいまだに遠巻きにされているルストの方に、私と同じく怒った顔で女の子の方を見ていたモモを送り出す。
私の視線を受けて何かを察したのか、飛び上がったモモがルストの頭の上に着地し大きく翼を広げた。
「キューッ!」
「おわっ? なんだなんだ、ってお前かよ」
驚いたルストの声に少し先まで歩いていた女の子達が振り返ったのが見えた。
周りの人達からあのドラゴンってアヤネさんの、なんて声もあがる。
店をやっているせいもあるが私やモモの顔も広くなったものだ、今はそれが十分援護射撃になってくれるだろう。
人の隙間を縫ってルストに近付き、後ろから彼の腕をポンとたたく。
「や、ルスト。町にいるなんて珍しいね!」
「アヤネ!」
何も見なかったし、聞かなかった体で普通に話しかけて笑いかける。
ルストの顔に表情が戻ってきて、少し驚いた後にいつものように笑い返してくれた。
「いやあ、調味料が切れちまってよ。流石に塩すらないんじゃ厳しくてな」
「あー確かに狩りして食べるなら味無いのはキツイね」
「店が開いてる時ならいいんだけどな、最近はお前の弁当があるし」
「どうしても休みの日があるからねー、っと」
「おい!」
手に持っていた荷物がグラついたので持ち直した拍子に後ろに転びそうになり慌てて足に力を入れる。
間に合わず転ぶかと思ったが、その前にルストが支えてくれて何とか持ち直した。
そのまま腕を引っ張られて崩れたバランスが元に戻る。
腕に抱えた荷物がルストの手にヒョイッと取り上げられた。
「危ねえなあ、つーかこれお前には重いだろ」
「あはは、いや、天気が良いからかつい調子に乗って買いすぎちゃって。ありがとう」
一連の流れを見ていたのか、ルストの背中越しに信じられないようなものを見る目でこちらを見ているさっきの三人にはあえて気が付かないふりをする。
転びかけたのは偶然だが、彼らの目にはしっかり映っただろう。
力加減なんて出来ないと糾弾していた相手が人間の女である私の腕を掴んで立たせ、その私も痛みなんてまるで感じていない様子が。
おかげで周りの人達の視線も緩やかなものになっていく。
「なんだ、やっぱりアヤネさんの所の客か」
「じゃあ大丈夫じゃない?」
「さっき力加減がどうこう言ってたけど普通っぽいよね」
ヒソヒソとそんな会話が聞こえて嬉しくなる。
一年以上この場所でお店のお客さん達と会話して、町の人達とも会話して。
その積み重ねがあるためか町で私の事を知っている人達の目線では、私と話している魔物はまあ大丈夫だろう位の認識があるらしい、ありがたい事だ。
この事が少しでも共生の助けになっているのなら嬉しい。
ルストから荷物を受け取ろうと手を伸ばすと、呆れたようなため息を吐かれてしまった。
「お前これ持って帰るつもりかよ。俺が持って送って行ってやる」
「え? でも悪いよ」
「また転ばれる方が困るっつーの。悪いと思うなら俺の調味料の買い出しに付き合ってくれ。お前がいる方が買い物がしやすそうだ」
「それはもちろん良いけど……あ、じゃあ夕飯うちで食べていく? 今日夜には叔父さん帰って来るらしいからガッツリメニューで作る予定なんだけど」
「マジで! よっしゃ、それならいくらでも荷物持ちするぜ」
ウキウキとした表情で尻尾をご機嫌にブンブン振るルストに、更に周りの視線が和らいだものになる。
ルストの頭の上のモモが嬉しそうに鳴いた。
モモは店に来るお客さんの中で一番ルストが好きらしい。
「でも荷物重いし大丈夫? 一回家に戻ろうかと思ってたんだけど」
「この程度なら後三つは余裕で持てるから気にすんな」
「え、すごい。やっぱりルストは頼りになるよね」
「……そんなこと言うのはお前くらいだよ」
少し驚いた後そう言って優しく笑うルスト。
普通に頼れる人だと思うんだけどなあ、あの襲撃騒動の時だって早めに来たりダンジョンに入る時間遅らせたりして守ろうとしてくれたし。
「あ、ルスト。あっちの魚屋さん寄って良い?」
ルストと行こうとした方向ではない方の店に用事があったのを思い出して、彼の腕を引く。
「あ、ああ。いいぜ、行こう」
何故か少しどもったルストを疑問に思いながら店の方向を指さす。
一緒に歩きだしたルストが小さく呟いた。
「力加減、普通に出来てるな」
「……どうしたのルスト? ルストが力加減出来てるのなんて今に始まった事じゃないじゃない」
「ああ、そうだな。でなきゃお前がこんな気軽に俺に触って来たりしねえよな」
「そもそもルストは私が怪我する可能性があるなら触ってこないでしょ」
「ああ、まあ、な」
「前にも言ったけど悪意たっぷりの攻撃を受けたとかでもない限り、多少傷つけられたってそこまで怒ったり憎んだりしないって」
傷痕程度で怒るなら毎度毎度私の腕に噛み痕を残していくロインはどうなるというのか。
「変わった女だよお前は」
そう面白そうに笑ったルストと町を練り歩く。
彼の買い物である調味料等を買い、その後私の買い物にも付き合って荷物持ちになってくれた彼に感謝しながらモモと三人でワイワイと歩き回った。
色々な店を回り、最後に行きに寄った果物屋の前を通った時に疎らになって来た人混みの向こう側から名前を呼ばれて振り返る。
「おーい、アヤネちゃん。さっき探してるってパイナップルの良いやつ入ったぞ!」
「あ、本当? ルストごめん、重いけど最後にパイナップル買って良い?」
「おー俺はまだ全然余裕あるから気にせず買って良いぜ」
結局ほとんどの荷物を持ってくれている彼に一応確認を取ってお店に近付く。
このお店は結構良い品物が多いので、おじさんが良いと言うならその中でもかなり良い物なのだろう。
店へ行けばおじさんが私の隣に立つルストを見て軽快に笑った。
「なんだアヤネちゃん、ナンパして荷物持ち連れてきたのかい?」
「そうそう、報酬は夕飯だけどね」
「おいおい兄ちゃん、体良く使われすぎだろう!」
豪快に笑い飛ばす果物屋のおじさんに少しぽかんとしたルスト。
このおじさんうちの叔父さんに似てるよなあ、一度平気だと判断したら豪快に笑い飛ばす所とかが特に。
「いや、本気にしないでよ。元々お店のお客さんで仲良いんだよ」
「おお、やっぱりか。アヤネちゃんの店の客ならもう安心だ。兄ちゃんも良かったらうちの果物見て行ってくれよ!」
「あ、ああ」
流石にここまでフレンドリーに接客された事が無いのか、珍しく押され気味のルストが店の商品を見回す。
何となく微笑ましい気分になってそれを見ていると、お店の横から男の子二人が入って来た。
「ただいまー」
「ただいま!」
「おう、帰ったか」
私も顔見知りのこのお店の子供だ。
十歳くらいの双子の男の子で、兄弟仲も良いしモモの事も可愛がってくれている。
「あ、アヤネお姉ちゃんだ!」
「モモは? またあのかっこいい爪見せてくれよ!」
モモが成長して大きくなった爪はこの年頃の男の子の心を擽ったらしい。
モモもいつもは爪を仕舞っているが出し入れは自由だし、この兄弟には懐いているので請われれば爪を出して見せている。
「モモなら今日はあっち」
私の指し示す方向を目で追った兄弟がルストの頭の上に座るモモを見て、その後ルストへ視線を向ける。
四つの瞳がパアッと輝いた。
「すげー、兄ちゃん大きいな!」
「いいなー、何食ったらそのくらいでっかくなれるんだ?」
なあなあとルストに駆け寄り彼の周りを歩き回る子供二人と、ものすごく驚いた表情のルスト。
やっぱり度胸って遺伝されるんだろうか。
この二人の子供は果物屋のおじさんに似て変に怖がらないし、私もうちの叔父さんに似て変な度胸があると言われた事がある。
戸惑いがちに、でもどこか嬉しそうに子供二人の相手をし始めたルストを見て何となく嬉しくなった。
こういう光景が当たり前になって、ようやく人間と魔物の共生は成功と言えるようになるんだろうな。
目当ての物を買い、ひたすら押しに押されて目を白黒させていたルストとお店を出る。
家に帰ればもう叔父さんも帰っていて、大量の荷物を抱えたルストを見て荷物持ちかと笑う。
やっぱりあのおじさんと似てるな、なんて思いながら自分も持っていた荷物を下ろした。
三人での夕飯を済ませて、帰るというルストを見送りに家の前まで出る。
月明かりの下のルストを見るのは初めてだ。
狼男という事もあり、ロインとはちょっと違った感じで月が似合っている。
「今日はありがとう、おかげで家に帰らないまま一回で買い物できたよ。いっぱい持ってもらっちゃってごめんね」
「いや、俺の方こそありがとな。あんな穏やかな気持ちで街を歩いたのは初めてだ。あの果物屋なら一人でも買いに行けそうだしな」
そう言って笑うルストが本当に嬉しそうだったから、何となくつられて笑う。
あのお店以外でも彼が、魔物の皆が気軽に買い物が出来るようになれば良いのに。
「あんたがいる空間は居心地がいいし、また今度一緒に出掛けようぜ。お前が怖がらなそうなダンジョンは見繕っておいたから」
「ありがとう、モモも喜ぶよ。私も楽しみにしてるね。まあ何かあったら頼っちゃう事になると思うけど、よろしくお願いします」
「……お前だけだよ、俺に頼るなんて判断下すのは」
何とも言えない顔をするルストを不思議に思う。
「だってルストはいつだって私を守ろうとしてくれるじゃない? 頼りきっちゃって申し訳ないとは思ってるけど」
「……お前に会うまで何かを守る戦いなんて意味が分からないと思ってたんだがなあ」
苦笑いでそう言ったルストが空を見上げる。
彼の黒い目が月明かりを反射した。
「戦いは俺にとって楽しいもので、誰かの為になるものじゃなかった……だからあいつの事もよくわからなくなったのに」
「え?」
「いや、なんでもねえ。もういない奴の事だ」
言いたくないのか口を噤んでしまったルストに更に聞き直す気も起きず、とりあえず手に持っていた包みを差し出した。
「これ良かったら持って行って。明日もお店休みだし軽いもので悪いけど」
「え、もしかして弁当か? サンキュー!」
遠くを見ていたルストの瞳がいつものように輝き、嬉しそうに私の持つ包みを受け取る。
彼の様子に少しホッとしていると、包みを受け取った流れのまま彼が私の手を掴んだ。
「どうかした?」
「いや……お前が当然の様に俺に触るのも触られるのも怖がらねえからな」
答えになっていない返答が返ってきて首をかしげる。
私を見たルストが一瞬置いて深い笑みを浮かべた。
月明かりを反射した黒い目がトロリと細められて、口角が上がる。
「お前、本当に美味そうだな」
今までの彼からは想像すら出来ないくらいの色気を振りまきながら妖しく彼が笑う。
反応も言葉も返せず、体が硬直する。
じっと私の目を見つめて来るルストの瞳に火が灯っているような気がして視線が逸らせない。
もう一度笑った彼がパッと今まで通りの笑みに戻り、掴まれていた手が離れて行く。
「じゃあな、また後で出かける日程でも合わせようぜ」
硬直する私を置いて包みを片手に移動魔法陣を潜って行ってしまったルスト。
数分置いてようやく指先に体温が戻ってくる。
顔に一気に熱が集まって、何の音も出ない口をパクパクと動かした。
「……え?」
ようやく出た声も短く途切れる。
夜の狼男ってああいうイメージだな、なんて呑気な言葉が何故か頭の隅をよぎった。
さっきのルストの言葉や表情が頭の中をグルグルと回る。
あの、瞳の中にあった熱を思い出して更に体温が上がった気がした。
……最近感じている自分を取り巻く環境の変化への不安に彼まで加わってきたような、そんな微かな予感。
そんなわけないよね、自意識過剰だろう。
そう思おうとするたびにさっきのルストの表情や掴まれた腕の熱さを思い出す。
セリスの件で吹き飛んだ気がしていた悩み事が更にその内容を深くして戻ってきた気がした。